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第三章 龍女王の円卓


「ローナ王子ラサムは、何なんだ一体……」


その後も、軍事演習と主張してローナ王子の親衛隊は度々やってきた。 演習場所は毎回違っていて、各地から報告があがる度にアデルが直々に現地に転移し、一騎打ちで勝利しては追い返す。 その繰り返しに、さすがのアデルも萎れかけていた。 円卓の一席に座るダリウス大将軍が束ねるエテルティ軍を動かすのは簡単だが、動かした時点でローナ国とエテルティ王国そのものの対立に変わってしまう。 それほど煩わしくとも、アデルが単騎で出撃して殺さない程度に打ちのめすのが最適解なのだった。


エテルティとローナのどちら側にも、ひとりの死者も出してはならない。


その条件での戦いにおいて、龍女王至上主義を公言して憚らない白狼公イザークは壊滅的に相性が悪いため、戦力外。 アデルの聖獣キラムでは、勝負にすらならないので、戦力外。 気分転換が必要だと手を叩いたアデルの合図に従って、侍女達が円卓会議に参加している全員分のスコーンとりんごのジャム、紅茶を持ってやって来た。


「わーい! アデルの手作りだ!」

「キラム……」


いつかと同じように蛇の姿でアデルの肩に乗っているキラムが、自分が作ったことを伏せてスコーンを勧めようとしていたのを一瞬で台無しにしてくれた。 スコーンだけではなく、ジャムや紅茶まで自分が作ったものだと明かされては、苦笑するしかない。


「盲の女王を見放さず誠実に尽くしてくれる諸卿へ、僅かばかりでも返礼になればよいのだが。 ……イテルデ公爵、泣きながら食べるとスコーンが涙味になるぞ。 子息のルイ卿のように喜んで食べてくれると、俺は嬉しい」


王国の生き字引ことステファン・イテルデ公爵は、アデルが女王に即位して間もなく、補佐の名目で一人息子のルイを伴って、円卓会議に参加するようになった。 自分が一線を退いた後も、変わらず王国と女王陛下にお仕えできるようにと言われては、断る理由は無かった。 盲目であるアデルの補佐役として、夫のイザーク。 まだ城の暮らしに不慣れな大賢者マギウスの補佐役には、アデルの養母であるニーナが就いた。 会議の度にどうしようもなく気まずくなるが、元々は自分が撒いた種だ。


何故ニーナが、と即位後初めての円卓会議で狼狽えたアデルに、マギウスは苦笑しながらこう答えた。


「恐れながら……女王陛下の人選ミスかと。 クリフトに円卓会議は酷です」

「女王陛下が魔法使いの里から彼を引き抜いたんです、責任は取りましょうね?」

「イエス、マム……」


父マーリンの後任として大賢者となったマギウスは、魔法使いの里から一名、魔法使いの棟から一名を補佐役として求めた。 魔法使いの棟の総意の上にイザークの推薦まで乗せられ、女王のお目付け役も兼ねてニーナが選出されるのは不可避と悟ったアデルが、直々に魔法使いの里に赴いて引き抜いたのが、魔法使いクリフトだ。

魔法よりも発明の腕で抜きんでたものがあるクリフトは、手動でハンドルを引くだけで食材を細かく刻める調理器具をはじめ、食材を安全に擦りおろしたり、薄く切る調理器具や、足が不自由でも座ったまま移動できる椅子などを発明し、エテルティの文化の発展に貢献していた。 特に、椅子の発明が齎した反響は大きかった。足を痛めて一線を退いた軍人や知識人達が、椅子の存在をきっかけにして後進の指導役として復帰してくれたのは、アデルにとって嬉しい予想外だった。 今はまだ室内用しかなく、それなりの財力を持つ人間しか手を伸ばせない高級品。 だが、いつか室内外を問わず、必要になった誰もがその椅子を使える日が来るかもしれない。


前王ディオクレスの時代から王国を支える、一騎当千の龍女王の臣下達。

その中で一番のお気に入りであるクリフトだったが、唯一の弱点があった。

クリフトは、大勢の人間が集まる場に姿を見せるのが、とんでもなく苦手だったのだ。

そんな彼が、王国の心臓に等しい会議に姿を見せる訳がない。

マギウスの言葉通り、完全にアデルのミスだった。


 「女王陛下……」


イザークによって口に突っ込まれたジャムたっぷりのスコーンをもしゃもしゃと食べているアデルの目の前に、音声のみの水鏡が展開される。水と風属性の魔法使いであるクリフトは、魔力の遠隔操作がとにかく上手い。 本人の気性も相まって、自ら外に出る必要がない環境が整いきっているのだった。 事前にアデルの許しを得て、円卓会議を自室から傍聴しているクリフトだが、時折こうして話しかけてくる。


「元気そうで何よりだ、クリフト」

「おかげさまで……。 今回の会議の様子、兵士と魔法使いの棟の全員に遠隔の水鏡で共有してあります。 補佐役の皆様方向けの記録映像も、ばっちりです」

「大儀である。 この後も引き続き、頼むぞ。 茶菓子は後で届けさせる」

「了解しました……。 お茶菓子、楽しみにしています」


 先王の他には宰相や文官達しか見る事がなかった会議録は、アデルの御代では城中に情報を伝える鍵になっていた。円卓会議の終了後、補佐役達の知恵を持ち寄って完成する会議録は、城外への持ち出しと口外こそ厳禁であるものの、城に勤めるものなら誰でも閲覧することができる。 いつ、誰が、どのような経緯で何を決めたのか。 エテルティに住まう一人として、知りたいと望む者には惜しまず情報を提供するべきだというアデルの意向により、補佐役の導入と同時に、会議録の作成強化と閲覧が決められた。


本来なら、エテルティの城に限らず国民にも広く知ってもらいたい所ではあるが、それはまだ遠い先の話になるだろう。


エテルティの国民は貴族から平民まで基本的に勤勉ではあるが、身分や貧富の差による識字率のばらつきが最大の課題だった。 アデルのような女王が今後もずっと王国を治める事が確定しているのであれば、そのままでも問題はないのかもしれない。 だが、物事には絶対はない。 突然の病や災害、事故に暗殺。 最高の魔女にして女王と言われるアデルとて、いつまで玉座に座っていられるか分からない。

エテルティの武神と名高かったアデルの父王ディオクレスが、毒殺によって命を終えたように。 エテルティの王族がこの地上からひとりもいなくなる、その日までに。 エテルティ王家は、この国に、この地に生きる人々に何を遺せるだろう。


「女王陛下」


茶菓子休憩の後に再開された円卓会議で、それまで口を挟まなかったダリウス大将軍が発言の許可を求めてきた。あっさりと許可されたダリウス大将軍は、アデルの代理としてローナ王子の親衛隊長との一騎打ちを請け負うと申し出る。


「ダリウス大将軍、あなたが……? しかし……」

「女王陛下が我らを愛するがゆえ、御自ら前線に立っておられること。 ダリウスめはよく承知しております。 しかしながら、女王陛下。 最近の陛下はあまりにも無理をなさりすぎです。 それに、もうすぐ陛下の十八歳のお誕生日ではありませんか。

陛下が成人なさる、王国にとって最も喜ばしい日を楽しみに、心穏やかにお過ごしあそばせ」


ムジークと名乗ったあちらの親衛隊長も、女王の代わりに大将軍が出てくるのなら侮られたとは思わないだろう。 有事の際、速やかに人材を各地に派遣するために開発した転移水晶も、聖獣キラムの力を受けて常に安定して動いている。一騎打ちの終わりに振るエテルティの国旗を目印に、蒼天の慈雨を展開してもらえば全てが元通りだと、ダリウス大将軍は笑った。 


イザークも、ニーナも、マギウスも、イテルデ公爵も何も言わない。 皆、大将軍と同じ気持ちなのだろう。 それでもまだ迷うアデルに、本当に優しい御子だと、ダリウスは目を細める。


「我が女王陛下。 あなた様に、武術をお授けしたのは誰か、お忘れですかな?」

「忘れるものか。 偉大なる我が師、大将軍ダリウスよ。 決して、死ぬなよ」

「御意!」


その後、大将軍の決意に反して隣国の親衛隊はやって来なかった。


エテルティの大公と宰相の連名で作成されたローナ国王宛の抗議の書状は厳重に保管されたまま、アデルの誕生日の準備は大急ぎで進められた。 隣国の迷惑な軍事演習さえなければ、もっと余裕をもって準備できたのだが……主役であるアデルが対応に疲れ果てて眠ってしまい、体の手入れからドレスの採寸まで、一向に進んでいなかった。 「国民の税金でドレスを仕立てるのなら、最低限でいい」と言い張るアデルの抵抗虚しく、最高級の絹でローブデコルテと手袋が、アデルの薔薇色の髪を最も引き立てるエメラルドを使った耳飾りと首飾りが準備されていく。盲目のアデルは、浴場に運ばれるまま、磨かれるまま。 薔薇色の髪を頭の後ろでシニョンとしてまとめ、女王の証である王冠を戴いて最上礼装に身を包んだアデルに、イザークは感嘆の溜息をもらさずにはいられなかった。


「イザーク、俺は美しいか?」

「大変お美しゅうございます、私のアデル」

「国民の血税を費やすに、相応しいほどに?」

「もちろん!」


龍女王アデルの十八歳の誕生日。


アデルが大人になった日の朝、夫である白狼公イザークと一緒に姿を見せたアデルの美しく気品漂うドレス姿に国民は見惚れ、熱狂した。 生まれつき盲目であることをものともせず、父王の死を乗り越えて、常に民に寄り添った統治を心がける龍女王アデルは、エテルティ国民の誇りだった。


ローナ国との小競り合いのこともあり、今回は国内のみでの祝いに留め、他の国には一切招待状等は送付していなかった。


だから、アデルもイザークも、予想すらしていなかったのだ。

招かれてもいないのに、ローナ国王子ラサムその人が、エテルティ城に乗り込んでくるなどとは。


教会の大司教や子供達から贈られるありがたい教えや聖歌に、にこやかに応えるアデルは知らない。

今夜、国内の貴族達を招いて開かれる晩餐会が、あらゆる意味で忘れられないものになることを。


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