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他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


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第二十話 記憶

「主様、主様!」

「和尚がまた困ったって言ってるー」


 潤朱(うるみしゅ)色の着物を纏ったおかっぱ頭の少女、ククリとホロがパタパタと走り寄り、袖を掴んで揺する。

「おやおや、またですか?」

 祠の主……日凪神(ひなぎのかみ)が困ったように笑う。

 

 白と金を基調とした神衣を身に纏い、腰には紐のようなものが巻かれている。肌は白磁のように滑らかで冷たく、触れると少し熱を帯びているのがわかる。仙人のように伸びた髪は、藤の花びらを陽に透かしたかのようである。穏やかな微笑みの向こう、瞳の奥には燃えるような力を秘め、女性とも、男性とも取れるような雰囲気だ。


 日凪神は、もうずっと長いことこの地を守ってきた、しかしこの雨音庵の和尚というのは、どういうわけか何度代変わりしてもまともな人間がいない。皆一様にいい加減で、のらりくらりとしているのだ。


 ここは寺である。町や村から、やれ怪奇現象だ、やれ呪いだ、祟りだといった風に、なにかと厄介な話が持ち込まれてくる場所だ。そうなれば、なにもしないわけにもいかない。お経くらいは上げられるようだが、なにしろ僧としての格が低い。まともに霊を祓うことすらできないのだから困ったものだ。それを一手に引き受けているのが、日凪神だった。そしてククリとホロは、日凪神の創った式神である。


「今度はどんな困りごとですか?」

 日凪神は、この二人の式神を通じて和尚の悩みを聞き、手助けをしていた。和尚の力がなさすぎるせいで、日凪神は雨音庵には二人の幼い神が住まう、と言われているが、本当は違う。

「なんかね、お人形がいた」

「いたよー」

「呪われてるんだってー」

「怖い顔してたよー」

「ほぅ、呪いの人形ですか」


 誰かの怨念が物に乗り移る、というのはままある話である。特に人形のような、心を入れやすい器は要注意だ。病気で長く生きられなかった子供や、子を亡くした母親の想いなどが、歪んだ形で乗り移ってしまうことがある。今回もそのような類だろうと想像した。


「主様、あのお人形、どうする~?」

「どうする~? やっつけちゃう~?」

 無邪気な顔で、武闘派のような発言だ。日凪神はクスリと笑うと、

「安らかに逝けるよう、道を作ってあげましょう」

 そう、告げる。


 本来、和尚の霊力がそれなりにあれば、式神などを通さずとも直接話ができたはずなのだ。それをこうして、わざわざ伝言ゲームのようにしなければ接点も持てないのだから、なまくら坊主というのは困ったものである。

「では、今夜にでもその人形を浄化しましょう。和尚には、本堂に置いておくようにと伝えてください」

 ククリとホロにそう伝える。


「はーい! 言っておきまーす!」

「和尚さん、忘れないで置いてねって!」

「忘れっぽいもんねぇ」

「すぐ忘れちゃうよねぇ」

「おじいちゃんだからかな?」

「おじいちゃんだからかもしれない!」

「あはは」

「うふふ」


 ピョンピョン跳ねながら本堂の方へと消える二人の後姿を、温かい眼差しで見送る。


 日凪神は、この地が好きだった。山と、村と、穏やかな風と。村人も町人も穏やかで、おおらか。和尚は頼りないが、ククリとホロを大切に扱ってくれているし、不満はなかった。そんな雨音庵に小さな異変が起きたのは、その日の夜だった。


 ククリとホロに手を引かれ、本堂へと出向いた日凪神は、ぽつんと置かれた一体の日本人形と向き合う。なるほど、かなりの怨念が籠っていることがわかり、汚れを祓い、道を指示した。命は空へと還り、いつかまたこの地に降り立つだろう……という流れのつもりだったのだが、どうやら当てが外れてしまう。


「これは厄介ですね」

 珍しく難しい顔をする日凪神に、ククリとホロが絡みつく。

「主様どうしたの~?」

「どうしたの主様~?」

「いつも簡単にぱちん、ってするのにー」

「今日はぱちんってしないのぉ?」

「……ええ、そうですね。この人形は、少し特殊です」

 日凪神がそっと人形に手を伸ばした。髪に触れると、突如人形の髪が伸びる。


「うわぁ」

「伸びたね」

「生きてる?」

「生きてる!」

 ククリとホロがくるくる回りながら叫ぶ。

「二人とも、少し下がりなさい」

 日凪神に言われ、二人は手を挙げた。

「はーい!」

「さがるー!」


 日凪神はずるずると髪が伸びている人形に向かって、問う。

「お前の望はなんだ?」

 穢れの溜まりすぎた品は、浄化が出来ず存在自体を消し去らなければならなくなることもある。この人形はまさに、その境界線上にあると言ってもいいだろう。積もり積もった怨念は一人だけのものではない。もっと大勢の、強い恨みが込められているようだった。


「頑なであるならば、消し去るしかなくなるぞ?」

 語句を強めて警告すると、ずるずると伸びていた髪が、止まった。


 人形は、武家に嫁いだ女の怨念から始まった。遊び人の旦那と、その義母に散々酷い目に遭わされ、更には産後の肥立ちが悪く死んでしまった若い母親。残した娘が心配で、不憫で死にきれず、娘に贈った日本人形に魂を宿し見守っていたようだ。


『ヒド、イ』

 しかし旦那は新しい嫁を迎えた。継母との間に子供ができると、娘は邪険にされ始める。唯一、かろうじて見方だった祖母が死んでからは、輪をかけて散々な扱いを受けていた。それをどうすることもできず、ただ見守るだけだった母親。


 そうこうしているうちに娘は年頃になり、まるで売り飛ばされるかのように、中年の小児性愛者へと嫁がされる。


『──ニク、イ』

 嫁いだ娘は、夫となった人物に弄ばれ、挙句、妊娠が分かった途端、殺されていた。少女の中に身ごもった命を含め、三人の苦しみ。その人形を、さらに次の人間が手にすることになる。


『クルシ、イ』

 それからも、まるで不幸な人間を選んでいるかのように、数々の人間の恨みを溜め込んだ人形。どうして雨音庵に預けられたのかはわからないが、あの和尚にはどうすることもできなかっただろう。日凪神は改めて人形の髪をそっと撫でつけた。まるで野良猫が威嚇するかのように、長い髪を逆立てた人形に、語りかけるよう、ゆっくりと声を掛ける。


「夢を見ようか。叶えられなかった夢だ。そなたは優しく声を掛けてくれた男性の元に嫁ぐことになる」

 声を掛けながら、髪を撫で、空いている方の手でパチンと指を鳴らした。人形は、閉じるはずのないその量の目をゆっくりと閉じ、夢の中へと誘われる。


「嫁いだ先は商家だ。義理の両親は底抜けに明るい、気のいい二人。そなたの生まれ育った境遇を聞き、心からの同情をしてくれた。本物の娘みたいに大事にされて、そなたは子供を身ごもるだろう」

 ゆっくりと、情景を思い浮かべながら話す。人形は目を閉じたまま、夢の中におちてゆく。


「生まれた子は女の子だ。そなたも、夫も、夫の両親もみな笑顔だ。娘は沢山の人たちに愛され、すくすくと育つ。そして大人になると、偉い旗本の次男坊と運命的な出会いをすることになるだろう。娘は旗本の次男坊に見初められ、幸せな結婚をする」

『シア……ワセ?』

「ああ、そうだよ。そなたも、そなたの子も、孫も、皆が幸せに生きるんだ。大丈夫。ここから先、そなたにはもう、苦しみも悲しみもない。優しくて温かい未来が待っているのだから」

『アタタ、カイ……?』

 人形の髪が、シュルルと元の長さに戻る。


「さぁ、夢の中へお行き。誰にも邪魔されることなく、緩やかな時間の中で心を癒しなさい。そして然るべき場所に向かって飛び立つとよい」

 日凪神がスッと手を差し伸べると、小さな手が三本、人形から伸びてくる。白く細い三本の腕。やせこけ、傷だらけのそれをそっと掴むと、人形から引き出す。ふわん、と飛び出た三人の影は、お互いを見て抱き合った。


「さぁ、参りましょうか」

 日凪神がグッと手を伸ばすと、頭上に球体が浮かび上がる。

「ここが想元(そうげん)と呼ばれる、夢の世界です。お行きなさい。どうか、安らかに……」

 三人は、お互い手を取り合うと吸い込まれるように球体へと入っていった。

 あとに残されたのは、ただの人形。チョコン、と座っている、可愛らしい顔の日本人形だ。


「お人形、空っぽになったー?」

「怖いの、いなくなった~?」

「ああ、そうだね。もうこのお人形はただの入れ物だ」

「ククリも入れる?」

「ホロも~?」

「ああ、お前たちも入れるよ」

「わーい!」

「入ろう、入ろう~!」


 ククリとホロが代わる代わる人形に入り込み、動かして遊ぶ。そもそも式神は、実体を持たない。本物の器があるという感覚は、二人にとって珍しい体験であった。



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