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他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


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第十九話 他力本願寺

 ショックだった。


 円珠は、心の奥がチクリ、チクリと、見えない棘で撫でつけられているような嫌な気分だった。杜波里を裏切り者だと評した雨継も、その言葉に反論しない杜波里も、何の抵抗も出来ず杜波里に飲み込まれてしまった弱い自分も、すべてがショックだった。


 暗い。


 ここがどこなのか、円珠にはわからない。上も下もない、ただの暗闇。自分が生きているのかも、ちゃんと形を成しているのかもわからない。何の音もしない。匂いもない。無の空間。ふわふわと感覚のない肉体とは別に、鮮明で研ぎ澄まされた思考のアンバランス。


「うふふ」

「えへへ」

 どこからか聞こえたのは、小さな女の子の笑う声。円珠は焦って声のした方に顔を向け……ているのかもわからないが、とにかく気持ちをそちらへと向けた。


「ずっとククリを探してた~」

「私も、ホロを探してた~」

「先にいなくなったのはククリだよ?」

「ごめんなさぁい」

 女の子たちは楽しそうだった。姿は見えないけれど、声色でわかる。悪戯が見つかってしまった時のような、楽しそうな声の「ごめんなさい」だ。


日凪神(ひなぎのかみ)様どうしたの?」

日凪神(ひなぎのかみ))様寂しかった?」

「ひとりぼっちだったせいなの?」

「どうしてあんなに怒ってるの?」

「どうする?」

「どうしよう?」

「なんとかしなきゃ」

「なんとかしようよ」

「二人で?」

「二人で!」

「できるかな?」

「できるよ!」

「うふふ」

「えへへ」


 そんな会話を経て、二人の声はぴたりと止んだ。

 またしても静寂が訪れる。


 音がわかったのだ。ということは、声を出せばいいのかもしれないと、円珠は喉の奥を開けようと試みる。実態があるのなら、声を出すことなど造作もない。考える間もないくらい簡単に、言葉を発していたはずだった。しかし……


(声が、出ない?)

 口を開ける感覚すらないのはどうしてなのか? 今頃になって、やっと気付く。

(俺……死んだ?)

 そうだ。杜波里に取り込まれた。それは死を意味するのではないか? 体ごと全部、杜波里に吸収されたということだ。

(マジかよ……)


 しかし、そうであるのなら今、こうして考えている自分は何なのだろう、と立ち止まる。魂なのだろうか。つまりそれは……

(俺、もしかして幽霊?)


 今まで散々対峙してきたものに、自分がなっているかもしれない。その言いようのないおかしな感覚を噛み締める。もし幽霊なのだとしたら、成仏するまでの間だけ、こうして思考が残るのか……それとも、不本意な死に方をしたがために、浮遊霊となり恨み辛みを抱えたままこの世を徘徊していくのか。


(いや、でももし幽霊なんだったら、何も見えないってどういうことだ? 浮遊霊だってそれとなく形があって、外の世界を闊歩してたじゃないかっ)


 何も見えない、なにもない場所。これでは彷徨うことすら出来やしない。

(浮遊霊以下ってことは……ないよな?)

 脳内で色々なシミュレーションをする。恨みもなく普通に成仏する場合、せめて近しい人の枕元には立てるのだろうか? いや、こんなことをした杜波里に、ひとこと言ってやらなきゃ気が済まないではないか、などと冷静に考えていると、なんだか自分が滑稽に思えてくる。


「死んだらそこで終わりじゃないんだぞ」

 父であり、住職である光砂は、よくそんなことを口にしていた。雨継も円珠も、幼いころから生と死について随分口煩く言われてきた。ガーゴイルという仕事は、行き場を失い彷徨う穢れを浄化し、次へと送り出す仕事だ、と。命は尽きても、魂は尽きることなく次へと繋がっていくのだと。何度も聞かされていた。


(だとするなら、俺も次へと繋がっていくのか……)

 漠然とそんなことを思い、しんみりする。


 雨音庵はどうなっただろう。雨継は、砂羽は無事だろうか? あの黒い煙霧は一体何だったのか。杜波里との関係は? わからないまま、自分は死んだ。誰をも救えなかったという思いが、円珠の心を締め付けていた。



 雨継は全速力で走った。

 本堂へと駆けこむと、奥で蔵書を読み漁っている光砂に向かって怒鳴る。


「クソ親父! おせぇんだよっ!」

 いきなりの喧嘩腰だ。しかし、そんな雨継には見向きもせず、光砂は書物から目を離さない。その目は真剣そのもので、額にはうっすら汗がにじんでいた。

「雨継! 円珠はっ?」

 傍で所在なさげにオロオロしていた砂羽が訊ねる。雨継は、その問いには答えず質問で返す。

「こっちはどうなってんだ、砂羽?」

「それが、住職は目的の蔵書を見つけたみたいなんだけど、さっきから黙りこくったままずっとあの調子で……」

 チラ、と光砂を見遣る。


 雨継はイライラしながらも、しばしその場に立って光砂を見下ろしていた。ここで決定的な何かを掴まなければ、円珠を救い出すことはできないばかりか、雨音庵だけでなく、もっと大きな被害が出るであろうことは必至だ。


「……雨継」

 光砂が静かに名を呼ぶ。

「なんかわかったんだろうな?」

 雨継と砂羽が前のめりになる。光砂は深く息を吐き出すと、言った。

「ああ、わかった。我々高森家がこの地に来る前の話だ」

 ゴクリ、と雨継が喉を鳴らす。砂羽が胸の前で手を組んだ。


「この寺は、他力本願寺と呼ばれていたらしい」

「……は?」

「え?」

 この場にふさわしくないおかしな言葉を耳にし、雨継がこめかみをピクピクさせる。

「他力本願寺、だ」

「だからっ、なんだそのふざけた名前はっ」

 我慢しきれず、キレる。


「俺はな、お前と違って真面目な人間なんだ。ここにある蔵書はすべて読んでいる。だが、今日のこの事態に繋がるような『何か』を何も知らない。おかしいんだ。そんなはずはない。あの、裏の祠の事だってそうだ。どんな神様が祀られているのか、どんな(いわ)れがあるのか、なんの記述もないなんてこと、おかしいんだ」

「だからなんだよっ?」

「俺は円珠があの祠を壊した時にも蔵書を読み漁った。だがここに置いてある蔵書は先代が残したものと、この寺に元々あった物の一部しか見つけられなかった。けどな、とうとう見つけたんだ。隠し扉をな!」

「うがーっ! 話が長ぇんだよっ」

 地団太を踏む雨継。そんな息子に向き合うと、光砂はじっと雨継を見上げ、話し始める。


「もともと、この寺を守っていたのは住職ではなかった」

「……どういうこと?」

 砂羽が眉を寄せる。

「由緒正しき寺であったことに変わりはない。ここには、この地を守る神がいた。あの祠に祀られていた神だ」

「おい、でも円珠はあの祠から『怖いものが出てきた』って言ったんだろ?」

 その「怖いもの」のせいで、力を発揮し、祠を壊したのではなかったのか。


「うむ、それなんだが、色々な偶然が重なった可能性がある」

「偶然?」

 光砂は書物をそっと閉じると、事のあらましを話し始める。それは、今まで誰も知らなかった祠の秘密であり、この雨音庵……他力本願寺の歴史でもあった。



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