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第十章 聖王女リリアナの誕生


異変に気がついたのは、高熱から解放されたアデルがはじめてリリアナを抱こうとした時だった。


「さぁ、リリアナ。 あなたのお母様ですよ」


イザークからリリアナを受け取ると、ずしりとした重みと甘いミルクの薫り、小さく健気な呼吸音がする。この先どんなことがあろうと、間違うことも、忘れることもないだろう自分と似た気配の娘の顔を見ようとして、アデルははじめて自分の視界の異変に気がついた。


出産前にあったはずの、光がない。

音も聞こえるし、気配も感じる。

それなのに、光だけがない。

真っ暗だ。

視界強化をかけても、変わらない。


「イザーク、見えない」

「え?」

「娘の顔が、見えない。 何も、見えないんだ」


それでイザークも、異常な事態が起きていると悟ったらしい。

呼び鈴を鳴らし、急いで医官を呼びなさいと命じて侍女を走らせる。

同時に、アデルもキラムを呼び寄せる。


「まさかそんな、そんな酷いことがあってたまるものですか!」


アデルは、生まれながらの盲目である。

盲目ながらも、かすかに感じる光を頼りに魔法で視界を広げ、本来見えないはずの世界を垣間見ることを許されていた。


だが、リリアナの出産を終えたアデルの視界からは光が消えていた。


0に何を掛けても0のままのように。

光すら感じられなくなった目にどれだけ強化魔法をかけようと、視界が変わることはない。


いつまでも〈魔法使いの棟〉に戻らないリリアナを心配してやって来た乳母のニーナにリリアナを預けたイザークは、アデルの両手を自分の顔の輪郭に沿うように導いた。


「私はここにいます! 私を、私の顔を見て!」

「イザーク……すまない……」


何事かと飛んできたキラムによって、アデルの視界との同調が行われ、そこで光すら感じない、真っ暗な世界であることが確認された。 その後の医官の診察で、アデルの肉眼が光に反応していないことが確定する頃には、イザークは嫌でも思い知らされた。 アデルが、完全に失明したことを。


龍女王アデルは、腹を痛めて産んだ娘リリアナの顔を見る前に、永遠の暗闇の世界に放り込まれてしまったのだった。


つがいの失明に心を痛めた聖獣キラムは、ひとつの策を授けた。

それは、キラムの力を込めた龍玉をアデルの肉眼の代用品にするというもの。

これにより、アデルの魔力が龍玉に届きさえすれば、以前と同じように「全盲でありながら晴眼のように世界を見ること」が可能になる。


ただし、代償は以前よりも大きい。


あらかじめアデルの肉眼の代用になるように魔法を込めた龍玉が破壊されようものなら、アデルは全盲に逆戻り。 そもそもアデルの魔力を龍玉に飛ばす段階で魔力消費が発生するため、魔力の消耗は以前の倍になる。


「命がけの出産を終えて、これからというときに」と泣くイザークとは対照的に、アデルは落ち着いていた。


「構わんさ。 光は、確かに受け継がれたのだから」


アデルのその言葉どおり、リリアナはどこも病むことはなく、すくすくと成長することになる。

リリアナの聖獣である白馬のアウラムとともに。 リリアナはアデルから魔法の才を受け継ぎ、全属性に対して適性があったが、中でも光属性魔法に関しては頭ひとつ飛び抜けていた。


金色の瞳をした小さな女神を、エテルティの人々は「聖王女」と称え、まるで自分の子どものように誕生を祝福した。 女王となったアデルが、エテルティの人々を慈しんだのと同じように。


「エテルティの民よ、嘆くなかれ。 我が目から喪われた光は、ここにあり」

「エテルティの民よ、憂うなかれ。 光は確かに、受け継がれた」

「エテルティ王女・リリアナの名と共に、女神の国に栄えあれ!」


妊娠が公表されてから、ぱったりと民の前に姿を見せなくなった龍女王アデル。

その龍女王が大公と共に生まれたばかりの王女を伴って現れた時、国民の熱狂は最高潮に達した。

女王の騎士とも呼ばれる大公の腕の中で、すやすやと眠る王女の愛くるしい姿に、国民の誰も彼もが夢中になる。


親愛なる国民に向けて、アデルは嘘偽りなく語りかけた。


出産を境に、全盲になったこと。 アデルの両目には二度と、光は戻らないこと。

だが、心配はいらないと。 光は、リリアナに受け継がれたのだと。


リリアナが生きている限り、女神の国エテルティが滅びることはないのだと。


「龍女王万歳、聖王女万歳」と叫ぶ国民を手の仕草ひとつで宥めたアデルは、意を決して口を開く。 これから話す内容は、誰にも、夫であるイザークにすら相談していない。 それでも、言わなければならない。 エテルティの未来のために。


これから過酷な運命を生きるリリアナのために。 リリアナが生きる、世界のために。


「あの、冬の時代。 大罪人クロードが齎した厳しい冬を覚えている者達もいるだろう。 あの時流された涙を、喪われた命を、俺は決して忘れない。 怒りも、悲しみも、罪も、全て俺が引き受ける。 この龍女王アデルが、全てを背負うと誓おう!」


全てを自分の責任として、丸ごと背負う。

とんでもない誓いにぎょっとしたイザークは、思わず紳士らしい穏やかな微笑みを大きく崩してアデルの顔を見た。 だが、全盲になったことを打ち明け、リリアナを守るために腹を括ったアデルはもう止まらない。


「過去は変えられない。 喪った命はもう戻らない。 だが、それでも! それでも、前に進んでほしい。 王族も貴族も国民も、エテルティの誰もが前を向いて生きることを、俺は願う。 全ての罪、全ての罰は俺が背負う。 だから、エテルティの民よ! エテルティに住まう、全ての者達よ! 我が娘と共に、前を向いて強く生きてくれ! 喪った命に報いるためにも、前を向いて、それぞれの立場、それぞれの人生を精一杯生きてくれ! いつか俺が倒れても、リリアナが俺の意思を継ぐだろう。 そして、俺を超える女王となって、この国を導くことだろう。 エテルティと、聖王女リリアナに光あれ!」


エテルティ国民の心をひとつに束ねたばかりか、エテルティの貴族階級に未だに燻っていたキアエル憎しの感情を丸ごと引き受けて飲み込んだアデルの演説は、エテルティが誇る名演説となった。 それは時を超えて、女王として立つリリアナの背中を押すことになるのだが、この時のイザークがそんなことを知るはずはなく。 城の中に引っ込んだ途端、イザークは矢のようにアデルに文句を浴びせかけた。


だが、アデルはそれに一切耳を貸さず、これだけ騒がしい中で眠り続けるリリアナは大物だと笑うばかりだった。


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