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他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


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第十六話 探し物

「おはよ」

「……おはよう」


 杜波里は、来た。教室に入ってきた瞬間、何故か教室にいた全員が杜波里に……いや、杜波里と円珠に注目する。例の噂は学校中に知れ渡り、二人が顔を合わせる瞬間を、固唾をのんで見守っている。そんな状況だ。


「で、どうなんだよ?」

 声を掛けてきたのは、蓮。

「……どうって、なに?」

 藪睨みで返す杜波里に少しばかりおどおどしながらも、蓮が続けた。

「いや、二人の絆は深まったかなぁ、って」

 キラキラの視線を送る蓮。気付けばその答えを、クラス全員が待っているかのように耳を(そばだ)てている。


「やめなさいよ、蓮!」

 沈黙を破ったのは、メイだった。


「ごめんね。陸上部のせいで二人とも大変なことになっちゃって」

 メイはあの日のことをとても反省しているようだった。意識を失くした円珠の名を呼ぶ杜波里を見て、自分と重ね合わせたのかもしれない。もし同じ状況だったらどんな気持ちになるのか。しかもあんな目に遭っただけでなく、学校で好機の目に晒されるなど……。

「もう、あの日の話は終わりにしよう? 二人に失礼だよっ」

 メイが、わざと大きな声でそう告げると、なんとなくクラスの皆も「あ、すみません」といった風に顔を逸らしだした。


「蓮も。余計なことはもう言わないで」

 ピン、とデコピンを食らわせる。

「いってぇ!」

「蓮、私日直なんだ。職員室、付き合って」

「ええ? なんでっ?」

「いいから!」

 メイが蓮の腕を引き、教室を出て行った。気を遣ってくれたのだろう。


「……蜂須賀さん、いい子ね」

 ポツリ、杜波里が呟く。

「そう……だな」

「あんたが休んでる時も、私のことすごく気遣ってくれてたの」

「そうなんだ」

 杜波里が席に着く。なんとなく沈黙が、重い気がして、円珠が口を開いた。

「昨日はなんで休んでたんだよ?」

「……眠かったから」

「へ?」

 予想外の答えに、思わず声がひっくり返る。


「眠かった……?」

「そ、眠かったの。あんたが意識ない時、昼間は学校で、夜はずっと想元(あっち)であんたを探してて……寝てなかったから」

 杜波里の言葉が頭の中でフリーズする。

「……獏って、寝る……んだ?」

 シンプルかつ、素朴な疑問だ。

「当たり前じゃないっ」


 獏にとっては当たり前かもしれないが、人間のイメージでは、獏というのは夢の中に住む生き物だ。獏が寝る、という発想は、あまりないような気がする。だが、獏本人が寝るというなら、寝るのだろう。一応この問題は解決したとみなす。


「そういや、俺の夢の中に入れなかったって言ってたよな?」

「……ええ、そう。普通はそんなことないんだけど」

 杜波里が不満そうに唇を噛む。

「夢ん中に入れないって、なんか深刻?」

 あまりにも真剣に悩む杜波里に、円珠が軽く訊ねた。獏というものの生態を、実はほとんどなにも知らないのだ。

「そりゃ、大問題よ。この私が入れないだなんて、そんなことあるわけないのに。たかが円珠の分際でっ」

「……なんか、最後聞き捨てならないこと言ってるが?」


「夢の世界って、無意識の世界と繋がってるの。全部ひっくるめて、獏の世界では想元って呼ばれてるんだけど……シャボン玉みたいな球体が無数にある空間を思い浮かべてもらったらいいわ。獏はそこに浮かんでる個人が持つ、無意識の世界に入り込むことができる。力があれば操ることもね」

「夢を……操る?」

「故意的に悪夢を見せたり、いい夢を見せたり」

「へぇ」

「ただ、その球体の主が私より格段に強い力を持っていたり、もしくはそういった者に護られていたりすると、私は入ることができない」


 つまり円珠の夢は、誰かによってガードされている可能性がある。杜波里はそのことが引っ掛かっていた。嫌な予感は、当たってほしくないと願うときほど当たるものだ。


「ふぅん」

「ふぅん、ってあんたねぇ」

 そこまで口にしたところでチャイムが鳴る。

「またあとで、だな」

 学生の本分は、勉強だ。円珠は仕方なく話を切り上げ、教科書を開いた。



「親父、それ本当かよっ?」

 雨継が険しい顔で、雨音庵の住職である父、光砂(こうさ)に訊ねる。

「お前に嘘ついても仕方ないだろう」

 黄砂は呆れた顔で雨継の顔を見返した。


「なんだよそれ、道理で探しても見つからなかったはずだぜ」

 本堂の奥、わけのわからない蔵書や、何に使うのかわからない道具が詰め込まれた場所で雨継がひっくり返った。

「最初から聞けばよかっただろうが」

「いや、聞いたって!」

「お前が言ってたのは『呪具はどこにしまってあるか』だろう?」

「……そうだっけ?」

 ケロっとした顔で言い返す。


 雨継はずっと探していた。杜波里に言われた「あるもの」……曽祖父が残したはずの呪具を。それはとても小さく、今でもちゃんと残っているかもわからないと言われたが、やはり存在していたのだ。


「あるってわかったのはよかったけど……でも、まさかなぁ」

 存在はするが、手には入らない。まるでとんちのような場所にあるということを知る。

「円珠が飲み込んでたなんて。そりゃ探しても見つからないよな」

 円珠がまだ幼かった頃、本堂の大掃除をしていた際に誤って口に入れてしまい、そのまま飲み込んだのだと光砂は言った。慌てて病院に連れて行くも、レントゲンの結果は「胃の中には何もありません」という診断だった。

「今は円珠と一体化してるってことか」

「多分、そうなるな」

「けどよぉ、呪具持ってるわりに、円珠の力ってそこまで強くなくないか?」


 雨継が腕を組む。呪具とはつまり「破穢(はえ)の強化やレベルを上げるためのもの」である。しかし円珠の力は呪具を使っているにしては、弱すぎる。


「うむ。それに関してはずっと疑問だった。たった一度だけ、とんでもない力を発揮したことはあるんだがな」

 光砂が袈裟をばさりと払い、言った。

「え? そうなのか?」

「お前が小学校の頃だな。円珠は裏山で遊んでたんだが、突然大きな音がして、母さんと二人で何事かと駆け付けたんだよ。そうしたら……」

「そうしたら?」

「裏庭に昔からあった祠が、吹き飛んでいた」

「……はぁ?」


 裏庭に祠があることは知っている。なんの神が祀られていたのかは知らないが、曽祖父がこの寺に来た頃にはもうあったと聞く。


「そういや、途中から新しくなったよな、祠……。俺、古くなったから建て替えたんだと思ってたけど」

「円珠が壊したからだよ」

 光砂が息を吐く。

「あの時は、なにか祟りがあったらどうしようかと冷や冷やしたもんだが、ちゃんとお祓いもして、祠を建て替えて、それで終わったんだ。あとで円珠に何があったのか聞いたら、祠から怖い人が出てきたからやっつけた、って言ったんだぞ?」

「へぇ」

「まぁ、今や覚えちゃいないだろうけどな」


 その時の話が本当なら、たまたま悪霊や妖魔の類が祠の近くにいて、更に円珠の力を開放する何かがあった、ということなのか。だが、祠から怖い人が出てきたという話は気になる。祠には普通、神が祀られているのだ。


「杜波里と組むと円珠の力が一時的に強くなるのは、その時と似た状況になってるってことなのか?」

 円珠には何かトリガーがあって、それが外れた時に力を発揮するということになる。

 鏡禍を捕らえた時も、廃ホテルの時も、普段の円珠とは比べ物にならないほど強い力を有していた。力の強い妖魔と組むことで共鳴し合い、普段以上の力が使えるようになることは、前例として聞いたことがある。だから漠然とそんな風に考えていた。


「杜波里は……俺に話したこと以外にも何か知っていて、隠してるのか?」

 雨継は、小さくそう呟いた。



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