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第四章 最悪な晩餐会

その日の朝は、とにかく忙しかった。 いつもより早く起こされて朝の支度を済ませ、昼の分も含めて少し多めの食事を食べた後に、ニーナと侍女達の手によって顔と髪を整えられて、最上礼装であるローブデコルテに着替えて手袋を嵌める。


「大切な記念でございますから」


人の好さが滲み出る声とともに、宰相のイテルデ公爵が宮廷画家を連れてきたものだから、衣装の乱れを点検する間、いつもの騎士服を纏ったイザーク共々モデルになった。 アデルが椅子に座り、その傍らにイザークが立つ。 異相の女王と黒騎士、エテルティ宮廷の誰もが憧れる二人の姿が、そこにあった。


「アデルの肖像画だけ、一枚別で私にください。 言い値で買います」

「本物が、ここにいるのにか?」

「美しいあなたを、いつでも、いつまでも独り占めしたいのですよ」


かつて蛇王と結びつけられて不気味がられていた赤と金の二色の瞳は今や、二粒の宝石と持て囃されていた。アデルにとっては相変わらず、わずかな光以外何も見えない不良品としか思えなかったが。 イテルデ公爵が言うには、女王の姿を描きたいという宮廷画家が後を絶たないのだという。 変わっているな、などと口に出そうものなら隣の夫に今晩抱き潰されかねないので、黙っておく。 完成した肖像画は、国民や観光客向けに小さな形に変えて販売もされるのだそうだ。生まれ持った自分の姿が価値を持ち、貨幣に変わって国民を潤すのならば、アデルが拒む理由はない。


衣装の点検が終わると、イザークのエスコートで二人揃って国民に手を振る。


体力の消耗を抑えるため、視力強化は使わないようにイザークから言われていたが、どうしても我慢ができなくて強化を使い、国民の姿を目に焼きつける。 女王が笑ったと国民が更に喜んだ時点で、イザークには全てバレた。 城内に戻った途端「女王陛下に眼帯を」というイザークの指示で、最上礼装と揃いの生地で作られた眼帯で両目を塞がれてしまった。 そのまま、昼の謁見に臨む。


「女王陛下、お誕生日おめでとうございます!」


大司教からありがたい教えを授かった後、教会の子ども達と修道女達が祝いの言葉と共に、讃美歌を歌ってくれた。 目が見えない自分でも楽しめる贈り物をと考えて、きっと何日も前から練習してくれたのだろう。 讃美歌の巧い下手よりも、その気持ちがなにより嬉しい。


「可愛い子ども達よ、素敵な贈り物をありがとう。……こちらにおいで、子ども達」


言葉だけでは物足りず、至高の地位にモノを言わせて子ども達を呼び寄せたアデルは、子どもたちの一人ひとりを軽く抱きしめた。


「大司教様やシスターの言うことをよく聞いて、よい子でいるんだぞ」

「はい!」

「よろしい! ……では元気でな、我が愛すべき子ども達」


ここまでは、何の問題もなかった。 王家と国民が更に固く結びつく時間だったのに。


問題が起こったのは、王国の貴族達を招いて開かれた晩餐会の時だった。

貴族達を代表してキアエル公爵シモンが「麗しの女王陛下に」と杯を捧げ、他の貴族達もそれに続く。 返礼として、昼間子供たちが歌っていた讃美歌をアデルが独唱し、思いがけない女王からの返礼に誰も彼もが聞き惚れる。 ここまで、全てが完璧だった。 後は料理に舌鼓を打ち、滅多に開催されない催しに乗じて、各々歓談の花を咲かせて終わるだけだったのに。 アデルの歌を至近距離で耳にできた余韻を台無しにする、慌てた囁き声に顔をしかめたイザークは、手の仕草で侍従を呼び寄せた。


「いったい何事ですか、騒々しい」

「イザーク、待て。 侍従を叱ってやるな。 ……招かれざる客が、来たようだぞ」


同じく宰相を呼び寄せ、耳を寄せて報告を聞いていたアデルは不幸な侍従を庇い、招待状もないのにやってきたローナ国のラサム王子を丁重に出迎えるように指示した。 「呼んでもいない客のために、すまないな」という女王の言葉を慰めにして、城の者達が即席ながら、隣国の王子を迎えるに恥ずかしくない席を整えていく。

呼びもしないのに押しかける非常識な客は、貴族達に交じって適当な場所で食事をして、とっとと帰ればいい。 ところが、腐っても隣国の王子であるため、下手な対応をすれば国際問題になりかねないのが、難しいところだった。 問題と言うなら、軍事演習だなんだと言い訳をして度々国境を脅かす王子の親衛隊のほうがよほど問題ではあるが、エテルティがつけ入られる隙は、無いに越したことはない。


ザファイド王の世継ぎ、ラサム・ローナ王子。 自分と同じ年の王子を、アデルを制止したイザークが顔の筋力を総動員して作り上げた笑顔でにこやかに出迎える。


「これは、ラサム殿下。 招待状も差し上げておりませんのに、遠路はるばるようこそお越しくださいました」(訳:招待されもしないのに、何をしに来たこの野郎)


王族であるのなら当然、イザークが本当は何を言いたいか、理解しているだろう。


だが、ラサム王子は泰然とした様子を崩さない。褐色の肌によく映える、砂金のような長髪を余裕たっぷりに手で流し、紅茶色の瞳をアデルに向けている。 まるで珍獣を見るような視線がどうしようもなく腹立たしくなったイザークが、肉体で視線を遮る。 ラサム王子の御付としてやって来たムジークが居心地悪そうに傍に控えていたが、とても気遣える心境ではなかった。


「なに、我が国の軍事演習にお付き合いいただいている女王陛下に、一言御礼申し上げたくてね。 ついでに、お祝いしようと思ったまでのこと」


招待されもしないのに晩餐会に押しかけた立場で、この言いよう。

これには、エテルティの貴族達も騒めいた。


「軍事演習の邪魔ばかりする女王の顔を見に来た」と、エテルティの女王の御前で言いきって悪びれないふてぶてしさに、宰相のイテルデ公爵は絶句した。動揺に乗じて、息子のルイにある書状を取りに走らせる。 残る問題は、怒りを通り越して無表情になっているイザークをどう宥めるか、だった。


窮地を救ったのは、アデルだった。


「ローナ国、ラサム王子とお見受けする」

「私の顔を見れば……失礼、御目が不自由なのでしたね」


気遣うふりをした、ラサムの意地悪な言葉。 

それにアデルは一切動じず、淡々と語りかける。


「遠路はるばる、よくお越しになられた。 これ以上立ち話を続けて、評判を落とす事もあるまい。 席を設けたゆえ、御付の者と共にゆるりと寛がれよ。 お国に戻られる前に、腹ごしらえをしておいて損はなかろう」


「これ以上喋ると、自分の評判を落とすことになるぞ。 食事をしたらとっとと国に帰れ」


アデルの真意を理解したラサムの褐色の肌に、赤みがさす。


ここでアデルの申し出を断れば、呼ばれもしないのに晩餐会に押しかけた挙句、わざわざ用意してもらった席を蹴って帰ることになる。 申し出を受けて席に着いても、貴族達の視線で針の筵の中で食事をすることになる。 女王の機転で窮地に陥ったラサムは、席に着くことを選んだ。傍に控えていた宰相に耳打ちしていくつか指示を飛ばした後、アデルは手招きをしてイザークを呼び戻す。 呼び戻されたイザークは、ラサムをアデルから引き離すように二人の間に座った。 ラサムにとって、盲目のアデルがやる事なす事全てが珍しいようで、アデルは食事が取りづらい事この上なかった。


「御目は、ご病気か何かで?」

「生まれつきです」

「目が見えないのに、ひとりで食事ができるのですか?」

「目が見えずとも、匂いや感触で食物や食器の位置を特定することは可能です」


とは言え、アデル用の食事は通常と違い、基本フォークだけで食事が済むようにあらかじめ一口サイズに切られていたり、摘まんで食べられるように工夫したりと、毎食料理人にかなり手間をかけているのも事実だ。今回の場合は、最上礼装を汚す心配がないように、紅茶以外、スープ類はなしにしてもらっていた。


「我が父ザファイド王が、アデル女王を見習えとあまりに言うものですから……」


苦笑しながら話すラサム王子の言葉に、アデルとイザークは戴冠式の時のザファイド王の嘆きを思い出した。 目が見えないアデルの手を握って、心からの即位の祝いと激励の意を伝えてくれたザファイド王は、歳を重ねた温和な表情を一瞬崩して、こう呟いたのだ。


「我が息子にも、あなたのような気立てがあればよいものを……」


今こうして、ラサム王子本人と言葉を交わして、よく分かった。

ラサム・ローナという人間は、自分の立場を笠に着て平気で他人を見下す。

自分より優れた人間の存在を認められず、敬意を払うこともできない。


敬意を払うどころか、表向きは綺麗に聞こえる言葉を弄して、他人の尊厳や自信を自分の手を汚さずして奪っていく。それは、国民の信頼と生活を背負い、国の進むべき方向を決める国王として、致命的な欠陥だった。 


ラサム王子の他に、ザファイド王の御子はいない。

それにも関わらず、成人した息子を王太子に定めずにいるあたり、ザファイド王の悩みの深さが伺える。


「それで、王子の今後にお役に立てそうな事はありましたか?」

「いいえ? 目が見える私が、目が見えない女王から何を学ぶ必要が?」


(本音が出たな)


イザークが立ちあがらないように手を握って阻止しながら、アデルはザファイド王に心から同情した。 自分の後を継ぐ息子がこの仕上がりでは、とても王太子には指名できまい。


アデルが宰相に手配させた、静かな席で恐縮しながら出来たての食事をとっているムジークのほうが、人間としてはとても優秀だ。 ローナもエテルティと同じように世襲王制だが、事と次第では、ザファイド王は王制そのものを放棄するかもしれない。 ラサム王子が国民をどう扱うかは、親衛隊の件で透けて見えている。 このまま何も言わなければ、イザークを抑えておくのは難しいと悟ったアデルは、嫌々ながら口を開いた。言ってもどうせ聞かないだろうが、それでどうなっても俺は知らんぞ、と思いながら。


「ラサム王子……目が見える、見えないは大した問題ではありません。 大事なのは、果たすべき責務や他人に対して、どこまで誠実であれるかです。 それさえ忘れなければ、その思いに応えてくれる誰かが、必ずいます。 至尊の地位にいる者こそ、決して驕ってはならないのです」


アデルの言葉を聞いたラサム王子の気配が、荒れた。

逆上そのものの気配を、肌で感じるアデル。

ザファイド王に言われた事でも、思い出したのだろうか。


「それでこそ、私の最愛の人です」と魔力で伝えてきたイザークの声は、意外に穏やかだった。

「ろくにダンスも踊れない癖に」というラサム王子の陰口に、イザークが遂に立ち上がる。


ダンスは難しいが剣舞ならできる、などと言っている場合ではない。

ラサム王子がイザークに殺される、とアデルと宰相、ムジークは覚悟した。


だが実際、イザークがした事は。


「楽師達、突然申し訳ないが曲の準備を! 私と女王のダンスのために、場所を!」


イザークの呼びかけに応えて、楽師達が楽譜を入れ替え、貴族達が場所を空ける。

アデルの耳元で「私に任せて」と囁いたイザークは、アデルをリードしながらいとも優雅に踊ってみせた。 盲目のアデルにとって、不特定多数を相手にその場で呼吸を合わせて踊る事以上に酷なことはない。 視力強化を使えばその場しのぎにはなるだろうが、やがて体力が尽きて動けなくなる。 だが、アデルの呼吸にぴったりついていける者が相手役としてリードするのなら、話は変わってくる。


「私のアデルの相手を務めるのなら、それ相応の器量がありませんとね」

(訳:私のアデルの相手が、お前ごときに務まると思うな)


ラサム王子の反論は、優雅なダンスへの拍手の音にかき消されて聞こえなかった。

食料の差し入れと同時に、ローナ国王宛の親書も持たされて青い顔をして帰っていったムジークとラサム王子。 そんな二人とは反対に、機嫌が急上昇したイザークはあれからずっとアデルを離さない。 万事心得た侍女達による入浴の介助すら断って、イザークがアデルの全身を洗い、乾かして、寝間着を着せて寝室まで攫った。


「アデル、私のアデル……」


あの放蕩王子が、相当ストレスだったらしい。 優しくはあれど、絶対離さないと閉じ込められたイザークの腕の中で、アデルが宥めるように彼の頬を撫でても効果が薄い。


だが、今日だけは。


今日だけは、イザークの望むまま愛されていようと思うアデルなのだった。


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