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第七章 絆を繋ぐ者・エルリク


「教会の孤児にひとり、とても勉強熱心な娘がいる。 厳しい環境で暮らすローナ国での留学を熱望しているのだが、教会では経済的に支えきれない」


教会で大司教から相談を受けたことで、研究労働マニアのスイッチが入ったアデルは、教会で書いた骨子を城に持ち帰り、十九歳の誕生日を迎える頃には、公費での留学生の選定を実現させていた。生ごみに加え、使用済み油を回収して洗濯専用の液体せっけんを開発。 〈癒しのジェル〉の時と同じ要領で王家印をつけて販売し、王家に莫大な富を生み出すわ、その利益の一部で周辺に住んでいる国民を雇用して国境の道を整備させるわ、やりたい放題だった。 アデルから親書でローナ国境の道の整備を提案されたローナのザファイド王は、喜んでその提案を受け入れ、エテルティの全面的な支援のもと、二国での街道整備が行われた。 生まれや育ちが違おうと、同じ釜の飯を食べ、同じ作業に取り組めば、多少であろうと仲間意識が芽生えるもの。


ラサム王子の軽挙妄動のせいで気まずくなったエテルティとローナの関係は、整備が完了する頃にはすっかり改善し、エテルティ女王とローナ国王の名のもと友好を宣言するまでになった。


城の外で粗相をしなくなっただけで中身は相変わらずのラサム王子はと言えば、 これ以上何か問題を起こすと王子ですらいられなくなると悟り、最近入ってきた凄腕の魔法使いに師事して真面目に勉学に励んでいる。 国政に関わることを禁じられた状況でも、城の中にいれば情報は漏れ聞こえてくる。 エテルティの手厚い支援をきっかけに二国が友好を宣言したと知り「成金女王め」とラサムは吐き捨てたが、所詮はお飾りで実績がない人間の戯言。 アデルが自分の容姿の価値に気づいて「なぁニーナ、俺って美人なのか?」と口を滑らせ「気がつくのが、遅いんですよ!!」という魂の叫びと共に繰り出された養母のパンチをまともに喰らった痛みに比べれば、蚊に刺されたようなものだ。


養母のパンチ以外怖いものは特にないアデルの手腕は、外交だけでなく国の内側でも存分に振るわれた。 「国のために金を稼いで何が悪い」と豪快に笑うアデルの計らいで、宮廷画家達を聖獣キラムの背に乗せ、本来ありえない視点でエテルティの美しい自然や城を描いた絵画がいくつも発表され、エテルティの芸術は大輪の花のように咲き誇った。 画家達が総力を結集して描いた女王アデルと聖獣キラムの肖像画の美しさにつられ、美しい女王の姿を一目見たいと、整備された道を通ってエテルティを訪れる旅人達を、気さくな国民達と美味しい食事が出迎える。 多忙ではあったが、介添え役の大公と共に積極的に民の前に姿を見せて穏やかに手を振る女王の姿を吟遊詩人達は我先にと謳い、エテルティの国民達はそれを聞いて鼻を高くするのだった。 この時点で、龍女王の人気は揺らぎようがないものになっていた。


「勉強熱心な若者を腐らせておくほど、愚かな事はあるまい。 国の威信を賭けて、何不自由ない留学をさせてやろう」


アデルの一言と骨子がきっかけで始まった公費留学生選定会は、年齢と性別、身分の区別なく参加資格が与えられた。 だが、ふるい落としも厳しかった。

国民の血税を使って留学に赴くのだから、当然と言えば当然だが。

筆記試験、小論文の成績のほかに、選定会参加中の立ち居振る舞いを考慮し、その全てで優秀と認められた者のみが、最終選考に進むことができる。 最終選考は、女王であるアデルとの一対一の面接。 盲目のアデルの補佐として大公が傍に控える。大公は状況を伝えるのみで、それ以外は一切口を出さない。 もし最終候補者が女王である自分に委縮して質問に答えられないようであれば、選定会は終わりだ。


最初、十数人いた候補者は半数に減り、最終選考に進めたのは、ただひとり。


筆記試験と小論文の成績だけなら、もう少し残ったのかもしれない。 筆記試験を超えて小論文に進んだのは、最終候補者以外の全員が貴族階級の若者だったが、物見遊山感覚で選考会に参加していたことが休憩時間中の何気ない会話のなかで発覚したり、城のメイドや召使い達に横柄な態度をとったことから、全員切り捨てられた。 国民が汗水垂らして納めてくれた税で物見遊山をしようなど言語道断であるし、国内にいてさえ立場が弱い者に横柄な態度をとる者が国外に出ても、碌な事にならないのは目に見えている。 郷に入っては郷に従え、という言葉のとおり、留学先での身分は一介の学徒に過ぎない。 貴族階級の子女の意識が強すぎては本人のためにならないし、公費留学で大きな粗相をやらかして国の恥になっては本末転倒。


 「最終選考者が参りました」


大公の耳打ちと衣擦れの音で、アデルは最終選考者がやってきた事を悟った。

視力強化で姿を確認しても良かったが、あえてしなかった。


大切なのは姿かたちではなく、意志。 

何を望み、何を成すか。 大切なのは、それだけだ。


「面を上げよ」


真正面からの視線を感じたアデルは、続けて口を開く。


「女王、アデル・エテルティである。 そなたの、名は」

「教会から参りました、アーシャと申します。 姓は、ございません」


アデルはここで、彼女こそ大司教が話していた娘だと確信した。

だが、女王たるもの、特定の国民を特別扱いしてはならない。

だから、何も知らないふりをして淡々と話を進める。


「まずは、何故公費留学を希望するのか、聞かせてもらおうか」

「女王様が教会で重病の人々を看護なさっていたのを、拝見したからです」


生まれつき盲目の王女様。 ご自身こそ大変なのに、嫌な顔ひとつせず看護する。

アーシャは、黙々と働くアデルの背中を見て、いつしかこう思うようになった。


(王女様のように、自信をもって誰かを助けられるようになりたい)


現状、教会での病人の看護は慈善の域を出ず、医師のように職業のひとつとして確立してはいない。 だが、怪我や病気を治すのと同じくらい、病人の生活に寄り添うことだって大切なはずだ。 だからアーシャは、病人の介護や看護に特化した勉強がしたいと考えた。 慈善ではなく、しっかりとした専門知識と技術を備えた本格的な勉強がしたい、と。 その為には、エテルティ国内にいたのでは駄目だと考えていたところ大司教から公費留学の話を聞き、選考会に参加したというわけだ。


「理由は分かった。 だが、何故留学先にローナ国を希望した?」

「かの国が、エテルティよりも厳しい環境に置かれているからです」


エテルティは女神エテルデアと天使達の加護のもと、美しい四季と豊かな実りが約束されている。 だが、その約束も永遠とは限らない。 いつ天災に見舞われるか分からないという点では、エテルティも他の国と変わらないと指摘されたアデルは、正論が耳に痛いと苦笑しながら、アーシャに話の続きを促す。


「ローナの人々が過酷な環境の中で生活できているのは、生活の中で培われた知恵や技術があるからです。 私はそれを知りたい。 ローナでひとりの人間として働き、そこで見聞きしたことをエテルティに持ち帰りたいのです」

「あい分かった。これで、面接は終了だ。 結果は後日、書面にて通知する」


アーシャが城を出た事を確認したアデルは、宰相と外務大臣を呼びに、大公を走らせた。 大公に連れられてやって来た宰相と外務大臣に、アデルは留学の手筈を整えるように命じた。 いくら優秀とはいえ、若者をひとり異国に預けるのは心配だと考えたアデルの命令で、ローナ国王への親書の準備と同時に、あちらの言葉を流暢に話せる外交官の選任が進められていった。 生活拠点については、ローナ国王の許可を得た上で、宿屋の一室を借り上げるなり、エテルティの負担で数人が住める程度の館を建ててもよいかも知れない。


後日届いた通知で留学の実現と激励の式典が開かれることを知ったアーシャは、女王からの餞別のひとつとして贈られた衣服を身に纏い、大司教や教会の子ども達とともに、改めてエテルティ城に登ることになった。


「ローナには、外交官とともに赴くがよい。 外交官には、ローナ国王宛の親書を預けてあるゆえ、悪いようにはされぬだろう。 これは、俺からの餞別だ」


衣服や靴だけでなく、筆記用具や鞄まで!

この時点でもう胸がいっぱいのアーシャだったが、最後にとっておきの贈り物が残っていた。


「そなたには、姓がないのだったな。 では、これよりは『エルリク』と名乗るがよい。 神の力と絆を繋ぐ使者、エルリク。 その名のとおり、そなたがエテルティの未来を繋いでくれる事を祈っている」

「頂戴した姓にかけて、勉学に励むことを誓います」


そうして、外交官と共にエテルティ初の留学生が旅立っていった。


親書を携えてやってきた留学生と対面したザファイド王は愉快そうに笑った後、ローナの治療院への紹介状と生活拠点の用意を約束してくれたという。この生活拠点が後に、ローナとエテルティを結ぶ大使館となる。 ザファイド王は親書を見た時点で、全てが留学実現のための布石だったと悟ったことだろう。 


エテルティが決して安くはない費用を負担して、二国間の道を整備したこと。

それをきっかけにして友好を宣言したことも、全てがアデルの計画のうちだった。


王家印の発明品で得た莫大な富を元手に、必要と分かっていても費用や時間のせいで食指が動かない道の整備をほぼ無料で請け負い、相手の国に大いに恩を売る。 欲に目が眩んで馬鹿な真似にはしらないように牽制することこそが、アデルの狙い。 ローナに対して友好を宣言するよう話を持ちかけたのもアデルのほうだ。 ザファイド王が王座に座っているうちに国単位で友好を宣言しておけば、どこぞの馬鹿王子が王位に就いたとしても、エテルティに手出しはできないだろう。


もしも手出しして来たなら、救いようのない馬鹿だ。

何も言わずに友好を受け入れてくれたザファイド王には、感謝の言葉しかない。


金にものを言わせて恩を売り、血を流さずして国を守る。


王族らしからぬ下品なやり方だとしても。 「成金女王」と罵られたとしても。

エテルティの平和が守られることが、アデル個人の名誉よりも遥かに重要だった。


アデルはその後も成金上等と胸を張りながら、道を整備し、国境に砦や城を築いて国の安全を盤石にすべく尽力した。


そうして気がつけは、季節は夏になっていた。


部屋でいつものように書類に目を通していたアデルは、急に強烈な吐き気と不快感に襲われ、咄嗟に口を手で覆った。 人生で初めての出来事に、たまらずアデルは呼び鈴を鳴らし、人を呼んだ。


呼び鈴に応えて誰かが駆けつけてくれたのを声で確かめたところで、アデルの意識は限界を迎えた。


「女王陛下がお倒れあそばした」という知らせは瞬く間に城じゅうを駆け巡り、たまたま国境の視察に赴いて城を離れていた大公イザークの耳にも遅れて届くことになった。 この世の終わりのような顔をして女王の寝室に走った挙句、部屋の扉を蹴倒して破壊した大公の姿は、エテルティ城に仕える者達の間で、暫くの間語り草になった。


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