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第八章 龍女王の懐妊


「ご解任だとよ……」

「は……?」

「イザーク様、この人今まともじゃないんで、聞き流してください」


女王の寝室に入ると、ベッドに腰をかけ顔を下に向けてかつてない不快感と戦っているアデルと、その傍で桶を持って待機しているニーナがいた。 アデルの背中をさすっていた侍女と交代する形でイザークが背中をさすると、波が来たらしく苦しそうに吐きはじめるアデル。 何度目かの吐き気の波をやり過ごしてやっと落ち着いたアデルとイザークに、王宮付きの医官は穏やかな顔でこう告げた。


「女王陛下におかれましては、お世継ぎ様を身ごもっておられます」

「お世継ぎ様のためにも、出産まで心安らかにお過ごしあそばせ」


言葉の意味を理解したイザークはたまらなくなって、アデルの額に口づけてから細い体をぎゅっと抱きしめる。 愛する人との間に授かった、新しい命。 王子だとか姫だとか、そんな事はどうでもいい。 授かれたことが、嬉しかった。 自分でも気づかないうちに嬉し涙まで流していたイザークとは対照的に、アデルの表情は暗い。


「アデル……?」

「……すまないが、少し寝かせてくれ。 ニーナ、宰相と大賢者、大将軍にのみ懐妊を伝えろ。 くれぐれも、内密にな。 そしてニーナは、子の乳母や確定な」


 ちゃっかり人事まで決めてから、ひと眠り。


眠りから覚めると、吐き気と不快感でぐちゃぐちゃにかき乱されていた頭の中はすっかり整理整頓されていた。 アデルが眠っていた間もずっと傍にいたイザークと共に、民より一足先に懐妊を知らされた宰相と大賢者、大将軍を迎える。 ニーナが戻ってこないと思ったら、魔法使いの棟にあったアデルの部屋を子供部屋に改装するべく、掃除に行ったらしい。 いくらなんでも早すぎやしないだろうか。 芋づる式に魔法使いの棟の魔法使い達にもアデルの懐妊がばれてしまい、魔法使いの棟は今「うちの娘が孫を身ごもった、祝いじゃぁ!」とばかりに大盛りあがりなのだそう。 内密の意味よ。


大賢者マギウスの「その場で口止めはしておきました」の一言に気を取り直し、アデルは為政者として三人の気配がする方向に顔を向ける。


「我らが女王陛下。エテルティ城の者達の総意として、お聞きください。 めでたくも身ごもられた今、お世継ぎ様の健やかなご誕生は、国家の一大事。 それ以外の雑事は我らに任せ、どうかごゆるりとお過ごしください」

「宰相の言葉、ありがたく受け取ろう」

「魔女が御子を身ごもると、生まれてくる御子に魔力を分け与えるため、出産まで一切の魔法が使えなくなります。 どうか、お気をつけて」


大賢者マギウスの警告に首を傾げたアデルは、手のひらに金色の炎を生み出してみせた。 いや、普通に使えるけど。 魔法使いの常識を全否定する光景に、冷静沈着が売りのはずの大賢者マギウスは思わず「そんな馬鹿な!?」と声をあげて驚いた。


「確かに、自分の中の魔力が半減しているのは感じる。 だが、使えないほどじゃない」

「これは、一体……」

「アデルの器が、他の魔法使い達よりもずっと大きいからだよ」


小さな龍の姿で愛おしそうに、アデルの腹に頬ずりをした聖獣キラムは、アデルが魔法使い達の常識では語れない存在なのだと諭す。


他の魔法使い達の能力値を「百単位」とすると、アデルの能力は「万単位」。 イザークのような聖獣持ちでさえ、能力値は「千単位」の領域を超えることはないという。


全てが規格外。 それがアデルなのだと、キラムは語った。


女神エテルデアの転生体と言ってもおかしくないほどの力を人の枠組みに当て嵌めるために、アデルは生まれながらに視力を取り上げられ、代わりに異相と蛇の聖獣を与えられてこの世に生まれ落ちたのだと。 あまりに規模が大きい話に唖然とする一同のなかで、当の本人だけが「なるほどな」と納得していた。


「いや、納得するんですか!?」

「納得するしかなかろうよ。 ほかでもない、自分のつがいの言葉なのだから」


ひとつの時代に何体かの聖獣が存在するこの状況で、キラムだけが人間の言葉を話せるのも、アデルのつがいとして同じく規格外の力を持つからだそうだ。


「俺が生まれてきたのは、蛇王ヴィークの敵対手になるためか。 だが、蛇王は神話の時代に滅び去ったのでは?」

「邪な意志を持つ人間の魂に共鳴して、蛇王の影が出現しないとも限らないからね」

「もしもそんな事になったなら、二度と復活できないよう滅ぼすまでだ」

「それでこそ僕のつがい、今代の女神だよ」


この場にいる一同に「今の話は他言無用」と少し強めに釘を刺してから、アデルは静かに跪いたままのダリウス大将軍に声を掛けた。


「ダリウス大将軍、あなたに頼みがある」

「女王陛下、何なりと!」

「我が子が生まれたら、この子の爺やになってやってくれ。 あなたになら、託せる」


アデルは両親の愛情を全く知らずに育ったし、イザークの父親はアレだ。


自分の生い立ちが不幸だったとは、アデルは決して思わない。

両親の代わりにマーリンとニーナがいてくれたし、特殊な状況に置かれていたからこそ学べたこともたくさんある。 孤独の辛さも、自分の意思とは全く関係ないところで忌み嫌われた悔しさも、イザークが差し伸べてくれた手のぬくもりも、全てが今のアデルにとっての宝物だ。


ひとつでも欠けていたら、龍女王アデルにはなれなかった。

だが、だからといって同じ思いを子どもにさせるつもりはない。


龍女王の子として生まれる以上、次代の王に即位する以外の将来はない。


同年代の子ども達のように、将来を選択する自由だけは、与えてあげられないのだ。

ならばせめて、尊敬に値する祖父を、愛情たっぷりに接してくれる人達を与えてやりたい。

いつか、王に即位する時に寂しくないように。


与えられてきたものに報い、エテルティを守る王になれるように。


「恐悦至極に、存じます……!」

「あのー……。 大将軍が祖父役なら、この私は何にあたるので?」

「あなたは伯父さんだろう、大賢者マギウス。 龍女王の義兄なのだから」

「おじ……っ!? ……まぁ、そうでしょうね……」

「なんだ、マギウスおじいちゃんと呼ばれたかったのか?」

「伯父さんで結構です……」


ここで、どっと笑いが起きて場が和み、その日は解散になった。


アデルの子にとって正真正銘の叔父さんにあたるイザークの弟シモンには後日、アデルの口から妊娠が伝えられた。 二人きりのアデルの寝室で、許しを得てアデルの腹にそっと触れたシモンの目から、自然と涙が零れ落ちる。 アデルの腹に宿る命の気配を感じたのか、くんくんとアデルの腹を嗅いで尻尾を嬉しそうに揺らしていた聖獣コカールが、つがいであるシモンの涙を見て心配そうにきゅぅんと鼻を鳴らす。


「もう、二人きりじゃないぞ。 この子がいる。 この子が、キアエルを守るだろう」

「はい……! はい……!」


わざと引き押せてバランスを崩させ、アデルはシモンを抱きしめた。

イザークにはアデルがいるが、シモンにはコカールしかいない。

いくらコカールが忠実で賢くても、家族の温もりの代わりにはなれない。

はちゃめちゃで母性のかけらもない義理の姉で悪いが、ひと時の間シモンという名の一人の人間として思う存分泣かせてやることはできる。


なんといっても、アデルは盲目なのだから。


こんなに強く、優しいキアエル兄弟を裏切って、身の丈に合わない王位を求めた果てに全てを喪った彼らの父、クロード。 女王となった今でも、クロードの思考は理解できない。 クロードは、生まれてくる子にとって実の祖父にあたる。

―― アデルの子は、世継ぎであり、大罪人の孫として産まれてくることになるのだ。

イザークは「あんなクズは愛しい我が子の祖父などではない」と死ぬまで言い張るだろうが、事実は変えられない。

どれほど忌まわしくとも、無かったことにはならないのだ。

子どもが王太子になる頃には、正面から事実を伝えなければならないだろう。

クロードがした事は、エテルティにあまりにも暗い影を落とした。 建国神話と同様、エテルティの王として立つのなら、いつかは必ず背負わなければならない負の歴史。


建国神話と負の歴史を背負ってなお、王として誇り高く在れるように。

誰よりも優しく、強く、育てなければならない。


エテルティの現在と未来を体内に抱えたアデルの責任は、誰にも代われないほど重くなっていた。 アデルの不安を置き去りにして、腹は膨らみ、子は育っていく。


アデルはただ、女神エテルデアに祈った。

自分の何を引き換えにしても、子どもだけは元気に生まれてくるように。

これから先、必ず訪れる運命に負けないようにと。 ただ、祈った。


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