表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他力本願寺のガーゴイル  作者: にわ冬莉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/28

第十一話 対決

 どうしてこんなことになったんだろう。


 目に映る光景が現実のものとは思えず、蜂須賀メイはただ、震えることしか出来ずにいた。

 陸上部の二年生男子。メイからすれば先輩であり、今回の誘いをうまく断ることが出来ず、ここまで来てしまった。「毎年恒例の行事だから」と言っていたが、後にそれが嘘だと知った。その時点できっぱり断るべきだったのだ。


 目の前には、この肝試しの企画者である二年生男子が倒れている。目は開いたまま、マネキンのように転がっていた。それをクローゼットの隙間から見ている。

 隠れているのだ。


 廃ホテルに来て、最初はワイワイふざけ合っていた。先輩たちは、あとから来る蓮たちをどうやって脅かすかを、あれこれ考えていたし、一年女子もそれにつられて悪ふざけを楽しんでいた。せっかくホテルなんだから、スイートルームに入り込んで、そこで脅かそう、という話になり最上階へ。恐怖がなかったわけではないが、大きめの懐中電灯三台でそこそこの明るさも確保していたし、SNSでも配信していたホテルだ。なんとなく「大丈夫だろう」という漠然とした思いがあった。


 ところが。


 最上階に足を踏み入れた瞬間、急に気温が下がったような感覚。ラップ音のような音も聞こえ出し、急に怖くなる。「もう帰ろう」と一年が口にしたが、

「ここまで来て帰れないっしょ」

 先輩の誰かがそう言って、スイートルームへ足を踏み入れる。

 作戦通り、一年女子が部屋のあちこちに隠れ、先輩たちが部屋で待つ。そこに蓮たちが入り、先輩が「女子が行方不明になった!」と脅す。蓮たちが慌てたところで、隠れていた女子たちが姿を見せ脅かす……。そんな安直な計画だった。


 しかし、女子四人が隠れてから数分後、先輩たちの様子がおかしくなる。


「……なぁ、今なんか言ったか?」

「は? なんだよそれ。俺らを脅かしてどうすんだよ」

「違うって! 今、何か聞こえたんだよっ」

「はぁ?」

「……俺も、聞こえたんだけど」

「……おい、やめろよ」

 先輩たちのやり取りを聞きながら、メイは「一年女子を引っ掛けるためにやっているんだな」と思った。だからそのまま黙ってクローゼットで息をひそめていたのだ。


 それなのに……。


「……おい、あれ」

 先輩の一人が壁の方を指している。そして二人は明らかに怯え始める。

「嘘だろ」

「なんだよあれっ?」


 ズル、ズルズル


 床を何かが這うような音がする。

「おい、マジかよっ」

「こっちくんな!」

『……オイ、シソ』

「喋ったっ?」

「うわぁぁ!」

 誰かが叫ぶ。そこからはもう、パニックだ。隠れている場所からキャー!という悲鳴。

『チカ……ラ』

「やめろやめろ!」

『ミナモ、ト』

「うわぁぁぁ!」

 悲鳴の直後、ドサリと何かが倒れる音。立て続けに三回だ。


『タマ……シ、イ』

 しゃくしゃくと、何かを咀嚼するような音。黒い影のようなものが、倒れた先輩たちの周りを回っている。キィィ、という音がして、浴室のドアが開かれたのが見える。携帯の明かりが漏れ、そこに隠れていた野中愛の顔がぼんやり浮かぶ。

「せんぱぁい、怖いからやめてくださいよぉ」

 メイと同じで、自分たちを脅すためにやっていると思ったのだろう。浴室は完全に仕切られていて何が起きているかも見えない。だから、ドアを開けたのだ。


「……ヒッ!」

 愛が息を飲む声がする。「見て」しまったのだ。


「きゃぁぁぁ!」

 悲鳴を上げ、尻餅をつく。その瞬間、携帯を落としたようだ。明かりを一瞬見失い、余計に恐怖が増す。

「やだ! やだやだやだ!」

 バタバタと暴れるような音。そして携帯を手にしたはいいが、腰が抜けてしまい、立てない。そのまま四つん這いになり部屋の出口へ向かう。だが、硬直した体は全く言うことを聞いてはくれない。


「愛、どうしたっ?」

 奥にあるベッドルームに隠れていた、竹早かのんと市原千也が顔を出す。そして同じように悲鳴を上げた。


『……イッパイ、イル。チカラ……ノ、ミナモト』

 黒い影がにたりと笑ったような気がした。

 このままでは全員、先輩たちと同じように襲われる!

 メイは隠れていたクローゼットから飛び出すと、

「かのん、千也、出口に走れーっ!」

 と怒鳴り、座り込んでいる愛に手を伸ばす。


「愛、立って! ほら、走るよ!」

「メイ……足が動かないよぉ!」

 しゃくり上げる愛の背を思いきり叩く。

「しっかりして! 今走らずにいつ走るのっ? 陸上部でしょ!」

 意味の分からない叱咤をしながら腕を引き上げる。奥にいたかのんと千也が、先輩たちを迂回し近くまで来ている。

「行くよ!」

 そのまま扉まで、愛を引きずるようにして向かい、扉に手を掛けた。が、


「あれっ? なんでっ? ねぇ、開かない!」

 かのんがノブに手を掛け、押したり引いたりを繰り返すが、扉はビクともしなかった。

『ニガ……サナイヨ?』

 黒い影がにじり寄る。さっきより明確に、影は形を成している。長い触手のようなものが伸び、千也の足を掴む。

「やだ! やめてよぉ!」

「千也!」

 手を伸ばすも、間に合わない。千也はズルズルと引きずられ、黒い影に包まれる。

「きゃぁぁ!」

 千也の悲鳴と、租借音。それを聞いたかのんが、その場に倒れた。意識を失ったのだ。座り込んだ愛は耳を塞ぎ、何かをブツブツと呟いている。

「愛、しっかりしてよ!」

 声を掛けるも、もはやなにも聞こうとはしていない。


『ああ、美味しいね』

 影の言葉が鮮明になる。見れば、それはきちんとした人の姿に見える。若い男だ。さっきまでの得体の知れない影ではない。半分透けた、男の姿になっているのだ。

『安心して。一人残さず、食べてあげるから』


 男の言葉を聞き、伸ばされた触手を目の前で見た瞬間、メイの意識はゆっくりと遠のいていった。



「きゃぁぁぁ!」

 フロアのどこからか聞こえた悲鳴に、円珠と杜波里が顔を見合わせる。


「どこだっ?」

「こっち!」

 灯りもなしに走る杜波里の目は美しい赤。その後ろを、携帯を片手に円珠が追った。途中、何度か足を掴まれ転びそうになる。低級霊たちが集まっているのがわかる。杜波里がいるのに姿を隠さないということは、呼ばれて集まってきているのかもしれない。


「ここ!」

 杜波里が止まったドアは、大き目の観音開き。スイートルームっぽいといえばそうなのかもしれない。ノブに手を掛けるも、ビクともしなかった。

「開かない!」

 少し後ろに下がり、円珠が体当たりをかます。しかし、まったく開く気配がない。

「おい! 誰かいるかっ? 蜂須賀!」

 ダンダンと叩いてみるが、返事はなかった。これではどうにもできない。


「退いて。ぶっ壊す!」

 杜波里が円珠を押し退け前に出る。

「おい、壊すって……」

「こうするのよっ!」

 くるりとその身を回転させたかと思うと、杜波里の足が華麗に宙を舞う。ドガンともバコンとも言えない鈍い音と共に、埃が舞う。見れば、ドアには三十センチほどの穴が開いている。

 円珠が中を照らすと、数人が倒れている姿が確認できた。


「蜂須賀さん! いるのかっ?」

 呼びかけるも、返事はない。

「入りましょう」

 そう言って杜波里が穴に手を突っ込む。扉をべりべりと剥がすように、掴んで後ろに投げた。扉の近くで、メイが倒れているのを見つける。なるほど、扉ごとふっ飛ばさず穴を開けたのは、杜波里なりの配慮だったらしい。


「蜂須賀さん!」

 倒れているメイに、円珠が駆け寄る。抱き起すが、意識はない。

「円珠、あれ!」

 杜波里に促され目を向けると、そこには一人の男が立っていた。きちんと制服に身を包んだ、ホテルマンのような男が……。


「お客様、困りますよ、扉を壊すだなんて」

 貼り付けたような笑顔でこちらを見ている男は、人ではない。

「……さっき下で感じたより、ずっと強い気を感じるわ」

 杜波里が鋭い声でそう告げた。目の前に転がっている陸上部二年と思わしき数人を見て、円珠が拳を握る。

「魂を喰った、ってことか」

 文字通り、餌を屠り力を付けたということだ。

「杜波里、あいつが喰った魂って、どうなる?」

 もし、喰らった魂ごと杜波里に取り込んだら……。

「安心なさい、ちゃんと返してあげるわよ」

「それを聞いて安心したぜ!」


 円珠が、指で印を結ぶ。

「縛!」

 ホテルマンに向け、見えない縄を放つ。が、

「消えたっ?」


 術を放った途端、姿を消したのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ