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第四話 鏡禍

 円珠が杜波里だったものと対峙する。ここまでハッキリした姿で妖かしを見たのは「あいつ」以来、初めての事だった。


「なんなのこれはっ!」

 声を上げ、母屋から飛び出してきたのは……

「砂羽姉、来るな!」

 円珠が叫ぶ。砂羽がビクッと体をこわばらせた。杜波里から放たれる異様な妖気に気付いて出てきたのだろう。砂羽は巫女だ。円珠と同じくらい、妖かしの気配に敏感だ。そして円珠より強い、浄化の力を持っている。


「円珠……あれは、なに?」

 杜波里を見て、そう口にする。

「俺にもわからない……」


 転校生。

 そして同時に、あれは間違いなく、妖かしの類。しかも相当な力を持つ者。


「ふぅん、あなたもそれなりの力があるみたいね。でも残念。私の足元にも及ばない」

 くすくすと笑う。そして二人に構わず、進む。

「行くな! そこから先はっ」

「……そこから先は、なぁに?」

 妖艶な、そして馬鹿にしたような微笑み。弱き者を見下す、強者のそれ。

 円珠がグッと拳を握る。


「鏡禍様がいる……。もうすぐ、殻を破って出てくるわ」

「はぁっ?」

 砂羽が声を荒げた。

「なに言ってるのよ! あいつは雨継がっ」


 抑えている。


 そうだ。雨継は鏡禍と戦い、その命を懸けて鏡禍を抑え付けている。あの奥の庵には、石化した鏡禍と雨継が祀られている。なんとか雨継を助け出す方法を、高森家ではずっと模索しているのだ。


「あなたもわかってるでしょ? もう、長くは持たない。鏡禍様は復活する。雨継の力では抑えきれないのよ」

「お前っ」

 一体何が狙いなのか。もし本当に鏡禍が復活するとして、杜波里は鏡禍と組んで一体何をしようと企んでいるのか……考えたくもなかった。

「あは、円珠ったら怖い顔。恋人にそんな顔するなんて、酷いわねぇ」

「こっ、恋人ぉぉっ?」

 砂羽が叫ぶ。

「ち、違う! 断じて違うからなっ。誤解するなよ、砂羽姉!」

 円珠が慌てて否定する。

「あら、悲しい」

 杜波里がそう言って、肩を竦めた。そしてそのまま踵を返す。


「おい、杜波里!」

 奥の院の扉に手を掛け、杜波里が一気に開け放つ。中から禍々しい空気がむわりと流れ出る。思わず円珠と砂羽が口を覆った。


 ──正直、ここまでとは思わなかった。


 不浄なるもの……。その力が、膨らんでいる。幾重にも掛けられた結界。そのほとんどがひび割れ、今にも弾け飛びそうになっていた。

 キィィィン、と耳の奥が痛む。


「……共鳴……してる?」

 砂羽が顔をしかめ、言った。

 杜波里の放つ妖気に、鏡禍のそれが反応しているように感じるのだ。まるで見えない波紋同士がぶつかっているかのよう。


 奥の庵に入ると、昔ながらの古い台所がある土間。そこから三畳ほどの和室へ上がる。正面の襖を開けると、廊下があり、右にトイレ。左に進むとそこは元々茶室だった四畳半の部屋がある。杜波里はまっすぐ鏡禍のいるその部屋へと向かう。

 円珠と砂羽は、杜波里の後を追った。なんとしても止めなければならない。このままでは雨継の命が危ない!


「砂羽姉、俺じゃどこまで戦えるかわからない。けどっ」

「わかってる。大丈夫、二人なら!」


 ぐっと唇を噛み締める砂羽。大丈夫ではないことは、お互いよくわかっていた。雨継ですら抑えられなかった鏡禍に加え、得体のしれない杜波里という妖かしまでいるのだ。二人掛かりで向かったとしても、歯が立たないであろうことはわかっていた。だからといって、何もせずにいられるわけでもない。覚悟を決めるしかないのだ。


 円珠と砂羽が奥へと進む。封印の札が切られた襖を開け放った先には、石化した雨継と鏡禍の姿がある。その周りを四本の柱が囲み、しめ縄が張り巡らされていた。その前に立つ、赤い髪の杜波里。しめ縄に、手を掛ける。


「杜波里、よせ!」

 円珠が一歩踏み出すが、杜波里の手の方が早かった。ピり、という音を立て、しめ縄が宙に浮かび、パンと弾ける。

 ぶわりと黒い霧が部屋中に充満する。瘴気だ。

「くっ」

 円珠が腕を顔の前に出し、瘴気を避ける。後ろにいる砂羽も同じように腕を出し、顔を背けた。


「やっぱり。もう持たない……」

 杜波里が呟き、掌を雨継に向けた。

「杜波里! 一体何をする気だっ」

 円珠が指を結び、捕縛を試みる。

「縛!」

 目には見えない縄のようなものが杜波里を捕える。しかし、杜波里はその縄を一瞥し、振り解いた。

「邪魔よ!」

 一切効かない。円珠の力では捕らえられないのだ。


「くそっ」

 悪態を吐いたところで何も始まらない。円珠はもう一度指を組み、術を繰り出す。

「縛!」

「煩い!」

 パン!

 今度は杜波里に縄を仕掛ける前に、弾かれてしまった。

「少し大人しくしてて!」

 杜波里が円珠に向けてパッと手を伸ばす。赤くて丸いシャボン玉のようなものが円珠を捕える。

「うわっ」

 体の自由を奪われ、もがく。


「円珠!」

 駆け寄ろうとした砂羽にも、同じように赤い丸いものが纏わりつく。

「う、動け……ないっ」

 完全に動きを封じられた二人を尻目に、杜波里は結界の深層部……雨継の元へと足を向ける。しばらく周りを歩きながら眺めると、雨継の首に掛かっているペンダントへ手を伸ばす。それは呪具と言われるもので、破穢の力を増幅させる道具だ。ガーゴイルだからこそ使いこなせる御霊具(みたまぐ)……。


「これね」

 人差し指でつい、と撫でる。すると、呪具であるペンダントの石化が解けてゆく。

「杜波里!」

 円珠が叫ぶ。あれを奪われたら、雨継の掛けている術が解けてしまう。それはつまり、鏡禍の復活を意味する。

「外すわよ」

 パチン

 雨継の首から、ペンダントを引き千切る。

 メキメキ、という音と共に、石化していた雨継と鏡禍にヒビが入り始め、パラリ、パラ、ボロリと石が剥がれ出す。

「ああっ、雨継っ」

 砂羽が叫ぶ。


 バン!


 まるで二人を起点に爆発が起きたかのように、雨継と鏡禍が離散し、砂塵が舞う。

「ゲホッ、ゲホッ」

 円珠が煙に咽る。細かな砂が目に入り、涙が出る。

「……う、くっ」

 砂塵の中に見えたのは、石化が解かれた雨継の姿。そして……

「よう……やく、自由じゃ」


 蘇った、鏡禍だった。


 その姿は渇いたパサパサの長い髪。平安時代の直衣を思わせるような古風な衣を纏い、鏡の破片らしきものが髪にも衣にも編み込まれている。特徴的なのは、その顔だ。鏡禍には、顔がない。顔全体が曇った鏡面になっており、近づくと自分の顔が“歪んだ形”で映り込む。そこには「目を背けたい自分の未来」や「忘れたい過去」が映し出され、長時間目にすると魂が取り込まれると言われている。


「なんてことをっ」

 砂羽が叫ぶ。しかし、いくら叫んだところでどうにもならなかった。拘束された体では雨継に駆け寄ることさえできない。


「私を……こんな目に遭わせてっ、ただで済むと思うなよ、ガーゴイルめ!」


 鏡禍がぶわりと毛を逆立たせる。キラキラと鋭い鏡の欠片が、一斉に雨継目掛けて飛んだ。



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