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第三話 人ならざる者

 杜波里が口にした名は、鏡禍(きょうか)。名の通り、鏡にまつわる妖魔だ。古くからずっと、鏡を通し人間の怨念を餌として育った魔物。その血からはすさまじく、円珠の兄である雨継の力を以ってしても完全に倒すことが出来ず、封印するに留まった。


「お前……なんなんだよ?」

 円珠が一歩後ずさる。


「私? 私は転校生、日暮杜波里。クラスメイトよ? だけど、あなたの答え如何でこの学校を恐怖に陥れることもできる。……試してみる?」

 片手を持ち上げると、杜波里の掌から禍々しい黒い炎のようなものが出現する。術を使うということだ。円珠はガーゴイルの血を引いているが、雨継ほどの力はない。杜波里を見た瞬間、その正体に気付くことも出来なかった……ということは、力の差は歴然だろう。勝負を仕掛けたところで、負け戦だ。


「待ってくれ。大事にはしたくない」

 冷や汗が、止まらない。

「じゃあ、言うことを聞いてくれるかしら? 私をあの方の元へ……鏡禍様のところへ案内なさい」

 鏡禍はとんでもなく強い妖力を持った魔物だった。高森家で一番の力を持つ雨継ですら敵わないほどに。円珠も、高森家では二番目に強い。それでも雨継には遠く及ばない。そんな自分が対峙している、この杜波里という相手が一体何なのか。鏡禍を慕っているようだ、ということしかわからない。余裕の表情で円珠を見上げている姿に、身動きが取れなくなる。。これではまるで、蛇に睨まれた蛙のようだ、と円珠は拳を握った。


 杜波里の微笑みに、円珠は小さく頷く。

 寺に連れ帰り、そこで何とか仕留める術を模索するしかない。


「交渉成立ね。よかったわ、転校初日で学校が消し飛んだらどうしようかと思った」

 ぴょん、とベッドから飛び降りると、杜波里が円珠の頬に手を伸ばした。

「そんな怖い顔しないで。高森君と私は、今日から恋人同士になるんだから」

 そう言って顔を寄せると、円珠の唇を奪った。


「なっ!」

 慌てて杜波里の手を払いのけ、唇を拭う。

「あら、もしかして初めてだった? ごめんなさい」

 クスクスと声を殺し笑う杜波里。悔しさより恐怖の方が強い。


「体調が優れないから、早退するわ。彼氏である高森君は、私を送るために一緒に帰ること。いいわね?」

 可愛い口調で言っているが、それがおねだりでもお願いでもないことを、円珠は理解していた。



 皆がまだ授業を受けている中、肩を並べ歩いている。

 円珠は自転車だったが、杜波里が徒歩なので押して歩いていた。さすがに二人乗りは捕まるだろうからできないし、する気にもならない。


「……無言なのね?」

 あどけない顔で杜波里が円珠を見上げる。端から見たら、ただのカップルにでも見えるのだろうか、などとどうでもいいことを考え、円珠が頭を振った。


「俺が質問したら、答えるのか?」

 聞きたいことなら山ほどある。鏡禍との関係。会って、どうするつもりなのか。

「そうね。あなたが聞きたいことって、なに? 内容によっては答えなくもない」

「……あいつとの関係は?」

 円珠の言葉に、杜波里が吹き出す。

「ぷっ、なにその『あいつ』って! ああ、言霊には力があるからってことかしら? あの方の力は強いから、名前を出すだけで妖魔が寄って来ちゃうかもしれないものね?」

 心底楽しそうな顔だ。円珠は小さく舌打ちをすると、

「ああそうだよっ。あいつの名を出すのはご法度だ」

 悔しいが、本当のことである。


「そうね、あの方との関係……。私があの人を愛してやまない、とでも言っておこうかしら?」

「会ってどうする気だよ?」

「それは……会ってから決めるわ」

 はぐらかされる。

「最近、不浄のものが増えてるのは何故だ?」

 杜波里が意外そうに目を見開く。

「そうなの? ふぅん」

 答えない。

 結局これでは、なにもわからない。


「さ、急ぎましょ。ワクワクしてきたわ」

 スキップでもしそうな勢いで、杜波里が先を急ぐ。このままでは寺についてしまう。頭の中で考えた。今日の家族のスケジュール……父と母は確か、どこかへ出掛けると言っていたはず。今、あの場所にいるのは……砂羽だけだ。


「ねぇ、高森君って彼女いるの?」

「はぁ?」

 いきなり年相応の質問を投げられ、耳を疑う。さっき保健室であんなことをしておきながら、その質問。円珠は眉を顰め、

「いないけど?」

 と真面目に答える。

「あは。そっか、いないんだ~」

 馬鹿にされている気分だ。


「ね、私たち、本当に付き合ってみる?」

 わざとなのだろう、上目遣いで擦り寄ってくる杜波里は、ビジュアルだけで言うなら円珠の好みである。

「何をふざけたことをっ」

「やだ、怒らないでよ。円珠」

「ぐっ」

 名を呼ばれ、不覚にもドキッとしてしまう。


「今日だけは私の彼氏なんだから、呼び捨てでいいわよね? 私のことも杜波里って呼んでいいわよ?」

「チッ」

 わざとらしく舌打ちをすると、顔を逸らす。


 街中を抜け、山道へ入る。雨音庵は町から少し離れた山の中腹にある寺だ。道中、いつもの場所にいる霊を一体も見かけなかったのは、杜波里がいるせいだろうか。強い魔の気配を感じると、低級な妖かしたちは姿を消し、中級以上の妖かしたちは集まってくるのだと聞いたことがある。


「結構山の中なのね」

 杜波里は、息一つ切らさず歩いている。坂道を、自転車を押して歩く円珠の方が息が上がり気味だ。極度の緊張のせいかもしれないが。

 ここまで来てもまだ、円珠はどうすればいいか考えを巡らせていた。「あいつ」のことは雨継が押さえつけているはずだ。だが、もし杜波里が「あいつ」を助け出そうとしたら? 円珠の力で杜波里を抑えることはできないだろう。砂羽の力を借りても同等か……いや、及ぶ気がしないのだ。


「ああ、ここなのね」

 杜波里が足を止める。雨音庵に、着いてしまった。円珠の鼓動が早まる。結界が、杜波里を弾いてくれるかもしれない、と一瞬期待をしたものの、

「結界……。よくできているわ。ずっと探してたけど、見付けられなかったもの。だけど、この程度の結界、私には効かない」

 素朴な切妻(きりづま)屋根の木製門。屋根には苔や草が根付いている。風雨に晒された木彫りの扁額(へんがく)には「雨音庵」の文字。昔は小さな草庵だったが、地域で親しまれ、今ではそこそこ大きくなっている。


 不浄のものを払うガーゴイルの子孫である高森家がこの地に越してきたのは、円珠から数えて四代ほど前になる。それまでは別の土地で暮らしていたらしい。この地に来たのは偶然だったと、当時の曾祖父は口にしていたようだが、詳しい経緯は誰も知らないようだ。


「入るわよ?」

 杜波里が口先だけの断りを入れる。スッと手を伸ばし、門扉に手を掛けた。パリ、と乾いた音がしたものの、それ以上何も起こらない。そのまま扉を開け、中に入ってしまう。円珠が慌ててその後を追った。

「ちょ、どこ行くんだよっ」


 自転車を半ば投げ捨てるように置くと、すたすたと先を行く杜波里を追う。迷うことなく進んでいるその方向には、立ち入りを禁じている、奥の庵がある。ひときわ強い結界が張られた場所にも拘らず、強い妖気が漂う。抑え込んでいるはずの妖かしが発する強い力は、日に日に増してきていると、皆、気付いてはいるのだ。


「あの方の匂い……。ああ、素晴らしいわっ」

 うっとりと目を閉じ、匂いを嗅ぐような仕草を見せた杜波里は、次の瞬間、走り出した。

「おい!」

 円珠が追いかける。だが、人ならざる者の動きについて行けず、杜波里の姿がどんどん先へ行く。

「待てって!」

 母屋の横を曲がる。敷地の一番山側にあるのが奥の庵だ。角を曲がったところで、円珠の足が止まった。ひゅっと息を飲む。


 そこに立っていたのは、人ならざるもの……。


「……赤、い?」

 長い髪が蠢く。その色は、黒と見紛うような、赤。


「あら、円珠ったら情緒がないのね。これは潤朱(うるみしゅ)っていう色なのよ?」

 振り向いた杜波里……だったものが、にたりと笑った。


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