過去
かつて、シンノスケはアザリア民国空軍の航空士官候補生だったのだが、6年前、シンノスケの運命を大きく変える事件があった。
それは、シンノスケが航空学生第3学年だった時のこと。
シンノスケ達学生は既に双発ジェット航空機の操縦資格を取得し、戦闘機の応用操縦カリキュラムに入っていた。
運命のあの日、シンノスケは同期生と2機編隊での飛行訓練に挑んでいた。
操縦しているのはアザリア空軍の高等練習機。
複座機だが、この日はシンノスケの機はシンノスケが1人で、編隊長機を同期生であるレオンが操縦し、レオン機の後席ではシンノスケの恋人のエリスがナビゲーターを務めていた。
この日の訓練は地上からの管制を外れて学生のみの単独飛行訓練。
アザリア民国西方の山岳地帯での地形追従飛行の最中にそれは発生した。
「トレーナー2からトレーナー1。早く位置を確認してくれ!こっちはさっきの攻撃で計器の半分が壊れた。エンジンの出力も上がらない。長くは保たない」
『うるさいっ!編隊長は俺だっ、口出しするな!』
山岳地帯を縫うように飛行していた際、航法を担当していたエリスが航路の誘導を誤って機位を見失ってしまったのである。
誤りに気付いたエリスが訓練中止を提案したのだが、編隊長のレオンがその進言を認めず、訓練評価が下がるのを避けるためにレーダーで捕捉できない程の低空を飛びながらリカバリーを試みたのだが、逆にアザリアの領空から逸脱してしまい、アザリア民国の西方に位置するレジオナ公国の領空に迷い込んでしまったのである。
軍用機が超低空で領空侵犯すれば、それは直ちに敵対行為と認められても仕方ない。
シンノスケ達はスクランブルで上がってきたレジオナ空軍の要撃機の攻撃を受けた。
辛うじて追撃を逃れ、捕捉されにくい入り組んだ山間部に逃れたのだが、最初の攻撃を受けた際にシンノスケの機が被弾し、深刻なダメージを負ってしまったのである。
しかも、未だレジオナの領空から離脱できていない、危機的状況のままだ。
「兎に角、このまま逃げ回るのは悪手だ!高度を上げてレジオナ機に誘導してもらおうっ!」
領空侵犯をしたのはシンノスケ達なので非はこちらにある。
それでも、訓練中の事故の結果のことなのだから、レジオナ機もその状況を知れば撃墜まではされない筈だ。
『うるさいっ、黙れ!そんなことをすれば国際問題になりかねない!それどころか問答無用で撃墜されるぞ!』
「もう既に問題になっている。事態をこれ以上拗らせるべきじゃないぞ」
『シンノスケの言うとおりよ!レオン、レジオナ軍機の指示に従いましょう』
レオンの後席のエリスもシンノスケに同意するが、レオンは頑として譲らない。
『大丈夫だ。このままの針路で全速力で逃げれば追っ手を振り切ってアザリア領空に戻れる筈だ!』
「全速力は無理だ。オレの機はエンジンに被弾して出力が上がらないんだ」
事実、シンノスケの機体はエンジンに損傷を受けて60パーセント程の出力しかでていない。
とてもではないが、全速力での飛行は不可能だ。
『誰がお前を連れていくと言った?』
「えっ?」
『レオン、何を言ってるの?』
レオンは速度を上げた。
シンノスケの機との距離が瞬く間に広がる。
『お前の足に合わせていたらこっちまで危険だ。俺は編隊長として2機とも撃墜されるような事態は避けなければならないんだ』
「おいっ、ちょっと待てよ!こっちは計器まで壊れて自分の位置も分からないんだ!領空近くまででもいいから誘導してくれっ!」
『レオン、貴方、僚機を、シンノスケを見捨てるつもりなの?』
『ヘマをしたのはシンノスケだ。それに付き合う義理はない。それに、俺は親父の後に続いて空軍の高級幹部になる必要があるんだ。シンノスケのような家族もいないような奴とは違う。それに、エリスだって外務官僚の父親に迷惑を掛けるわけにはいかない筈だ』
『レオン、何を・・・』
無線を切ったレオンの機はシンノスケを残して離脱してゆく。
「くそっ!本当に置いていきやがった。・・・こうなったら仕方ない、方位だけでも・・・」
・・・ピーーッ!
コックピットに警報音が鳴り響く。
「・・・ロックオンされた」
直後、機体を激しい衝撃が襲い、シンノスケは撃墜されてしまう。
撃墜されたものの、辛うじて脱出に成功したシンノスケ。
落下したのが領空の手前ギリギリだったこともあり、駆けつけたアザリア空軍の救助隊に救出された。
意識がないままで軍病院に搬送されたシンノスケが目を覚ましたのは事故から5日後。
目を覚ましたシンノスケは病室を訪れた空軍の事故調査担当の幹部から信じられないことを聞かされた。
今回の事故の原因は編隊長であるレオンの指示を無視したシンノスケに原因があるということ。
しかも、驚いたことに、そのように報告するレオンの証言をエリスが否定しなかったというのだ。
結局、空軍の高級幹部の息子のレオンと、外務官僚の娘であるエリスの報告のままに事故の調査は進められ、シンノスケには弁明の機会すら与えられないまま、空軍学生の判断誤りによる偶発的な事故として結論づけられたのだった。
そして、事故の原因者として仕立て上げられたシンノスケは、その責任を取らされることと、事故の影響で視力が低下したことを理由に、パイロットとしての適性なしと判断され、航空学校を退学処分とされたのである。
同期生に別れを告げることも許されずに学校を去ることになったシンノスケだが、元々家族もいない天涯孤独の身であることから帰る当てもない。
母国に未練もないシンノスケはそのままアザリア民国を出ることにした。
アザリアを出てカイル民主共和国に来たシンノスケだが、幸いにして、取得した操縦資格は取り消しにならなかったので、カイル空軍の外国人部隊に入隊して、現在に至る。
「・・・尉・・・中尉、カシムラ中尉っ!」
ふと気が付くと、セイラがシンノスケのことを覗き込んでいた。
「・・・ん?」
「中尉ったら、スクランブルから戻ってきたら眠っているわけでもないのにぼーっとして、どうしたんですか?」
シンノスケは肩を竦める。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ。本当にどうでもいい、くだらないことだけどな・・・」




