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他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


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第二十二話 本来の姿

 急に現実に引き戻され、円珠は混乱する頭を何とかフル回転させる。


「まだわからないことが多すぎる。杜波里……お前がその、ククリだったってことはなんとなくわかった。だけど、お前ずっと、自分のこと獏だって言ってなかったか? それにあの黒い何かと、どう結びつくんだよ?」

 杜波里に対しては、怒りもある。だが、今ここで感情的になっても仕方がないことも分かっていた。円珠は努めて落ち着いた声を出し、杜波里に質問を投げかけた。


「私は獏。……いえ、それに近い者。多分、私を作った主様の力が私にも少し宿っていたのでしょうね。肉体を失った私は、意識だけで現世を彷徨っていたの。そんな時、ある人間と出会った。杜波里、って名前も、その時もらったの。私は、自分が妖かしだと思い込んでいたわ。夢の中を自由に行き来できたし、操ることもできたんだもの」


 クスッと悪戯っぽく笑う顔は、やはり杜波里だ……などと心の中で安心する自分に気付き、円珠は頭を軽く振った。


「いや、間違いなく今のお前は妖魔だろ。式神っては、守護者の手を離れた時点でもうその役目を終えるはず。あの時……人形から追い出された時点で消えなかったお前は、妖魔として生まれ変わったんだよ」

その辺の知識は、円珠にもある。ガーゴイルである以上、不浄のものと対峙する際の知識は絶対的に必要だ。だから魔物や妖魔の成り立ちやその特徴なども学ばされる。


「……そう……なのかな?」

「そうだよ」

 円珠の言葉を聞き、何故かホッとした顔を見せる杜波里。


「ククリでなくなった私は、夢の中で色々なことを学んだわ。『獏』という妖魔がいることも、そこで学んだことの一つ。私は想元を行き来できるのだから、獏なのだ、って自分で決めたの。想元には、世の中のこと、過去も未来も、あらゆる問いと答えが散りばめられてた。……やがて私は、あの黒い穢れに行きついた」


 とある予言者の見た夢。強大な力を持つ妖魔が、何かを取り込もうとしているその相手は、鏡禍(きょうか)ではなかった。


「あの黒いのは、主様。私たち二人を創った、日凪神(ひなぎのかみ)よ」

 反対側から聞こえてきた声に、円珠が肩を震わせ顔を向けた。そして目にした人物を見て、二度驚く。杜波里とは反対側に、もう一人の杜波里がいるのだ。まるで瓜二つの、少女。着物姿であることと、肩でキッチリ切り揃えられた髪の長さが違うだけで、見た目は杜波里とまったく同じ顔だった。


「お前……は」

「私はホロ。ククリと対だった式神の、ホロ」

「一体どこからっ?」

「あら、全然気付いていないのね? 私はずっとあなたと一緒だったのよ? 円珠」

「は?」

 話が飲み込めない円珠に向かって、ホロの代わりに杜波里が説明を入れる。


「私がククリとしての記憶を失くしてから、ホロは一人で雨音庵を護ってた。二人で一人だった私たちは、別々になることで成長せざるを得なくなった。姿も、中身も」

 幼子の姿をしていた式神は、自分で「考えて」生きねばならなくなったのだ。


「私が円珠の夢の中に入れなかったのは、ホロがあんたの中にいたからなんだわ。主様の加護の元で、守られてたのね」

 そしてどうしようもなく円珠に惹かれたのも、二人で一人だった対のホロがそこにいたから。


「主様は何故か、ククリが姿を消したあの日から、目覚めなくなってしまったの。何度声を掛けても、泣き喚いても無駄だった。それに、和尚もあれから帰ってこなかった」

 ホロが語る。

「それからは、私一人で雨音庵を護っていた。いつ主様が目覚めてもいいように、一生懸命お勤めを果たしたわ。寺にあった蔵書を読んだり、主様のことや雨音庵に起きたことを書き記したり……。どれくらい経ったかわからないある日、雨音庵を訪ねて一人の僧がやってきた。その僧は今までの和尚たちとは明らかに違い、とても強い力を持っていたの」


 当時を思い出すかのようにホロが語る。ある日寺に来た訪問者。それなりの力を持つその人物……その僧というのはもしかして、と口を開きかける。

「円珠の曽祖父に当たる人ね……」

 杜波里が言った。


「だけど、力が強いがために、誤解が生じた。そいつは、私のことを敵とみなして、呪具に閉じ込めたんだものっ」

「呪具に……?」

 円珠はそんな話を聞いたことがあった。魔物や妖かしを祓うことなく呪具に取り込むことで、その御霊具の力を強化することがある、と。


「指輪にでもしようとしてたのかしらね。とても小さな、真珠のようなものだった。それを、後にあなたが飲み込んだのよ、円珠」

「えっ? 俺、飲んだのっ?」

 そんな話は初耳だった。まさか自分の中に呪具が入っているなど。だが、同時に思い当たることもある。どこかで聞いたことのある、声。廃ホテルで聞いたのは、ホロのものではないのか? ホロが閉じ込められていると知らずに飲み込んだ呪具。その時に聞いた声。うっすらとしか覚えていないが、確かに小さな球を飲み込んだ記憶。


 しかし、だとしたら……


「それにしちゃ俺の力、弱くないか……?」

 普通は呪具を手にすると、破穢の力は上がるのだ。体の中に呪具があったにしては、円珠の破穢の力はそこまで強くはない。

「まったく、そんなことで落ち込まないでよ、円珠」

 諸手を上げて、杜波里。呆れ顔の杜波里に便乗するかのように、ホロも口角を上げた。

「私たちは二人で一人なの。片方だけの加護では力は増幅しない。だから、二人が揃わないと。……思い当たること、あるでしょ?」

 ニヤニヤ顔で言われ、気付く。

「あ……」

 思わず口元を手で隠した。


 杜波里に触れた後なら、力は大きくなる。なるほど、杜波里(ククリ)円珠(ホロ)が合わさることで、円珠は力を発揮していたということだ。でもそれなら、手を繋ぐだけでもよかったのでは? とは、今は言わないでおく。


「で、あの黒いのが二人の主様……って、つまりは神様なんだろ? なんだってあんな姿になってるんだよ?」

 あの姿は、どう見ても闇落ち。つまりは、なにかによって穢され、今や神とは真逆の存在となろうとしている。なんとかして浄化しなければ、杜波里が見たという預言者の夢と同じ結果を生んでしまうだろう。


「円珠の中にホロがいるって気付いたのは、あの黒い煙霧を目の前で見た時。雨音庵にいたころの記憶が全部戻った瞬間、ホロの気配を読み取ることができた。そして私がやるべきことが何かも、明確にわかったわ」

 一度目を閉じ、ゆっくりと開く。円珠の隣に立つホロに視線を移すと、ホロが頷いた。杜波里はホロに向け、手を伸ばした。


「……(えにし)尽きたる魂よ、(ことわり)の渦に沈め。我の力となり、その命を捧げよ」

「え? 杜波里、ちょっと!」

 円珠が止める間もなく、ホロが杜波里の掌に吸い込まれて、消えた。ポウ、と杜波里の体が赤く光り、やがて光が収まる。


「……これでやっと、一人前」

 フッと笑みを漏らした杜波里は、どこか悲しそうで、そして美しかった。

「……なんでこんな」

 円珠は何と言葉をかければいいかわからず、口を閉じた。


「円珠、私は主様を……日凪神を助けたいの。お願い。力を貸して」

 真剣な眼差しで見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。力を貸せと言われても、自分には役に立てるほどの力などない。そう思っているせいだ。

「俺は……」

「ガーゴイルは浄化の力……破穢の力を持ってる。妖魔である私にはないの! 主様を救うには、ガーゴイルの力がなければ!」


 なるほど、と納得する。杜波里は、円珠や雨継ですらも上回るほどの力を有していながら、自分が成し遂げたい「救う」という目的を叶えることはできないのだ。だから、ガーゴイルである雨継に声を掛けた。


「最初からそのつもりで兄さんに声を?」

「どうかしら? ただ、予知夢に現れた妖魔は私にとって特別だ、ってことは感じていた。だから、消し去るのではなく、救い出さなければならないって、漠然と思ってはいたわ。すべてが明確になったのはさっきだけど」

「……ホロは」

 杜波里に飲まれたもう一人の式神。詳細は不明だが、自分の先祖が呪具に閉じ込めたせいで、なんだか可哀想なことをしてしまったような気持になっていた。

「ホロは私の中にある。元々、私たちは二人で一人。今ならわかるわ。主様はわざと二人にして創ったのだと。半分ずつでちょうどよかったのね。一人では、有り余る」

「有り余る……?」

「そう。有り余るわ」

 杜波里が両の掌を上に向ける。ポンポンッと手のひらに赤い球が浮かぶ。それを思い切り前へと投げつけた。


 ドォォォン、とも、ボォォォン、ともとれる爆音が響き、目の前に空間が広がる。


「私の成し遂げたいことは、あなたたちガーゴイルにとっても急務であり、責務のはずよ。さ、円珠、始めましょう」

 そうハッキリと言い放ち、円珠の胸倉を掴むと口付けをしたのだ。



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