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目覚めたら医務室

 空戦空域に急接近してきたのは防空隊のRG-4戦闘機が2機。


『一番近い空域にいた私達が飛んできたけど、それでも遅くなっちゃったわ。・・・って、残りの2機も逃げちゃったわね』


 駆けつけてきたのは防空隊第2中隊だ。

 クーロン隊の隊長であるヤン・メイファ大尉、タックネーム『クーロン』はエアベース23唯一の女性戦隊指揮官で、防空隊のエースパイロットでもある。


 そのヤン大尉の編隊が到着するや、残りのルドマン機は反転して急速に離脱していった。


「支援に感謝します、正直キツい状況でした」

『嘘おっしゃい。まだまだ余裕があったでしょう?』

「いや、訓練生を連れて4機も相手するのは無理がありますよ」 

『聞いているわよ、訓練生を預かったんですってね』


 白々しい。

 ヤン大尉はデビル中隊のブルーム大尉等と共謀してセイラの訓練をシンノスケに押し付けた張本人の1人だ。

 文句の1つも言いたいところだが、時間がない。


「すみません、後席の訓練生が目を回してしまったので本機は基地に戻ります」

『まったく、手荒い歓迎をしたわね。後のことは私達に任せて早く戻りなさい』

「了解。デビル03は基地に帰投します。クーロン隊の支援に感謝します」


 シンノスケは機体をゆっくり旋回させる。

 セイラが失神した時、機内通話で嘔吐したような音声はなかったが、万が一にもマスクの中に嘔吐していたら危険だ。

 急いで、慎重に基地に帰る必要がある。



 暫くして、セイラが目覚めた時、真っ先に目に入ってきたのは見知らぬ天井だった。

 ベッドに寝かされているので、ここはおそらく医務室なのだろう。


 空戦中、敵機に向けて急降下したところまでは覚えているが、その後の記憶がない。

 おそらく、高いGに耐えられずに失神してしまったのだろう。


 体を起こして両の手を見てみれば、自分が無事なことは分かったが、それと同時に実戦の恐怖が蘇ってきた。

 たった1発のミサイルや、機銃射撃で簡単に命を落とすことになる空の戦場を目の当たりにし、一歩間違えれば自分は死んでいたのかもしれないという恐怖。


 これから生と死の境界が曖昧な空の戦場に身を投じ、自分が死ぬかもしれない、そして、相手を殺さねばならないという現実について、頭では理解したつもりで、覚悟を決めていたつもりだった。

 しかし、実際に経験し、そのことを思い出すと怖くて、全身の震えと、溢れ出る涙を止めることができない。


 誰もいない医務室でベッドの上でうずくまって泣き出すセイラ。

 

・・・カチャッ


 その時、扉が空いて白衣姿の若い女性が入ってきた。

 その女性が着ている白衣はカイル空軍の看護兵の病院勤務時のものだ。


「あら?目が覚めたのね。気分はどう?」


 セイラが泣いていることには触れずに明るく話しかけてくる。


「・・・・」


 セイラは無言のまま頷く。

 看護兵はセイラに歩み寄るとバイタルをチェックする。


「先生も特に異常は無いから少し休めば問題ないって言ってたけど、とりあえず大丈夫そうね。じゃあ自己紹介するわね、私の名はレナ、レナ・ルファード軍曹。このエアベース23の空軍病院に勤務する看護兵よ」


 明るく、よく通るレナの声に少しだけ落ち着きを取り戻したセイラ。


「私はセイラ・スタア伍長です。飛行研修生としてこの基地に着任しました。よろしくお願いします」


 セイラの言葉を聞いたレナは笑顔で頷く。


「知っているわ。外人部隊のカシムラ中尉の指導を受けるんでしょう?」


 紅茶を淹れてセイラに差し出すレナ。

 敢えて少しぬるめに淹れた紅茶を一口飲んだセイラは小さく息をついた。


「私、初日からこんなありさまで、カシムラ中尉に迷惑を掛けてしまいました・・・」


 自信を失ったかのようにポツリと呟くセイラを見てレナは首を傾げる。


「迷惑だなんて、中尉はそんなふうに考えるような人じゃないと思うけど」

「?」

「外人部隊の人って、ちょっと取っつきにくい人が多いけど、中尉に限ってはそんなことはないわよ。見た目は気難しそうに見えるけど、声をかければ気さくに話をしてくれるし、面倒見もいい人よ。中隊長のブルーム大尉や基地司令なんかに色々と面倒ごとを押し付けられても、ブツブツ言いながらもなんだかんだいって引き受けるし、引き受けた仕事はちゃんとやり遂げるしね」


 少しばかり嬉しそうに話すレナ。


「ルファード軍曹は・・・」

「レナでいいわよ。堅苦しいのは苦手だし、私は看護師としての自覚はあるけど、軍人としての自覚は・・・少し足りないの」

「じゃあ、レナ・・さんはカシムラ中尉と親しいんですか?」


 セイラの質問にレナは自らも紅茶を飲みながら軽く肩を竦める。


「親しいってわけじゃないけど、中尉は定期的に検査に来るんで話す機会が多いのよ」

「定期的にって、カシムラ中尉はどこか悪いんですか?」

「あら、中尉を見て気づかなかった?」


 そう言いながらレナは両手の親指と人差し指で輪を作ると両目に当ててみせた。


「あっ・・・メガネ!そういえばカシムラ中尉はメガネを掛けていました」


 パイロットの第一条件は視力がいいことだ。

 現にカイル空軍のパイロット適正でも視力は裸眼で1.0以上が必要だし、セイラ自身も視力は両目とも2.0だ。

 それなのにシンノスケは眼鏡を掛けていた。


「そう。中尉は目が悪くてね、裸眼視力だと0.1位しかないのよ。眼鏡を掛けても1.2位ね。だから定期的に検査に来て視力測定と眼鏡の調整を行っているの」

「でも、目が悪くてどうやって空軍のパイロットに・・・あっ、外人部隊だから?」

「そう、外人部隊の採用条件は正規軍よりも随分と違うのよ。パイロットはライセンスを持っていて、飛行機を操縦できればそれでいいの。中尉の過去のことは知らないけど、噂ではどこかの士官学校にいたらしいの。そして、そんな中尉の目が悪いのは後天的な理由で、詳しいことは分からないけど、ライセンスを取得した後の事故が原因みたいよ」


 親しいというわけじゃないと言いながらもレナはやたらに嬉しそうにシンノスケのことを話す。


「レナさんって、カシムラ中尉のこと詳しいんですね」

  

 セイラの言葉にレナは顔を赤くする。


「べっ、別にそういうわけじゃないけど!そうっ、ここには他にも看護師が勤務しているけど、私はカシムラ中尉の担当みたいなものだから」


 慌てるレナを見てセイラは笑みを浮かべる。

 気がつけば気持ちもすっかりと落ち着いた。


「分かりました。ところで、私はもう大丈夫なので、そろそろ戻ります」

「そっ、そう?じゃあ、中尉に連絡して迎えに来てもらいましょう」


 基地内の内線電話に手を伸ばすレナ。


「大丈夫です。歩いていきます」


 セイラの言葉を聞いたレナは真顔になる。


「ここから中尉が住むハンガーって遠いわよ。滑走路を挟んで反対側の外れだから、ここからだとゆうに3キロ以上あるわよ。まさか滑走路を横切るわけにもいかないでしょ?中尉に連絡すれば車で迎えに来てくれるわよ」

「・・・はい、お願いします」


 セイラにとって3キロは大した距離じゃないが、訓練で失神した後なので正直いって少しばかり億劫だ。

 セイラはシンノスケに迎えに来てもらうことを選択した。

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