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他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


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第十七話 祠

 何が起きているのか、円珠にはわからなかった。


「ちょっと、待てって」

 目の前の杜波里に向け、両手を上げ降参のポーズをとる。だが、杜波里は円珠の静止などまったく聞きもせず、じりじりと間合いを詰めてくる。座ったまま後ろへと逃げる円珠。

「なぁ、顔が怖いって」

「失礼ね。女性に向かって顔が怖いだなんて」

「だ、だだだって」

 ドン、と壁に背が当たる。完全に逃げ場を失ったことを知り、万事休す、だ。


「私はただ、試させてほしいって言ってるだけ」

「だから、それが問題なんだっ」

 二人がいるのは学校の屋上。昼休み終了のチャイムはまだ鳴らない。

「何が問題なのよ?」

「だってっ」


 杜波里が急に「キスをしましょう」と言い出したのだ。年頃の男子相手になんということを口にするのか。円珠はただオロオロと逃げ惑う。


「あんたが言ったのよ? 私とキスをしたら力が増すのは何故か、って」

「それはっ」

 一度目も、二度目も。杜波里とのキスをキッカケに力が増した。それは事実だ。

「それは杜波里だって言ってただろ? 護符がどうのこうのって!」

「ええ、そうね。私と一緒にいれば、ガーゴイルの力を助長させることができる。それは間違いないわ。私に触れれば、さらに力は増すかもしれない。でも、それだけ? もしかしたら私が考えているよりもずっと、あんたは力を発揮しているのかもしれない。だったらその疑問を解消するためにも、試してみるしかないわ」


 杜波里は夢の中で、雨継と冥約を交わした。彼がガーゴイルであると知った時、自分の目的のために使えると思ったから。しかし、それ以上に惹かれたのが円珠だ。雨継の意識の中で知った、円珠の存在。高森家の次男。破穢の力は雨継に遥か及ばない、普通に毛が生えた程度の少年……のはずだ。


 だが……。


 それだけではないなにかを感じていた。懐かしく、温かく、求めずにはいられないなにか。

 だから雨継との冥約に円珠の名を出したのだ。


「いいから大人しくなさい!」

 円珠の顔の真横にバンと腕を伸ばし、ズイと身を乗り出す。壁ドンだ。

「少しの間、目を閉じていればいい」

 杜波里が円珠の顎に手を掛けた。大きな瞳が円珠を捕える。不本意なようでもあり、最高のシチュエーションのようでもあり、円珠はガーゴイルと男子高校生の狭間を彷徨っていた。


「んっ」

 唇が、触れる。柔らかく、温かい吐息。思わず目を閉じる。

 ぬくもりがゆっくりと離れたところで、そっと目を開ける。深紅の髪と、赤い瞳が見える。のぼせたような頭で、やっぱり綺麗だな、と思った。


「もう一度……」

 小さな声で杜波里が告げ、再び唇が触れた。もはや円珠に抵抗する気などない。杜波里の背に手を回し、唇を食むように何度もキスをする。なんでこんなことをしているのかもわからない。だが、自分が杜波里を求めていることだけはわかった。

 触れる唇から、回した腕の先から、円珠は杜波里を感じていた。安心感と安らぎと、言いようのない懐かしさ。ずっと昔から知っていたかのような、存在感。そんなことは有り得ないのに、だ。


 ――キィィィィン


 突然の耳鳴りに、思わず顔をしかめる。目を開けると同じように杜波里も顔をしかめていた。そして次の瞬間、ドンッという鈍く大きな音が聞こえる。まるで何かが爆発したかのような音と、そして感じたのは、膨大な、悪意……。


「なに、今のっ?」

 音のした方へと目を向ける。フェンスまで走り、四方を見渡す。屋上から見えた景色に、思わず目を疑った。

「……なんだよ、あれ」

 円珠がフェンスに手を掛ける。

「あれは……」

 杜波里が目を見開いた。それはまさに、杜波里が探していた者に違いなかったのだ。そしてその存在を認めた瞬間、思い出したことがある。


「雨音庵……やっぱりあそこなんだわ」

「は? 杜波里、どういうことだよっ?」


 山の中腹。

 まさに、雨音庵のある場所に、巨大な黒い影が見えるのだ。



 それは突然の事だった。


「どうなってやがるんだっ?」

 印を結び、雨継が怒鳴る。

「何があったのよっ?」

 砂羽がお札を片手に走り回り、

「母さんが出かけててよかったぁ」

 半笑いで数珠を持ち、光砂が顔を引きつらせる。


 何故、などと問うても誰も答えられまい。ついさっき雨継と話していた、山の斜面にある祠から、とんでもないものが溢れ出てきたのだ。

 それは黒い霧。ただの霧ではない。不浄なるもの……だが、もっと厄介かもしれない。


「祠ってぇのは神様祀ってあるんだろうがっ?」

 雨継の叫びに、光砂が答える。

「そうだ。だからこの黒いのは……多分、神の成れの果てだ」

 光砂が辛そうに口にした。


 神とは、人知を超えた絶対的存在。日本には八百万の神がいるというから、その中の一柱(ひとはしら)に違いない。いつから祀られていたのか、なんの神なのか、高森家ではわからないが、この雨音庵の古くからあった祠の主。それがこんな形で暴走しているのは一体なぜなのか?


「神様ってのは穢れたりするのか?」

「まぁ……堕天使ってのがいるくらいだから、神様だって道を誤ることもあるのかもしれんが」

 光砂が適当なことを言った。


「南無、散!」

 何度目になるかわからない浄化を試みるも、部分的に浄化が出来るのはほんの一瞬だけ。もちろん、砂羽の力も、お札も光砂のお経も何もかもが全て焼け石に水だ。

「これが杜波里ちゃんの探してた妖魔なの?」 

 砂羽が雨継に訊ねる。

「多分そう……なんじゃないか」

 核心はないが、そんな気がした。杜波里は「この地に何かある」とずっと言っていたのだ。


 今はなんとか敷地内に張り巡らされている結界が機能しているが、破られるのも時間の問題に違いなかった。そして、この化け物が結界を超えたら……低級霊や妖魔、ありとあらゆる「穢れ」を取り込んでしまうだろう。


「雨継、ここ、任せてもいいか?」

「はぁ? なに言ってやがるクソ親父!」

「いや、だって相手が誰かもわからず浄化も出来ない状態じゃどうしようもないだろう?」

「そりゃそうだけどっ、なにしようってんだよ?」

「古い書物、調べてみる」

 本堂の奥。確かに書物も沢山ある。だが、あれを一つずつ調べるなど、気の遠くなる話だ。そんな暇があるとは思えない。

「あんなにある蔵書を一つずつ調べるのかよ!」

「当たりはついてるさ!」


 バン、と雨継の背を叩き、光砂は親指を立てた。かっこよく決めている場合ではないのだが……。言うだけ言い終わると、袈裟の裾をひょいと持ち上げ、ばたばたと走り去った。


 そうこうしている間にも、黒い霧はどんどん祠から出続け、更には散らばっていた煙霧が形を成し始める。すべてが一点に集中し、本当の姿になってしまったら……人間如きがどうにかできる代物ではなくなるだろう。雨継たち高森家がいくらガーゴイルの末裔だとて、その事実は覆らない。


「砂羽、二人だけになっちまったぞ」

「……ほんと、高森家の男子ってのは」

 砂羽が心底呆れた顔で言い返す。

「禿げ親父と一緒にするな!」

「あんただってそのうち剃髪するんでしょうがっ」

「くそっ、なんで住職ってのは坊主じゃなきゃいけないんだ! 今時高校球児だって長髪だってぇのに!」


 意味の分からない八つ当たりをしながらも、黒い霧に目を配ることはやめない。少しでも大きく広がろうものなら、すかさず印を結び、散らす。


「南無、散!」

「映せし影、今ここに絶つ。鎮まれ!」


 シュワアア


 何度繰り返そうが、同じこと。

「マジでこれ、キリがねぇぞ」

「ねぇ、杜波里ちゃん呼んだら?」

 砂羽が肩で息をしながらそう提案する。だが、雨継にはわかる。

「これだけのもんが姿を現してんだ。杜波里なら気付いてるさ」


 きっと、二人はここに向かっている。それは期待ではない。確信だった。



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