表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/28

第二十一話 杜波里の正体

「和尚、それほんと?」

「ほんとなの~?」


 朝、ククリとホロが、「人形はもう呪いから解放された」と告げると、和尚がおかしなことを言い出したのだ。

「本当だとも! この人形は名のある人形師が作った、大層有名な作品だそうだ。呪いの人形だからとこの寺に送られてきたが、呪いが解けたら買い戻したいという話でな。こりゃ高く売れるぞ~!」

 ウキウキした顔でそう言った。


「お人形、さよならなのかー」

「さよならかー」

「なんだか寂しい~」

「いなくならないで~」

 駄々をこねる二人など一切無視で、和尚はウキウキ顔だ。

「ワシがこの寺を留守にする間、ここのことはお前さんたちに頼むぞ」

「えー? 和尚、お寺放っていくのー?」

「それってだめじゃないのー?」

 ククリとホロが腰に手を当て抗議するも、和尚はどこ吹く風、である。


「何を言うか! どうせワシがいたって何の役にも立っておらん。そんなこたぁ、自分が一番よく知っておるわ。お前たちと、お前たちの神さんがいれば大丈夫だろうて?」

「それはそうだけどさー」

「そうなんだけどさー」

 不服そうでもあり、自慢げでもある二人だ。

「そうと決まれば支度をせねば! 半月もあれば戻れるでな。頼んだぞ!」

 そう言うと、和尚は日本人形をその場に置き、旅支度のために母屋へと引っ込んだ。


「お人形、行っちゃうんだねぇ」

「そうだねぇ」

「ククリ、もっと遊びたかったなぁ」

「ホロもー!」

「……ねぇ、お人形の中に入ったらさ」

「入ったら?」

「お外に出られるのかな?」

「えええ?」


 二人は、日凪神(ひなぎのかみ)がいるこの寺の外へは出られない。この体は作りもので、日凪神から離れれば壊れて消えてしまうからだ。

 けれど、人形は……?

 きちんとそこに存在する、この人形の体があれば、外の世界にも行けるのではないだろうか。そう、考えたのである。


 二人は顔を見合わせた。


「出られるのかも?」

「出られるかもね?」

 顔を見合わせ、笑う。

「試してみる?」

「試したーい!」

 ひとしきりはしゃぐと、まずはホロが人形の中に入る。手足を動かし、走ったりでんぐり返しをしたりする。


「自由自在だ!」

「なんでもござれ!」

「お外も出られる?」

「試してみよう~!」


 ククリと人形が並んで歩く。雨音庵の門まで進むと、顔を見合わせ、頷き合う。人形が、そーっと門を乗り越え、外へ出た。


「出たね!」

「出られた!」

「すごいね!」

「すごいよ!」

「ククリもやりたい!」

「もちろんだよ!」

 人形がテケテケと門の中へ戻る。ホロとククリが交代し、今度はククリが人形の中に入り込む。


「いざゆかん!」

「お気を付けて!」

 ホロと同じように、そーっと門をくぐり、敷地の外へ出る。


「お外に出られた!」

「すごいね!」

「お外は広いね!」

「どこまでも行けちゃう?」

「行けちゃうかもしれない!」

「かっこいい~!」

 ちまっとした日本人形が、門前ではしゃぐ。するとそこへ和尚が慌てた様子でやってきた。


「おいおい、大事な商品を外に出すんじゃない!」

 和尚が門の外へ走り、人形を手にする。

「さぁ、出発するぞ」

 そのまま風呂敷に包むと、懐へと押し込んだ。


「あらら、大変!」

 ククリがまだ人形の中に入ったままだ。しかし和尚はそんなこととは知らず、どんどん寺から遠ざかる。追いかけたいが、ホロは寺の敷地から出ることはできないのだ。


「ククリ、行っちゃった……」

 ぽつん、と残されたホロが和尚の後ろ姿を目で追う。

「ハッ! 主様になんとかしてもらうしかない! 主様~!」

 パタパタと祠まで走る。が、この時間、日凪神は眠っているのだ。日暮れまでは何も出来ない。ホロはしばらく祠の周りをグルグルしていたが、そのうち諦めて本堂の畳の上に転がった。一人で本堂にいると、なんだか急に自分が偉くなったような気がした。


「今、この雨音庵を護っているのはホロだけ!」

 それは、今まで感じたことのない、不思議な感情だったのである──。



 その頃、人形の中に入り込んだククリはひたすら静かに、耳を澄ませていた。


 本当は和尚が人形を持ち上げた時、声を出すべきだったとわかっている。雨音庵の敷地に戻してもらい、人形から出なければいけなかったのだ。なのに、ククリは黙っていた。それは安易な冒険心。寺の外の世界を見たい、ちょっと遠くまで行ってみたいという、それだけだった。


 和尚の下手な鼻歌が終わり、不安定なゆらゆらとした動きを感じると、つい気持ちよくなって眠ってしまう。目が覚めたころには、聞いたこともないような大勢の人の声や、なにかの動物の鳴き声が聞こえた。


 夜、和尚は木賃宿と呼ばれる安宿で、酒を飲んでひっくり返った。ククリはその隙を突いて懐から這い出すと、辺りを観察する。何もないがらんとした狭い部屋に、和尚は布団も引かず横になっていた。人形を売れば金が入ると思っているせいなのか、気分良く飲めるだけ飲んで、宿まで辿り着いたのだ。


 テコテコと入り口に向かうと、閉め切れていない襖の隙間から外へと出てみる。真夜中だけあって、起きている人間はいないようで、安心して動き回った。

 ククリにとっては、見るものすべてが新鮮だ。沢山の建物が並び、山も見えない。月だけは雨音庵で見るのと同じだ。


「ホロ、いない……」

 いつだって一緒だったホロがいないことを改めて感じ、急に不安になる。

「主様、怒ってるかなぁ」

 黙って出てきてしまった。もう、寺からどれくらい離れたかもわからない。そして帰り道も……。

「主様……ククリ、帰れないかも~」

 空に向かって呟く。呟いたとて、助けに来てくれるわけでもないのだが。


 このままでは和尚に連れて行かれ、売られてしまう。

 改めてそのことに気付いたククリは、雨音庵に帰ることを決める。道は、わからない。しかも人形の姿をしているため、進みも遅い。それでも、何とか来た道を戻ろうと、木賃宿には戻らずに道の真ん中に進み出たのだ。


「ぬぬ、これは一体、どういうことかっ?」

 急に声を掛けられ、ククリは振り向いた。そこには和尚や村人とは違う格好をした、見たこともない男が立っている。

「人形が歩いておるとなっ?」

 男が腰に手を置く。険しい顔で人形(ククリ)を見下ろし、言った。

「妖かしかっ」

 スラリ、と腰に下げた刀を抜き、その切先をククリの鼻先に向けた。


「うわぁ、キラキラしてるー。これなにー?」

 ククリは刀を見るのが初めてだった。長くて、細くて、月明かりで輝く刀に手を伸ばす。と、

「やあっ!」

 スダッ

 そんな、音がした。


 そしてククリは、星空を見た。何が起きたかわからなかった。ただ、もう体はないのだ、ということだけは理解できた。声も出せないし、何も見えない。依り代である人形が壊されてしまったのだと知ったのは、つい、さっきだ。



「円珠、私は妖魔なんかじゃない。ただの式神だったのよ」

 長い夢の果て、円珠の隣には、いつの間にか杜波里が寄り添って座っていたのだ──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ