ジョーカーはババ札を引く
「えっ?飛行研修生の訓練担当って、それは正規軍のパイロットの仕事でしょう。それこそ、戦闘攻撃隊のカレード大尉とか、防空隊のヤン大尉とか、適任者がいるじゃないですか」
シンノスケの言うことは尤もだ。
そもそも、カイル民主共和国において戦闘機のパイロットになる道は2つのみ。
空軍士官学校に入り、航空指揮官養成課程を経て空軍士官になる道と、飛行兵学校に入り飛行兵になる道。
他にシンノスケのように外人部隊の飛行兵になるという例外もあるが、これは戦闘用航空機操縦士の資格があることが前提であり、当然のことであるが、そもそもカイル国籍を有している者に入隊資格はない。
そして、士官学校にせよ、飛行兵学校にせよ、入校の過程において航空機操縦資格を取得した後に一定期間前線基地での研修を経た上で再び学校に戻り、仕上げの教養の後に正規配属となる。
その飛行研修生をシンノスケに任せるということだ。
「確かにそうなんだが、カレード大尉にしても、ヤン大尉や他の連中も自分の部隊の強化や部下の育成に忙しくてな・・・」
「確かにそうかも知れませんが、それはどの基地、いやどの国でも同じことでしょう?将来を見据えて有望な若手を育てることは軍の責務であり、その手間を惜しんではいけないと思いますよ」
シンノスケの意見を聞いたホーランドは不敵な笑みを浮かべた。
「流石は中尉だ。外人部隊の隊員でありながら人材育成の重要性を理解している。君の上官であるブルーム大尉の言ったとおりだ」
ブルーム大尉とはシンノスケが所属するデビル中隊の隊長だが、何かと面倒な仕事をシンノスケに押し付けてくる、面倒くさい人物だ。
「ブルーム大尉が?」
「ああ、この任務は中尉が適任だと」
言いながら一通の封書をシンノスケに差し出す。
ブルーム大尉からシンノスケに宛てたものだ。
封を開けて読んでみれば、書かれていたのはたった一言。
『俺達は忙しいからお前に任せた』
しかも、ブルーム大尉の他に各隊のカレード大尉やヤン大尉等の隊長連名になっている。
意地の悪いブルーム大尉のやりそうなことだ。
「あのヒゲ親父!今度会ったらあのインチキ臭い口髭を毟ってやる!」
手紙を握り潰すシンノスケにホーランドはゴミ箱を差し出す。
「まあ、彼等の推薦がなくとも私は君に頼みたいと思っていたんだ」
「どういうことです?」
「真面目な話しだがね、私は君に人材育成の才能があると思っている」
「はぁ?」
首を傾げるシンノスケだが、ホーランドは至って真剣だ。
「君は訓練で仮想敵機を引き受けることが多いじゃないか」
「まあ、自分の訓練にもなりますし、割の良い仕事ですからね」
ホーランドは頷く。
「その訓練の質の高さが各隊で評判でね。例えば、ブルーム大尉やヤン大尉を相手にする時、中尉は本気で当たるだろう?」
「そうしなければまるで刃が立ちませんからね」
「一方で、経験の浅いパイロットを相手にする時には、その欠点を見極めて現実を突きつけつつ、良い点を引き出してスコアを稼がせる」
「まあ、プライドや自信を圧し折るだけでは人は育ちませんから訓練の意味がない。自信を持たせて成長を促すことが大切ですよ」
「そういうところだよ。正に適任じゃないか」
うまい具合に口車に乗せられたシンノスケ。
こういった生真面目さを含めての評価なのだろう。
「しかし、ここは最前線ですよ。研修や訓練とはいえ、何時実戦に巻き込まれるか分からない。万が一にも戦死させてしまっては私では責任が取れません」
「当然だが、中尉がそこまで気にすることでもない。研修とはいえ、実戦配備部隊への配属だ。研修生も訓練だけでなく、実戦参加だってあるし、そこで戦死することだってあり得ることだ。だが、その責任は軍が負うべきもので、余程の瑕疵がない限りは上官や訓練教官個人が負うべき責任ではない」
徐々に逃げ道を塞がれてくる。
「しかし、6ヶ月もの間となると、この報酬では私の利点がない。私達外人部隊は自己責任の下で自分の判断で報酬を稼いでいますから・・・」
シンノスケは無駄な足掻きに最後の悪手を打ってしまう。
「その点なのだがね、報酬については提示したとおりだが、君にも旨味はある任務だぞ」
「?」
「君が言ったとおり、君達外人部隊は自己責任の下で様々な依頼を受けて報酬を稼ぐが、軍からの補助があるとはいえ、基本的には燃料や弾薬、整備費用等は自分持ちだ」
「まあ、そうですね。その辺の駆け引きも重要です」
「君が依頼を受けてくれるなら、その期間中はそういった費用の大半を軍が負担しよう」
「どういうことです?」
「先ず、燃料についてだが、これは訓練に必要だということで君の単独任務を含めて期間中は全額軍が負担する。弾薬については研修生が同行する任務に限ってだが、これも軍が引き受けよう。加えて、君が個人で借りて住んでいる格納庫だが、君の機体の他にもう1機位は格納できるだろうし、居室も余っているだろう?期間中はその貸借費用も引き受ける。まあ、君の機体について、戦闘での損害の修理費用や失われた時の新しい機体の入手費用についてまではカバーできないが、それでもかなり良い条件だと思うが、どうだろう?」
「うっ・・・」
ホーランドはシンノスケに断るという選択肢を与えるつもりはないようだ。
ここまでお膳立てされてはシンノスケとしても固辞することはできないし、その考え自体通用しないだろう。
シンノスケは白旗を挙げた。
「・・・分かりました、引き受けます。着任は明後日ですね?」
「ああ、訓練機は明日には君の格納庫に届ける手筈が整っている」
既に準備万端ということだ。
「分かりました、研修生には『覚悟を決めて来い』と伝えておいてください」
「ああ、伝えておこう」
「お話しは以上ならこれで失礼します」
肩を落としたシンノスケはホーランドに敬礼すると司令室を後にする。
それを満足気に見送るホーランドだが、それまで司令室内の事務机で黙って成り行きを見守っていた秘書官のエミリア・サイネス大尉が口を開いた。
「コホンッ。司令、よろしかったのですか?」
エミリアの問いにホーランドは頷く。
「当然だ。カシムラ中尉なら問題ない」
自信満々のホーランドだが、エミリアの懸念は別にある。
エミリアは呆れてため息をつく。
「はぁ、そうではなくて、着任する研修生について、中尉に何も説明していませんが?」
言われてみれば、ホーランドの机の上には着任する研修生の個人に関する資料や兵学校での成績の記録等が入れられた分厚い封筒が残されている。
「あっ、中尉に渡すのを忘れていた。・・・まあいいか、どうせ明後日には分かることだ。研修生本人に持参させるとしよう」
能天気に話すホーランド。
「カシムラ中尉もいつもいつも面倒ばかり押し付けられて気の毒ですこと・・・」
エミリアはホーランドに聞こえるように呟いた。




