訓練開始!
レナから連絡を受けたシンノスケが迎えに来た。
車は日常で使用するためにシンノスケが空軍から借用している小型の四輪駆動車だ。
助手席で俯くセイラ。
初日からの失態になんとなく居心地が悪い。
チラチラとシンノスケを見るが、運転するシンノスケは前を向いたままだ。
「伍長は高G機動はあまり得意じゃないのか?」
「はっ?あっ、はいっ!」
突然声を掛けられて反射的に背筋が伸びる。
「初日の遊覧飛行のつもりで伍長の資料をざっとしか目を通していなかったんだが、もしかすると、と思ってな」
「・・・はい。学校の訓練では失神するまではありませんでしたが、高いGには弱くて・・・」
確かに今日の戦闘でのGは瞬間的にかなり高いGが加わったが、これはイレギュラーであり、飛行兵学校の訓練ではあれ程のGがかかるような訓練は行われない。
まして自分で操縦するとなれば、高機動の飛行でも失神するまでの無理はしないだろう。
「まあ、初日から課題が見えたというのは逆によかったのかもしれないな。徐々に克服できるようにやってみよう」
「はい」
レナが言ったとおり、シンノスケは今日のことについて迷惑だったなんて考えていないようで、むしろ明日からの訓練に活かそうとしてくれているようだ。
そうこうしている間にハンガーに到着した。
ハンガーの中では整備員がセイラの機体の整備をしていたが、それも終わったようで、シンノスケに整備班長が結果を報告すると、整備報告書にサインをもらって引き上げていった。
「とりあえず、今日はここまでだ。俺は自分の仕事をしてから休むから、伍長は好きにしてくれ。ハンガー内の設備は自由に使ってくれて構わない。それから、明日からの訓練は特に指定をしない限りは基本的に午前10時に離陸して訓練開始だ。起床時間等は特に定めないから自分でスケジュール管理をしてくれ」
「はいっ!」
「それから、俺は月に2、3回のスクランブル勤務に当たるが、スクランブル勤務の日は伍長も同じ勤務だ。とはいえ、暫くの間は見学ということで、実際にスクランブルに出ることはないけどな」
「分かりました」
明日からの訓練の説明したシンノスケはセイラに紙袋を手渡す。
「今日はバタバタしていたから夕食を作る暇がなかった。とりあえずこれを食べて休んでくれ」
「?」
袋の中身はサンドイッチ。
基地の食堂のテイクアウトのものだ。
「足りなければ調理場にある食材を好きに食べてもらってかまわない。食事についても好きにしてくれ。俺はあまり利用しないが、基地の食堂はここから自転車で10分だ。味は悪くなく、出前もしてくれる。PXも併設しているから便利だぞ。生活に必要なものは大抵手に入る」
言いながらハンガー内に駐車した車の隣の自転車を指さす。
「わっ、分かりました」
「じゃあ、そういうことで」
一通りの説明を終えるとシンノスケは素っ気なく自室に戻ってしまう。
残されたセイラも一旦自室に戻る。
ベッドにロッカーと机が備えられた簡素な居室だが、同期生6人と同部屋だった学校の寮に比べれば贅沢な程だ。
とりあえず、机の上にシンノスケにもらったサンドイッチを広げてみる。
ご丁寧なことにオレンジジュースも入っていた。
気分も良くなっており、若干の空腹を感じているから先に食事を済ませ、シャワーを浴びて早めに休みたい。
「はぁ・・・少し疲れたな」
サンドイッチを食べながら日課である日記を記そうとも考えたが、どうにも気分が乗らない。
今日のところは日記は諦めて、早々に休むことにする。
その頃、シンノスケはセイラの資料を読み込んでいた。
「確かに、成績は優秀だが、高機動飛行の評価は一段落ちる。が、ギリギリ許容範囲か・・・。で、教養修了後の配属希望は防空隊」
資料に記されたセイラの長所と欠点を把握し、本人の希望が叶うように訓練計画を立案する。
暫くの間は基本的な飛行訓練に重点を置いたほうがよさそうだ。
翌朝、セイラは午前6時に起床した。
学校の寮に比べればゆっくり休めるかと思ったが、今後への期待と不安が入り交じり、なかなか寝付くことができなかった。
それでも目覚めは良好だ。
セイラが起きると丁度シンノスケがトレーニングウェア姿でランニングに出かけるところだった。
毎日の日課のようだ。
シンノスケを見送ったセイラは調理場にあった食材でシンノスケの朝食をこしらえると、自分は訓練の準備を始めた。
飛行服に着替え、離陸前の点検に来た整備員と共に機体をチェックする。
搭載する機銃とミサイルは全て実弾だ。
チェックも終わり、シンノスケと自分のヘルメットを拭いておこうかと思い、装具が掛けてあるラックを見た瞬間、セイラは目を見張った。
「えっ?えっ?なにこれっ、かわいいっ!」
セイラの目を引いたのはシンノスケのヘルメット。
昨日は気が付かなかったが、シンノスケのヘルメットにはイラストが描かれている。
シンノスケの機体のイラストと同じ、死神のような悪魔のデザインなのだが、ヘルメットに描かれたそれは髑髏の顔は実はお面であり、その素顔は女の子。
髑髏のお面を額にずらし、全く斬れなそうな丸みを帯びた大鎌を片手にピースサインをしている可愛らしいデザインだ。
セイラがまじまじと見ていると、準備を終えたシンノスケがやってきた。
「伍長、そんなところでどうしたんだ?」
「あの、このヘルメットのイラスト、とても可愛いですね」
セイラにヘルメットを見せられ、シンノスケはため息をつく。
「はぁ・・・。誤解しないでほしいのだが、そのイラストは俺の趣味じゃないぞ」
「えっ?」
「それを描いたのは防空隊のヤン大尉だ」
「ヤン大尉って、昨日応援に来てくれた人ですか?」
「ああ。彼女とはスクランブル勤務のサイクルが一緒なんだ。で、その大尉なんだが、イラストを描くのが趣味でな、いつもスクランブル待機所にスケッチブックと色鉛筆やクレヨンを持ち込んでいるんだ。ただ、あの時は普段と違って何やら塗料と筆を持ってきていたんだよ。それで、俺が居眠りしている間にこの有り様で『可愛いでしょ?』だってよ・・・」
言いながらヘルメットを受け取るシンノスケ。
「さあ、そんなことはどうでもいい。早速訓練開始だ!」
「分かりましたっ!」
装具を装着した2人はRF-98Tに乗り込んだ。




