表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第五章 龍女王の政

ローナ国王宛の親書という名のエテルティの抗議は、正しく効果を発揮したらしい。


あの最低最悪の晩餐会からちょうど一か月後。

王子の親衛隊長から特使に肩書が変わったムジークが、アデルとイザークに謁見を求めてきた。


「久しいな、特使殿。 我が夫が腕をへし折ったお仲間ともども、息災であられたか?」

「その節は、大変申し訳ございませんでした……」

「よい。 特使殿達は、被害者に過ぎぬのだから」


誰の被害者か。それを敢えて言わなかったアデルの気遣いに恐縮しながら、特使となったムジークはあの後の事を話してくれた。


晩餐会の終わりに、ラサム王子ではなくムジークに親書を託した宰相の判断は正しかった。 無事に帰国したムジークから親書を受け取ったザファイド王は、親書を最後まで読んだ後、たとえ睡眠中であろうが構わず、今すぐここに王子を連れてこいと激怒したらしい。 眠い目をこすりながらやってきた放蕩息子を、ザファイド王は自分の頭に血が昇りすぎて倒れるほど激しく叱責したのだとか。

その場で親衛隊は解散、ムジーク達はラサム王子から解放され、ザファイド王の預かりとなった。


「それでは私を守る者がいなくなるではありませんか!」と往生際悪く抵抗する息子を「この国から出る予定がないお前には、護衛など不要!」と黙らせたザファイド王には心からの拍手と、同情を捧げたい。 晩餐会から一週間のうちに、速達扱いでエテルティ王宮に届けられた直筆の親書。その中で平謝りだった父王の胸中を、あの放蕩王子が理解する日は来るのだろうか。 親の心子知らず、とはまさにこの事。


「王族たるもの、己のみならず弱き者を守れなくてどうする……。 まぁ、それは良い。 すまぬが、この身は盲ゆえ、我が夫に親書を代読させても?」

「勿論でございます、女王陛下」


イザークがアデルに代わり、親書を読みあげる。


内容は前回と同様、あの晩餐会での出来事はラサム王子の軽挙妄動と断言した上で改めて謝罪し、ローナにエテルティと事を構える意思はないと表明するものだった。 武神の二つ名とそれに相応しい剣技で長く国を守っていた先代と違い、アデルは豊作を武器にして各国の胃袋を掴むことで良好な関係を保っていた。 エテルティの機嫌を損ねれば、食糧供給を止められる。特に王家印の肥料や癒しのジェルは、発明した女王の意思ひとつで取引が決まる。 その意味を、ザファイド王はよく理解しているようだ。 ローナは砂漠の国、 エテルティほど土地に恵まれていない。 そこにつけ入るようで心苦しくはあるが、万が一あの放蕩王子が即位しても変わらなければ、無用な争いが起きる前に急所を押さえ、エテルティを守らなければならない。


国同士の争いが生むのは、無数の死体と恨みだけだ。


ムジークに最初に会った時、語った言葉に嘘はない。

だが、もしも。 何の罪も、力もないエテルティの民の命が脅かされるような事があれば、その時は。 その時は、殺戮の女神と恐れられようとも、アデルはエテルティのために、自分の意思で剣を握る。

親書を最後まで聞き終えたアデルの顔を見たムジークは緊張を強め、イザークは心配そうに「アデル」と呼びかけた。 呼びかけにはっとしたアデルは、緊張と心配を打ち消すように笑顔をつくった。

「王子の今後に期待だな」としか、今は言えない。


 ザファイド王から預かったと、ムジークは籠いっぱいのデーツを渡してくれた。 エテルティでは滅多に食べられない、ローナの特産。 特産には特産で返さなければなるまいと笑ったアデルは、〈マーリン〉と名づけた特別なりんごを返礼として籠で持たせるように指示した。 アデルが養父のマーリンから託された、今は亡き聖獣アガトスのりんごの種。その種のひとつは、かつてアガトスがいた場所で育ち、今ではりんごがたわわに実っている。 アデルが毎日祈りを捧げ、大切に育てたりんごの種。 各地に植えられたそれは、そう遠くないうちに、エテルティに新たな恵みを齎してくれるだろう。


「我らが女王陛下は、なんでも御自分ひとりで始めておしまいになる。 凡才に過ぎぬ我らは、女王に遅れをとらないように努めるので精一杯なのですよ。 御目が見えぬ代わりに、我らには想像もできないものを、ご覧になっているのでしょうなぁ……」


アデル女王からザファイド王への親書の完成を待つ間、客室に通されたムジークの相手をしたのは宰相のイテルデ公爵。 国民の声を拾い集める投書箱の設置、貧しい人達に温かいパンやスープを配る炊き出し制度。 どれもこれも、ムジークの頭では考えもつかない斬新な取り組みだった。


「投書箱とは……」

「文字通り、国民からの投書を集めるものです。 重要なものから微笑ましいものまで、様々ですな。 不肖の息子と若い文官達が、毎日せっせと仕分けをしておりますよ。 字が書けない者達向けの代筆業で教会の収入源にもなり、若者達の経験にもなる。 女王陛下が手筈を整えて『今日からこの箱を置く』と宣言なさった時には、我ら一同、驚いたものです」


多忙と体力の消耗から、投書の全てに女王が目を通すことは不可能だ。

だが、少年少女達からの純粋な好意の投書には、可能な限りアデル自らが返信するように心を砕いていた。 それらの投書は、アデルが箱に入れて大切に保管している。


『じょおうさまは どうして めがおみえにならないのですか?』

『じょおうさまにも わかりません。 うまれたときから、みえませんでした。 じょおうさまのかわりに、あなたが、たくさんのすばらしいものをみてください』


『女王様は、大公様のどんなところがお好きですか?』

『後で大公にこの投書が見つかってもいいように、全部と答えておきます』


これらのような微笑ましい投書とは別に、緊急度が極めて高い内容と判断されたものは、直通で女王の所に届けられる。 エテルティでは一切禁止されている人身売買の告発が届けられた時には、人身売買から命からがら逃れてきた女性を城の一室に保護すると同時に、衣服を交換してその女性になりすましたアデルが現場を押さえた。 その大捕り物は、女王が一時的にしろ競りに掛けられた事に激怒した大公の無双とセットで有名になった。


お茶会を逆手にとって詳しく話を聞きたい人を誘う過程で、仕立て屋が繁盛したり。

女王の私財でパン屋や飲食店に炊き出しを依頼しようとして大公にバレた挙句「そういう事は国の事業でやりましょうね?」と大賢者と宰相に諭されて制度化したり。

内も外も、アデルが女王に即位してからのエテルティは、話題に事欠かない。


それらの話は、ムジークにも、そしてローナ国にとっても夢のような話だった。


ローナの名君であるザファイド王も、老いや病には逆らえない。

頼みのラサム王子は、あの有様。 ラサム王子のエテルティ王国での振る舞いがどんなものだったか、民の耳にも入っている事を本人だけが気づかない。 エテルティには、ローナにはない未来への希望があった。 「アデル女王の爪の垢でも煎じて飲むがよい!」と王子を叱責するザファイド王の胸中を思うと、臣下のひとりとして胸が痛かった。


「エテルティに一泊してからでないと、特使殿を帰さぬぞ」という女王の言葉に甘えて、ひとりで使うには広すぎる客室に泊まった後、エテルティ軍に国境まで護衛されてザファイド王のもとに帰還したムジーク。 籠いっぱいのりんごに添えられた親書の内容に、ザファイド王は大粒の涙を流した。


『平和を願う心に、国境などございません。 どうか、御体を大切に。 いつの日か、我が民がそちらを訪れる時、我が特使と思召していただければ幸いです』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ