緊張の初飛行
シンノスケが手配した整備士達が格納庫にやってきて機体の準備を進める中、飛行服を着て準備を整えたセイラは格納庫内に駐機しているシンノスケのZF-A1に目を奪われていた。
「凄い・・・こんな機体初めて見た・・・」
カイル空軍の制式採用機でないZF-A1を目の当たりにして自分の機体のチェックを忘れている。
派手ではないが、垂直尾翼と機首に大きな鎌を構えた死神のような悪魔のイラストが描かれたZF-A1。
正規軍機にはノーズアート等が描かれないので、それだけでも異質に見えるだろう。
本来ならば咎めなければならないのだが、今日のところはシンノスケが操縦し、セイラは後席で管轄空域の確認と称した見学飛行をするだけだから大目にみるシンノスケ。
「ZF-A1、軍事大国ストーラが開発中の試作実験機だ。あの国は試作機とはいえ、最初から武装可能な機体を開発するからな。諸々の契約の下、実戦データ収集のために俺が使っているんだ」
「でも、他国の試作機ですよね?機密の漏洩とか問題ないんですか?」
セイラの疑問は尤もだ。
「そこは結構厳しい契約になっているんだ。例えば、俺以外の者が操縦しては駄目だし、機体の整備も予め登録した整備員しか触れないことになっている。尤も、ストーラはこの機体をそのまま実戦配備するのではなく、試験で収集したデータを反映させた性能向上型を開発するだろうし、そもそもあの国は新鋭機でも気前よく輸出するからな。実戦データの収集に比べればそのリスクなんて大したことないんだろう」
「そうなんですね」
そうこうしている間にRF-98Tの準備が完了した。
「さて、早速訓練だ。とはいえ、伍長は着任したばかりだから今日のところは軽く管轄空域を一回りすることにしよう。2時間程度の飛行だが、後席で周辺空域を把握してくれ」
「了解しました」
2人はコックピットへと乗り込んだ。
訓練飛行とはいえ、何時敵機に遭遇するか分からないので、RF-98Tも対空装備で、機銃も6発の対空ミサイルも、全て実弾を装備している。
シンノスケは機体のメインスイッチを入れてエンジンを始動させると各種チェックを開始した。
「・・・火器管制よし、通信よし・・・タックネームは後で決めるとして、研修期間中に限り訓練時のコールサインはデビル03と呼称する」
「了解しました」
「エアベース23管制塔。こちら訓練機、コールサインデビル03。これより訓練飛行を開始する」
『管制塔了解しました』
訓練開始の報告を済ませたシンノスケは機体を滑走路の脇に移動させた。
「デビル03から管制塔。離陸準備よし」
『こちら管制塔、了解しました。ランウェイオープン。滑走路への進入を許可します』
滑走路に進入したRF-98Tが離陸位置につく。
「デビル03、離陸許可を求める」
『了解しました。クリアードフォーテイクオフ』
「了!」
シンノスケはスロットルレバーを押し込んだ。
並の訓練教官ならばコンバットテイクオフでも披露して手荒い歓迎をするものだが、生真面目なシンノスケは教科書どおりの丁寧な離陸をする。
フワリと浮き上がるRF-98T。
その辺りの判断をできることと、丁寧な仕事が基地司令や他の隊長達からの評価と、面倒事を押し付けられる所以なのだろう。
機体は大空に向かって上昇してゆく。
『管制塔からデビル03、離陸を確認しました。以後はWHQの管制に従ってください。いってらっしゃい』
主任管制官のセシリア中尉の管制に送られてRF-98Tは基地の管制を離れた。
「エアベース23所属、デビル03からWHQ、これより訓練飛行に入る」
『WHQ了解。現在西部方面空域に特異はありません』
「了解。それでは、管轄空域の北方からひと回りする」
シンノスケは機首を北に向けてさらに高度を上げる。
先ずは北方だが、北方は同盟国のアザリア民国に隣接しているので、アザリア民国の領空を侵犯しない限りは比較的平穏な空域だ。
「この辺りはアザリアの領空に入らなければ問題ない。まあ、この空域で訓練をする機会は殆どないけどな。主な訓練空域は東方の山岳地帯や南方の海上が殆どだ」
「了解しました」
北方空域をひと回りしたシンノスケは機首を西に向けた。
「デビル03からWHQ、これより西方に向かうが、特異はあるか?」
西方はルドマンとの小競り合いが続く最前線なので警戒が必要だ。
『こちらWHQ。西方の国境線に特異はありません。現在、国際空域をクーロン隊がパトロール中ですが、敵機が接近する兆候はありません』
国境の内側を飛行する程度なら問題ないだろう。
「伍長、これから西方空域に向かう。こちらはルドマン空軍機との接触が多い危険な空域だ」
「了解です」
セイラは後席でかなり緊張しているようだが、口調は落ち着いている。
シンノスケはレーダーを広範囲モードに切り替えると高度を落とした。
高度500メートル、眼下には広大な大森林地帯が広がる。
「凄い・・・。学校の授業で教わったけど、本当に広いですね」
知識として知っていて、地図や映像で見たことがあっても、その目で実際に見るのとは大違いだ。
「この森林地帯に限ってはカイルもルドマンも、自国の国境から50キロが領空と定められている。そして、両国の領空のちょうど中間にあるゼルモ山脈を境に、東西約300キロは国際管理下の自由飛行空域で、軍用機でも民間機でも自由に飛ぶことができる。まあ、頻繁に戦闘があるきな臭い空域だから、わざわざ飛ぶような酔狂な民間機は殆どいないな』
「そうなんですね。分かりました」
敵機に遭遇することもなく西方空域を通過することができた。
残すは南方の海岸線から海上空域のみ。
その矢先にそれは起きた。
「WHQから飛行中の各機、緊急事態発生。現在、南方の海上空域において、第14輸送隊の輸送機2機がルドマン空軍機からの追跡を受けている。救援に向かえる機はあるか?」
突然の緊急事態だ。




