第二十七話 終焉
この世界には様々な生き物が存在する。
人間や動物だけではない。幽霊、悪霊、妖かし、神に至るまで、様々な生き物がいる。
しかしそれを知る者は少ないのだろう。少なくとも、人間という生き物は、目に見えるものしか信じない生き物だ。霊などいないと思っている者の中には、幽霊や妖かしといったものは存在しないことになるし、神などいないと皆が思えば、きっと神々は地上から姿を消してゆくのだ……。
「円珠、捕縛しろ!」
雨継の声が響き渡り、円珠は指で印を結ぶ。
「縛!」
声を大にして叫べば、見えない鎖がじゃらりと音を立て、目の前の巨大な大木に絡みつく。
その大樹には、神々の記憶を閉じ込めた葉が揺れる。一枚一枚に刻まれた、太古から続くその記憶の中には、神たちの英知が詰まっている。それらを悪用し、世界を手に入れようと企んだ者こそ、無那である。
「何故だ! なぜお前たちの力を無効にできぬのか!」
はらりはらりと舞い落ちる葉を前に、無那が叫び声をあげる。目の前に立ち塞がっているのは、ただの人間。いや、少しばかり風変わりな力を持ってはいるが、間違いなく下等動物である人間のはずだった。それなのに、どういうわけか神々の力を真似た無那の力が人間たちに通用しない。それどころか、放たれる術をもろに受けてしまっているのだ。
「残念だったな。俺たちはガーゴイルだ。不浄の者と戦う一族でねぇ。いくら相手が『元神様の力』だとしても、穢れていれば浄化対象なんだよ」
雨継がニヤリと笑みを浮かべ、印を結ぶ。
「南無、散!」
ドン! と鈍い音がし、大きな幹の真ん中に穴が開くのを目の当たりにする。これでは本当に、滅ぼされてしまうかもしれないと、無那が焦り始める。日凪神をもう少しで取り込めるところまで来ていたというのに、あと一歩のところで形勢を逆転されてしまった。何が悪かったというのか。隠ら木の帝に、もっと強い妖かしを喰らわせておくべきだったのか。
それならば、と無那が動く。自らの体を揺すり、葉を落とすと、個々に意思を植え付け飛ばす。忘れ去られた神たちの思念を黒く染め、恩を仇で返そうという人間たちに怒りの鉄槌を下せと命ずる。
「今こそ恨みを晴らすとき! 忘れられたその記憶の奥底に眠る、無念と嚇怒)を余すことなくぶつけ、共に砕けるがいい!」
鋭く飛び回る葉を前に、砂羽が両手を広げ、唱える。
「映せし影、今ここに絶つ。真の名を返し、神々の記憶よ鎮まれ。すべてを開放し、無に還れ!」
パァァと光が満ち、辺りを照らす。光に照らされた葉が、光の中で溶けて消える。今までに感じたことのない力が、湧き上がってくるのを感じていた。砂羽だけではない。他の三人も、力を使うたびに、自らの体から湧き上がる壮大な力に驚く。神の加護とはこれほどまでに強いものなのか。
雨継と円珠だけではない。砂羽はペンダントを、光砂は数珠を、それぞれ日凪神から譲り受けていたのだ。これには日凪神からの護符が授けられており、力を増幅させるというだけでなく、名の通り身を守る効果も得られるようだった。
「なんということだ……。これでは計画が台無しではないかっ」
無那は怒りに打ち震えながら枝を揺らす。長い間温めてきた計画だったのだ。それを、人間ごときに邪魔されるなど、あってはならないことだった。感情が昂り、苛立ちや怒りをすべて放出する。「おおおおお」と声を出しながら、メキメキと音を立て、枝を伸ばす。やがて数本の枝がしなる鞭のように伸び、雨継たちに襲い掛かる。
「生かしては帰さん!」
ヒュッと乾いた音を立て、無数の鞭が宙を舞う。
円珠が印を結び、叫ぶ。
「斬!」
その横では光砂が数珠を手に、空中に文字のようなものをなぞり、
「諸行無常、壊滅!」
と唱えた。
二人の放つ刃がうねうねと動き回る木の根を切り裂く。
それでも、次々に伸びてくる根を前に、
「このままだと、多勢に無勢だぞっ」
と光砂が忠告する。
すると、ゴゴゴという地鳴りが聞こえ、無那の声が辺りに響き渡る。
「地底に眠りし死霊どもよ。今こそここに蘇り、神々の英知を喰らいその力と共に我に仕えよ!」
その声に反応するかのように、どこからともなく死霊たちが集まり始める。やがて渦を巻く魚の群れのようにグルグルと回り始めた。
「おいおい、キリがないぞこれはっ」
雨継がこめかみを押さえると、円珠が杜波里に声を掛ける。
「杜波里」
「……やってみる」
何を言われるわけでもなく、理解できた。ある意味、円珠と杜波里は繋がっているのだ。それは円珠の方もなんとなく理解していた。無理矢理ねじ込まれた、赤い色のピアス……。あれを付けてから、杜波里との距離が近い。
杜波里が上を見る。死霊の群れが無那に群がり、その葉を食べているのが見える。まるで肉に群がるピラニアの群れだ。
「……キモッ」
一言呟くと、天高く手を伸ばす。
「夢喰ノ牙!」
叫ぶと同時に、漆黒の大鎌が現れた。手に取ると、ブンッと振り回す。
「縁尽きたる魂よ、理の渦に沈め。我の力となり、その命を捧げよ!」
ズサッと大鎌を横に薙ぐ。一筋の光が見えたかと思うと、死霊の群れがその体を打ち砕かれ、一気に弾けて消えてゆく。
「よしっ!」
雨継がガッツポーズをとる。
無那が苦悶の表情を浮かべているのが見えた。ここで手を緩めるわけにはいかない。
「よっしゃ、全員、総攻撃だっ。一気に片を付けるぞ!」
そう指示を出すと、全員が大きく頷いた。
「映せし影、今ここに絶つ。真の名を返し、神々の記憶よ鎮まれ。すべてを開放し、無に還れ!」
「南無、散!」
「諸行無常、壊滅!」
「斬!」
「縁尽きたる魂よ、理の渦に沈め。我の力となり、その命を捧げよ!」
それぞれが唱え、無那に向けて撃ち込む。その周りを回遊する死霊ごと、無那の体が切り刻まれる。
「ぐおおおおおっ」
断末魔の叫び声。
散り散りに崩れてゆく巨木。枯れる、枝葉。
「何故だっ。何故こんなことにっ!」
理解出来ないとばかりに動揺を見せる。
「くたばりやがれっ!」
雨継が最後にもう一発、無那に向かって放った。
「南無、散!」
まっすぐに無那を貫く光。「キィィィィ!」という耳鳴りに似た音を出し、大木は小さく縮んでゆく。死霊たちも姿を消し、沈黙だけが支配する。
「……これで一件落着、か?」
「そうみたいね」
雨継と砂羽が顔を見合わせた。
「しかし、どうやって帰るんだ? ここから」
光砂が辺りを見渡し、言った。
「また“落ちる”のよ」
杜波里がそう言うが早いか、全員の足元から、地面が消え失せる。
「え?」
「くそっ」
重力というものがある。なので、地面が消えれば、体は下へと落ちるのが常。
「きゃぁぁ!」
「ひょぉぉぉ!」
雨継・円珠・砂羽・砂光が、落ちた。それを追うように、杜波里が大穴へと飛び込んでいったのだった。
◇
――残された、無那の成れの果てから、小さな芽が出る。やがてするすると伸び、花を咲かせた。花が枯れれば……種が出来るのだろう……。




