第一話 雨音庵のガーゴイル
本日より、12:10 19:10 の2回更新です!
(´・ω・)ノ★*゜*ヨロシクデス*゜*☆
知らない街角にいた。
ぼんやりとした頭で色々考えたけど、なんだか靄がかかったままなんにも思い出せなくて、僕はただそこに立っていた。
優しい誰かが声を掛けてくれて、僕を家まで連れて行ってくれるんじゃないかって思ったけど、誰一人僕に声を掛けてくれる人なんていなかった。
歩いてく人を見つめる。
みんな家に帰るんだ。
そう思ったらとにかく胸が苦しくて。
どうして自分には帰りたいと思える家がないのか、そのことがとてもつらくて、涙が出てしまう。
陽が落ちれば家の小さな窓には明かりが灯る。
そこにはきっと、自分を待ってる優しい人がいる。
そんなしあわせがほしかった。
帰りたい家が、ほしかった。
──欲しかった?
どうして過去形なんだろう?
夜になる。
街灯の下に立つ僕。
誰もいない。
一歩でも歩き出せば、途端に道は真っ暗で、足元も見えなくなる。
コツコツと、靴音が聞こえてくる。
きっとまた、僕を無視して通り過ぎるだけの、誰か。
「……こんなところにいたんだ」
僕の頭上から声がする。顔を上げると、目を細めた背の高い男の人が僕を見てた。
──僕を、見た?
「……あの、お兄さん……僕が見える?」
ちょっと怖かったけど、そう訊ねてみる。そうしたら、その男の人は僕に視線を合わせるかのようにしゃがんで、言ったんだ。
「もちろん、見えるよ」
って。
僕は嬉しくなって、お兄さんにしがみついた。
やったね!
これで僕は、力を手に入れることが出来る!
ピリピリとした感触が左足にまとわりつく。なるほど、今、まさに自分の中に入り込み体を乗っ取ろうとしているわけだな、と気付く。
高森円珠は、その小さな怨霊をひょいと摘み上げ、手にした肝油ドロップの缶に放り込んだ。
「悪い子だ」
缶の中で狼狽える悪霊にそういうと、缶の蓋を閉めた。
「さて、帰るか」
高森家は円珠から数えて曽祖父の代から、住職を生業としている。
円珠はいわゆる、寺の息子だ。小さな寺ではあるが、寺自体は古くからこの地にある、由緒ある寺である。円珠には、雨継という二十三歳になる兄がいるが、今はわけあって動いてはいない。跡取りは雨継なのだが、これからどうなるのか……高校生の円珠には荷が重い話だ。
円珠の家……雨音庵は通常の寺の仕事とは別に、ある業務を行っている。
通称「ガーゴイル」と呼ばれる仕事であり、仕事をする人間たちの呼び名でもある。
そもそもガーゴイルとは、西洋建築の屋根に付けられている怪物を模した彫刻だ。海外の寺院の屋根に付いていることもあるそれは、雨樋であると共に、大聖堂から外部へ、自らの罪を吐き出している状況を表しているのだとも言われている。
雨と一緒に罪を吐き出す。
そして吐き出された罪は雨と共に流れ、川へと。更には海へと還るのだ。
海の水は雨雲となり、吐き出された罪は雨となりまた地に沁み込む。その雨水を吸った作物を人が食らう。その雨水を吸い育った草木が家畜の餌となり、人が食らう。そうして人はまた、罪を犯す。繰り返すのだ。メビウスの輪のように、永遠に。
しかし、雨音庵のガーゴイルは少し違う。
どす黒いものを、浄化する。
浄化し、空へ還す。
穢れを払い、綺麗にするのだ。
破穢と言われる力。穢れを破る力を持つ者。それが、雨音庵のガーゴイルである。
◇
「ただいま戻りました」
寺の境内へ顔を出すと、奥から住職……円珠の父である光砂が顔を出す。
「首尾は?」
「上々」
肝油ドロップの缶を差し出す。
「レベルの低い小さな子だよ。まぁ、放っておくのは危険だから捕まえたけど」
「うむ」
缶を受け取ると、光砂が唸る。
通称ガーゴイルと呼ばれる仕事は、表立って行っているわけではなかった。
日本ではあまり耳にしないが、悪魔憑き、悪霊憑きと言われるものは昔からある。悪霊退治と言えば、エクソシストや陰陽師が有名だ。総称して退魔師などと言うこともあるが、海外に作られた某組織は、もっと軍隊に近いようなものだったらしい。組織が解体され、メンバーは散り散りになった。その子孫がこうしてコツコツと悪霊退治をしていることなど、誰も知らない。
「さっき連絡が来た。徹平がくるそうだ」
「徹平さん? また?」
伊津本徹平。円珠の父である光砂の友人でもあり、親戚でもある彼はクールダンディをそのまま絵に描いたような人物である。都市警察という特殊な組織で働いており、彼もまた、ガーゴイルの関係者だった。
「先月来たばかりじゃなかった?」
警察の中でも、伊津本が所属している部署は特殊だ。犯人を追うためにお札が必要になる部署なのだから。しかし伊津本に破穢の力はない。だから浄化の力を持つお札が必要になるのだ。
「それだけ異常な案件が増えているってことだろうな」
カラカラと、円珠が渡した缶を振った。
父の言っていることは正しい、と円珠も思っている。街中で見かける悪霊の数は増加の一途を辿っていた。今は小さな悪霊でも、人の持つ憎悪や怒りと交われば成長する。そうしておかしな人間が出来上がり、罪を犯す。伊津本はそんな、悪霊絡みの犯罪を追う部署にいるのだ。
「お札、用意してきてくれ」
「はいはい」
言われるがまま、寺務所に向かう。ちょうど本宅と本堂の間にある、小さな一軒家がそれだった。
「砂羽姉、いる~?」
ガラガラと戸を開けながら呼びかける。
高森砂羽。円珠、母しず香の姉である時音の娘だが、砂羽の母……円珠の伯母にあたる時音は、砂羽がまだ幼いころに命を落としており、その後、雨音庵にやってきた。血の繋がりはないが、幼い頃から姉弟として育っている円珠にとっては、砂羽は姉である。
「徹平さんがくるって」
「は? また?」
砂羽も同じ反応であることに、思わず笑ってしまう。つい先週来たばかりなのだから、そう言われるのも無理はないが、伊津本徹平が雨音庵に来るのは、お札の件だけではない。
「砂羽姉に会いたいんだろうねぇ、きっと」
茶化すような口調で言うと、砂羽が微妙な表情を作る。
「この前、来たばっかじゃん」
円珠と同じことを口にした。
伊津本徹平は、砂羽の伯父だ。伊津本は、時音と結婚した伊津本龍平の兄である。本来なら伊津本姓であるはずの砂羽が高森を名乗っているのは、両親が若くに亡くなり、高森家の養女となったからだった。
そんな徹平は、姪である砂羽を溺愛している。もちろん仕事で来るわけだが、部下に任せればいいようなお使い仕事を自分でするのだから、やはり会いたいのだろう。だからといって、その想いを前面に出すこともせず、淡々と話をするあたり、カッコつけたい男の心理が駄々洩れていると言っていい。
「最近、多いわね」
声のトーンを落として、砂羽。円珠が黙って頷く。確かに最近、多い。不浄のもの……いわゆる魔と呼ばれる者たちだ。悪霊であることもあれば、日本古来の妖魔のようなものであることも、その種類は様々だが、それら不浄のものが増えてきている。それが何を意味するのか。円珠だけでなく、高森家全員が理解していた。
あいつが……復活する予兆かもしれないのだ。




