時をかける恋と野望：信長と濃姫、そして僕
「時をかける恋と野望：信長と濃姫、そして僕」
夏休みに入ったあの日、健太はまさかの誘いに胸を躍らせていた。クラス一の美人、斎藤さんが、彼が好きな織田信長の話で岐阜城に行こうと誘ってくれたのだ。心臓が高鳴る中、斎藤さんとの“デート”の日を心待ちにした。
健太、運命の誘い
普段の岐阜城は遠足で行く場所だったが、斎藤さんと一緒だと輝きが違って見えた。しかし、健太の脳裏には一つの不安がよぎる。斎藤さんの父親の噂だ。「かなり厳しくて、口出しする」「近づくと痛い目にあう」。斎藤さんの近寄りがたいオーラも、その厳格な父親の影響だろうか。
約束の日、健太が斎藤さんの家へ迎えに行くと、玄関にいたのは斎藤さんだけではなかった。噂に違わぬ威厳を纏った父親が隣に立っている。その鋭い眼光は健太を一瞥し、娘へ向けられた。
「どこに行くのじゃ？気を付けてまいれ。」
そして、父親は健太に向き直り、低く、有無を言わせぬ声で言った。
「そのもの、しっかり娘を守るのじゃぞ。」
健太は思わず身がすくんだ。遠い昔の言葉のような、奇妙な既視感。父親の言葉は、まるで彼の責任を試すかのようだった。それでも、斎藤さんの隣で笑顔を見るたび、健太の胸は高鳴る。斎藤さんの瞳の奥に、どこか遠い過去を見つめ、何かを待ち望む光が宿っていることに、健太はまだ気づいていなかった。
予想外の出会いと奇妙な共同生活
金華山を登り岐阜城の天守閣に着くと、健太はそこに斎藤さんの姿を見つけた。しかし、隣には全身焼け焦げた甲冑の武士が倒れ込んでいた。斎藤さんは、まるでこの時を待ちわびたかのように武士を抱き起こし、健太に振り返り告げた。
「やっと来てくれたわね、健太くん。そして、信長様…」。
その言葉と共に、斎藤さんの纏う空気が一変した。古風で気品に満ちた佇まい。彼女は武士を優しく介抱しながら、健太に続けた。「私は濃姫。この方は織田信長様よ。本能寺の炎から信長様を未来へ導くために、私は先にここに来て、あなたを待っていたの」。
斎藤さんの正体がまさかの濃姫であることに、健太はただ立ち尽くした。恐怖と困惑の中、休館日のはずの城にいることも、目の前の光景も理解できなかった。濃姫の周到な計画により、健太は、信長、そして濃姫と出会うべくして出会ったのだ。
意識を取り戻した信長は、本能寺の変の記憶が朧げなまま、健太を睨みつけ、鋭い声で問い詰めた。「き、貴様…もしや十兵衛か！？」
その言葉に、健太は言いようのない奇妙な既視感を覚えた。「え、俺が…明智光秀だって言うのか！？」心臓が激しく跳ねた。濃姫がそれを制し、彼らが本能寺の炎から逃れてきたことを明かす。
「本能寺の変で、織田信長の死体が発見されなかったでしょう？ あれは、明智光秀が殿の死を偽装し、この未来へ逃がす手筈を整えていたためよ。」信長は本能寺の混乱の中、光秀に巧みに誘導され、岐阜城に濃姫が待っていると聞かされ、遅れてタイムスリップしてきた。光秀は元の時代、本能寺の変の直後、岐阜城の隠し部屋に隠れていることになっており、現代での信長の行動は全て濃姫に任されているという。信長の死体が見つからない謎と、健太が「十兵衛」と問われたことに、得体の知れない因縁を感じさせた。濃姫は健太に「あなたにも信長様を導く役目を担ってほしいの」と告げた。光秀が自分に託した意味とは何なのか、健太はまだ計り知れない重圧を感じていた。
信長はふと、健太の手元にある小さな板状の物体に目を奪われた。「これは…まさか、新たな『秘策』か？」健太が持つスマートフォンを、信長は興味津々に見つめる。健太は戸惑いながらもスマホを差し出した。信長は恭しくそれを受け取ると、黒い画面に映る自分の顔を不思議そうに眺めた。「ほう…これは『黒き鏡』か？されど、光を放ち、絵姿を映し出すとは…いとをかし！」信長の革新的な好奇心が、この最初の出会いから既に明確に示されていた。
光秀の思惑と信長の若返り、そして古き因縁の兆し
人目を避けて二人を健太の家へ招き入れた。信長は、濃姫に促されるまま真新しい体操服に着替えると、驚くべきことに15、6歳ほどの少年に若返っていた。その若返った信長と濃姫は夫婦として現代に現れたのだ。15、6歳で結婚したと言われる二人にとって、現代での若返りは、ある意味、自然な姿でもあった。若返りには、光秀の深い配慮が隠されていた。本能寺の変のようなピンチではない状態で、信長に新たな時代を存分に体験させ、無邪気な「うつけ」として現代の知識や人々の本質を吸収してほしいという光秀の願いが込められていたのだ。彼の目には、現代の電化製品や家具が珍しそうに映り、好奇心旺盛な少年としか見えなかった。
健太の部屋に入ると、壁の父のコレクションに信長の目が釘付けになった。精巧な模造刀と、火縄銃の模型だった。健太の父は歴史好きで、戦国時代の武具を熱心に収集していたのだ。
「これは…まさしく！かの時代の『刀』と『鉄砲』ではないか！」
信長は興奮した面持ちで、刀の鞘に手を伸ばし、火縄銃の模型をまじまじと見つめた。その鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。
「ほう…これらの『鉄砲』、まさかおぬしが用意したと申すか？随分と手回しが良いではないか、十兵衛。」
信長は、健太の顔をまっすぐに見つめた。彼の声には、僅かな疑念と、それ以上の期待が混じっていた。「これが、未来の『兵器』の姿か…」瞳の奥には、好奇心と武人としての本能、そして健太に対する言い知れぬ探るような感情が宿っているようだった。
健太は、信長の言葉から感じられる「明智」への執着と、自分に向けられる探るような視線に、言い知れぬ緊張を覚えた。そして、濃姫が「斎藤」を名乗っていることと、斎藤さんの父親の「怖い」という噂が、頭の中で一つの線を結び始める。「斎藤…怖い父親…まさか、濃姫の父は、あの美濃の蝮、斎藤道三なのか！？」その思いに至り、背筋に冷たいものが走った。
濃姫は、そんな信長を優しく介抱する。その献身的な姿を見るたび、健太の胸は締め付けられた。斎藤さん、いや、濃姫が信長に向ける眼差しはあまりにも優しく、健太は居たたまれない気持ちになる。健太の平凡な日常は、この瞬間、完全に終わりを告げたのだ。斎藤さんが濃姫と瓜二つであること、そして自身が光秀の幼名を持つ者として、時を超えた因縁に巻き込まれたことを、健太はまだ漠然と感じているだけだったが、そのワクワク感は抑えられなかった。
現代の「うつけ」と「寵児」
信長は、表向きは転入生として健太の中学校に通うことになった。彼の現代社会への適応能力は、健太の想像をはるかに超えるものだった。まるで現代版の風雲児のように新しもの好きで、裏には、本能寺の炎の中で垣間見た「未来」の影響があった。
登校初日、「これなるが『がっこう』か！ 多くの『民』が一同に会し、未知の『知』を学ぶ場であるならば、まことに意義深きことよ！」と目を輝かせながら教室に入った信長は、その古風な言葉遣いでクラスメイトを戸惑わせた。しかし、歴史の授業で教師が織田信長について語り始めると、隣にいた信長は顔を真っ赤にして反論した。
「某の知るところとは異なるな。その『通説』には、いささか疑念を抱く！」教師が困惑する中、信長はさらに熱弁をふるった。「某は、家臣の働きを正しく評価し、至らぬ点があれば厳しくも指導したるのみ！パワハラなどという、わけの分からぬ言いがかりは、断じて受け入れられぬ！」さらには「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」の句にも、「某は、鳥の鳴き声ごときで命を奪うような愚か者ではない！」と反論したのだ。その古風な言葉遣いは最初はクラスメイトを戸惑わせたが、持ち前の頭の回転の速さと時折見せるユニークな発想で、すぐに人気者になった。いつの間にか、皆は彼を親しみを込めて**「織田君」**と呼ぶようになっていた。教室中がどよめき、一部の生徒や教師は彼の論理的な思考と斬新な視点に魅了され始めた。こんな授業は、歴史の教科書では学べない。
健太が教えてくれたスマホの戦略シミュレーションゲームに、信長はたちまち夢中になった。「これぞまさしく未来の『合戦絵巻』よ！ 指一つで大軍を動かし、天下を望むとは……！」瞬時にゲームの仕組みを理解し、その天才的な戦略眼でオンライン対戦のランキングを駆け上がっていく。彼のプレイスタイルは、既存の常識を打ち破る「奇策」の連続で、ネット上では「尾張の第六天魔王ゲーマー」として恐れられ、その名を轟かせた。
放課後、健太と向かったコンビニエンスストアで、信長は目を輝かせた。「これは…まさに万の品が揃う『楽市楽座』ではないか！」特にフライドチキンを三つも平らげ、「これほど美味な鳥肉があるとは！」と感嘆した。濃姫に連れられ訪れたファストファッション店でも、彼は現代の若者らしい着こなしを瞬時に習得し、校内でファッションリーダーとなるほどだった。
健太がヘッドホンで音楽を聴いていると、信長は興味津々に「その耳当てから鳴り響く音は、まさか天上の調べか？」と尋ねた。健太が最新のポップソングを聞かせると、信長はすぐにそのリズムに体を揺らし始めた。休日は、健太の部屋で動画配信サービスを飽きずに眺め、「この『ユーチューバー』とやらは、まこと民を惹きつける才に長けておるな。まるで、戦国時代の**物語を語る『軍師』**のようである！」と感心しきりだった。
信長は、市内のエアガンショップへも興味津々だった。「これなるが、未来の『鉄砲』の姿か！威厳に満ちたこの造形、まさしく、かの時代の火縄銃とは比べ物にならぬ！」健太がエアガンの仕組みを説明すると、信長は熱心に耳を傾け、時には鋭い質問を投げかけた。さらにゲームセンターでガンシューティングゲームを体験させると、信長の集中力と反応速度は驚くべきものだった。「ほう！狙いを定め、引き金を引けば、瞬時に敵を討ち取るか！」彼の目に映るゲームの銃は、過去の火縄銃の記憶と、未来で垣間見た真の兵器の光景とが重なり合い、彼の知的好奇心を一層刺激するのだった。
濃姫は、そんな信長の自由奔放な行動に一番手を焼いた。「殿、あまり騒ぎを起こしてはなりませぬ！」「この『すまほ』は『狼煙』ではございません！」彼女は信長が暴走しないよう、時に厳しく、時に優しく彼の世話を焼いた。**信長が少し不機嫌そうに唇を尖らせると、濃姫はそっとその頬に触れ、優しい眼差しを向けた。すると信長はたちまち機嫌を直し、濃姫の指を甘えるように握りしめる。**その光景を見るたび、健太の胸にはモヤモヤとしたものが募った。濃姫が信長に向ける信頼と愛情が、まるで自分に向けられることはないかのような、漠然とした不安と、拭いきれない嫉妬だった。その尻に敷かれた関係性が、二人の間の深い信頼と愛情を感じさせた。
放課後、健太と信長、濃姫の三人は、自転車で長良川の河原を走るのが日課になっていた。川面を渡る風は心地よく、金華山から見下ろす岐阜の街並みは、信長の目には新たな領土のように映る。「長良川の清き流れよ……この川なくしては、この地もかくも栄えぬであろうな」信長の言葉に、健太は地元の自然の美しさを改めて感じた。三人で過ごす時間は、日を追うごとにかけがえのないものになっていく。笑い、語らい、時には小さな言い争いをしながら、彼らの間には確かな友情が育まれていく。
しかし、その友情の裏では、複雑な感情が交錯していた。
健太は、濃姫へ募る想いを抑えきれずにいた。彼女が信長に向けられる眼差し、そして彼らを結ぶ揺るぎない絆を見るたび、胸の奥が締め付けられるような切なさを覚える。一方、信長もまた、健太を友人として認めながらも、時折濃姫の肩を抱き寄せたり、ふと頬を撫でたりする。濃姫もそれを自然に受け入れ、二人の間に漂う親密な空気に、健太は言いようのない焦りを感じた。時折彼の中に感じる既視感に戸惑っていた。「おぬし、どこか見覚えがあるな…」と冗談めかして言うこともあったが、その瞳の奥には、かつての盟友であり、そして裏切り者であった光秀の影を探すような鋭さがあった。そして濃姫は、二人の間に流れる微かな緊張感に気づいていた。信長が健太に抱く複雑な感情、そして健太が自分に向ける秘めた眼差し。かつて濃姫として、信長と光秀の運命を間近で見てきた彼女だからこそ、現代で巡り合ったこの三人の関係に、歴史の宿命のようなものを感じずにはいられなかった。斎藤さんとして健太と接していた日々、彼の優しさや純粋さに触れるたび、濃姫の心にも彼への特別な感情が芽生え始めていた。
健太の試練と信長のカリスマ
ある日の午後、健太は意を決して、濃姫に尋ねた。「斎藤さん、信長様は…本当に、この時代で天下を取れるような方だと思いますか？」その言葉に、濃姫は健太の意図を察したように、しかし揺るぎない眼差しで答えた。「健太くん、殿はあのように奔放に見えて、時に底知れぬ才を見せるでしょう？あなたがそばで見ている中で、彼の真の器、そしてこの時代で何を成し得るお方か…見極めていただけると、わたくしも安堵いたしますわ。」
健太の胸に、濃姫の言葉が深く響いた。「斎藤さんが信長のことを試せって言ってるのか？…いや、俺はただ、あいつが斎藤さんに相応しい男なのか、自分の目で確かめたいだけだ。」同時に、「もしかしたら、俺は歴史の光秀と同じように、信長の『うつけ』ぶりに不満を感じて、彼の本心を探ろうとしているのか…？」と、自身の行動が過去の因縁に導かれている可能性に気づき始めていた。
健太は、現代の複雑な知識をぶつけて信長を試すことにした。放課後、彼は信長に問いかけた。「信長様、この『AI』とやらが、人の心を読み解き、未来を予測するとしたら、それはもはや神の業に近いと申せませんか？貴方様ならば、これを使ってどのような天下を望みますか？」信長は一瞬にしてその本質を理解し、健太の想像を遥かに超える回答を提示した。「ほう、人の心を読み解くか…ならば、民の不満の根源を突き止め、より良き世を築く一助となろう。未来を予測するならば、飢饉や疫病の兆しを掴み、先んじて手を打つことも可能となる。これぞまさに、**『天下布武』を加速させる『天啓の術』**よな！」健太は、自分が理解している以上の深さで信長が現代技術の本質を見抜き、己の野望に結びつけるその才覚に、ただ圧倒された。
さらに健太は、商店街の活性化会議で、信長に難題を押し付け、反発する人物をけしかけた。しかし信長は、言葉巧みに、あるいは圧倒的な熱意と未来への展望で人々を魅了し、反対意見をも取り込んでしまう。強硬だった商店主たちが、いつの間にか信長の言葉に引き込まれ、彼の提案に乗ってしまう光景に、健太は呆然とした。信長の生まれ持った圧倒的なカリスマ性と、人の心を動かす天性の才能を目の当たりにし、自分には決して持ちえない力だと痛感する。
休日、健太は信長をゲームセンターの射的ゲームに誘った。「信長様、これなら私には勝てませんね！」健太が余裕の表情で言うと、信長はニヤリと笑った。「ふん、小童めが。遊びと侮るなかれ。これとて、狙いを定め、敵を討ち取るは同じことよ。」最初は健太が優位に立つかと思われたが、信長はすぐにコツを掴み、驚異的な集中力と反応速度で次々と的を命中させていく。まるで本物の戦場にいるかのような迫力に、健太は背筋が凍る思いだった。信長が遊びの中でも一切手を抜かず、その才覚を遺憾なく発揮する姿に、健太は改めて信長がただの少年ではないことを思い知らされた。
故郷「岐阜」への熱き想いと挑戦
信長は感慨深げに呟いた。「この地こそ、かつて我が天下布武の礎を築かんとした『岐阜』よ…」。だが、彼の視線はすぐに、かつての賑わいを失った柳ヶ瀬商店街のシャッター通りに引き寄せられた。隣に立つ濃姫もまた、どこか寂しげな表情で街を見つめる。岐阜城の斎藤道三の娘として育った彼女にとって、この地は紛れもない故郷であり、その衰退は心に響くものがあった。
健太は、そんな二人を前に、意を決して現代の岐阜が抱える課題を説明した。日本の他の大都市に比べて発展が遅れていること、若者の流出が続いていること、そして商店街がかつての賑わいを失っていること。
「まさか…この『岐阜』が、さようなる有り様とは！かの美濃の要衝、天下を望む要となすべき地が、かくも活気を失うとは…」
信長の言葉には、自らが命名し、繁栄を願った地への深い悔しさと驚きが混じっていた。濃姫も静かに頷き、その瞳には故郷への痛みが宿る。健太の言葉は、二人が愛した「岐阜」が、現代において厳しい現実に直面していることを突きつけた。
健太の話を聞き、信長は「岐阜」を再び輝かせたいという強い使命感に目覚めた。その想いは、濃姫も同じだった。
「この『いんたーねっと』とやらは、まさに未来の『道の駅』よな。遠き地の民も、この岐阜の良き品々を手に入れられるとなれば、これぞ『天下布武』ならぬ**『天下物流』**！」
信長は、商店街の活性化だけでなく、インターネットを活用した地域経済の再構築を構想し始めた。健太がプログラミングの基礎を教えると、信長は瞬時に吸収し、独自のアルゴリズム開発にも興味を示す。彼の天才的な戦略眼は、オンライン市場をも席巻する勢いだった。
さらに信長は、エアガンショップでの経験からドローン技術に強い関心を抱く。
「これなるは、まさしく**『飛龍の術』**！高き空より敵の動きを見定め、物資を運ぶこと、これぞ未来の『兵糧攻め』…いや、民を救う『救国の術』よ！」
彼は、岐阜の自然災害（集中豪雨による河川の氾濫や土砂崩れなど、岐阜で実際に起こりうる災害）を想定し、ドローンを使った効率的な情報収集や物資輸送、さらには孤立した住民の救助計画を立案した。彼の指揮のもと、健太や地域の若者たちがドローン操作を学び、実際の防災訓練でその効果を証明していく。
信長は、美濃和紙、岐阜提灯、長良川の鮎、飛騨牛といった岐阜の特産品に注目し、これらを**「岐阜ブランド」**として全国に発信する活動を主導した。「この地こそ、我が『岐阜』よ！美しき山河と、匠の技が息づくこの地の品々、いとをかし！これぞ天下に知らしめるべき逸品ぞ！」と、彼の言葉には郷土愛が溢れていた。現代のマーケティング手法やクラウドファンディングを活用し、伝統工芸品を現代のライフスタイルに合わせたデザインでプロデュースしたり、地域の若手クリエイターとコラボレーションさせたりする。
濃姫は、現代のSNSやインターネットを駆使して、地域の隠れた魅力やニーズを素早くキャッチし、信長の斬新なアイデアを現実の形にする橋渡し役を担った。彼女はまるで、現代の敏腕プロデューサーのようだった。商店街の店主たちの間では「斎藤さんがいれば、どんな難題も解決する」と評判になり、その聡明さと気品で人々の信頼を勝ち取っていった。「殿（信長）は確かに天賦の才をお持ちですが、この地の細やかな人々の心は、わたくしめが心得ておりますゆえ」と健太に微笑む濃姫の姿は、信長を支え続けた歴史上の濃姫そのものだった。彼女はまた、信長が現代の常識から逸脱しそうな時、「殿、それでは『下々の者』が戸惑いましょう」と古風な言葉遣いを交えつつ、的確なアドバイスや、時には厳しい一言で彼をたしなめ、現代社会での立ち振る舞いを教えた。その言葉には深い愛情と、信長の本質を見抜く鋭い眼差しが宿っていた。
現代版「道三との謁見」
信長まつりの準備が佳境に入ったある日、濃姫は健太と信長を自宅に招いた。少し緊張した面持ちの信長に、濃姫が微笑みかける。「殿、わたくしの父にご挨拶をしていただきとうございます。」
健太の胸は高鳴った。斎藤さんの父、つまり濃姫の父が、あの美濃の蝮・斎藤道三の現代版だという直感が、今、現実のものとなる。
リビングに通されると、そこには斎藤さんの父が悠然と座っていた。彼が健太に最初に声をかけた時と同じ、鋭い眼光で信長を見つめる。一瞬の沈黙が場を支配した。
「そなたが、娘の世話になっている織田君か。」
斎藤さんの父の言葉に、信長は堂々と応じた。「はい、某が織田信長にございます。この度は、娘御には何かと世話になっておりまする。」
信長は、現代の若者としては考えられないほど礼儀正しく、しかしその言葉の端々には、底知れぬ自信と威厳が宿っていた。斎藤さんの父は、信長の言葉を静かに聞いていたが、次の瞬間、彼の表情に微かな変化が訪れた。口元に笑みが浮かび、その眼光はさらに鋭さを増す。
「ほう…ただの若造と侮るなかれ、か。面白い眼をしておる。娘が惚れるのも無理はない。」
その言葉に、濃姫（斎藤さん）はわずかに頬を染めたが、健太の胸には、またしてもズキリとした痛みが走った。信長は、斎藤さんの父の言葉をまるで褒め言葉と受け取ったかのように、さらに堂々と自身の野望を語り始めた。
「この岐阜の地は、まことに良き要衝。しかるに、現状は活気を失い、民も心を病んでおりまする。某は、この地を再び天下に知らしめ、民を安堵させる所存にございます！」
信長の言葉に、斎藤さんの父は深く頷いた。「うむ、うむ。世を変えるには、それほどの気概が必要じゃ。今の若者に、そこまでの覚悟を持つ者はおらぬからのう…」
そして、斎藤さんの父はにこやかに信長の肩を叩いた。「よいではないか。娘をよろしく頼むぞ、織田君。この美濃の地は、そなたに任せた。」まるで、歴史上の道三が信長の才覚を見抜き、その器量を認めたかのような光景が、現代に再現されていた。健太は、信長と斎藤さんの父の間に流れる、奇妙なまでの共鳴を感じ取っていた。それは、道三と信長が初めて会見したとされる、あの正徳寺での「うつけ」信長と「美濃の蝮」道三の出会いを彷彿とさせるものだった。
商店街の変革と信長まつり、そして募る影
信長の提唱した「現代版楽市楽座」の構想は、健太と濃姫、そして地域住民の協力によって具体化していく。信長は、そのカリスマ性と未来を見通す知恵で、商店街の活性化に驚くべき手腕を発揮した。土日限定のフリーマーケットや、若者向けのイベントスペースが次々と生まれ、シャッターが閉まっていた場所に、新しいお店の看板が灯り始める。昔、活気があった頃の柳ケ瀬の賑やかな喧騒が、少しずつ蘇っていくのを健太は肌で感じた。濃姫もまた、信長の補佐役として献身的に活動し、その聡明さと気品で地域の信頼を得ていった。
健太は、信長が突拍子もないアイデアを口にするたび、すぐにその実現可能性や周囲への影響を冷静に分析した。彼の頭の中には、常に最善の道筋が描かれていた。信長が「楽市楽座」を叫ぶ中、健太はスマートフォンのアプリで通行量データを収集し、顧客層の分析を行った。「信長様、この時間帯は高齢者の往来が多いゆえ、昔ながらの品揃えも必要かと存じます」。健太の具体的な提案は、信長も「ほう、十兵衛よ、抜かりないな」と感心させるほど、信長の構想に現実味を与えた。ドローンによる防災計画においても、信長が「鳥の目」で全体像を捉える一方、健太は災害時の連絡網や避難経路のデジタルマップ化を提案した。彼の設計したシステムは、まさに「堅固なる城壁」のようであった。
健太は、そんな濃姫の活躍を間近で見るにつけ、憧れが募ると同時に、信長の隣に立つ彼女を見るたび、胸の奥にチクリとした痛みを覚えるのだった。まるで、濃姫が信長を支え、そして光秀が濃姫に惹かれた、歴史の裏側の物語が現代で繰り返されているかのようだった。信長のカリスマ性に惹かれつつも、健太の心には時折、彼が周囲にもたらす波紋への懸念がよぎった。まるで過去の記憶がそうさせるかのように、健太は信長の「天下布武」のその先に、言い知れない不安を感じるのだった。
そして秋、岐阜市最大のイベントである信長まつりが開催されることになった。市役所から、今回の柳ケ瀬活性化の立役者である信長と濃姫に、ぜひ武者行列に参加してほしいというオファーが舞い込んだのだ。祭りの当日、モダンな武者姿の信長と優美な衣装の濃姫が、行列の先頭を進むと、沿道からは「信長様！」「濃姫様！」という大声援が飛び交った。彼らが柳ケ瀬にもたらした変化を肌で感じ、感謝する人々の姿は、まさに現代に蘇った「天下布武」の光景だった。
突然の別れ、そして残された想像
その日の夕方、柳ヶ瀬商店街では、信長まつりの打ち上げを兼ねた小さな宴会が開かれていた。かつては静まり返っていた商店街に、活気と笑顔が戻っている。健太は、人々が楽しそうに語り合う様子を見て、信長と濃姫が確かにこの地に希望の光を灯したのだと改めて感じた。宴会が終わる頃、夜空には再び花火が打ち上げられた。その光を見上げながら、健太は、信長と濃姫との別れが近づいていることを悟った。
「十兵衛よ。我らが成すべきことは、全て成し遂げた。この地は、再び活気に満ち溢れ、未来へと繋がる道筋を確かに掴んだようであるな。」信長はそう言って、健太の肩に手を置いた。彼の瞳には、未来を見据えるような、そしてどこか遠い過去を懐かしむような光が宿っていた。
濃姫もまた、静かに頷いた。「信長様。もう、我々がここにとどまる理由はありません。時が、満ちたようです。」彼女の表情は、どこか安堵しているように見えた。健太は、もう二度と濃姫に会えなくなる寂しさで胸がいっぱいになった。斎藤さんとしての出会い、そして濃姫としての真実を知った今、彼の彼女への想いは、もはや淡い恋心ではなかった。切ない気持ちで最期の別れを見守る。斎藤さんが、濃姫の面影を強く宿すたび、健太の心は揺れ動いた。憧れの存在であり、手の届かない存在。そんな感情が交錯する中、彼は二人の門出を、複雑な想いで見つめていた。しかし、同時に、信長と濃姫が互いに見せる深い信頼と愛情は、彼らを分かちがたく結びつけていることも痛感していた。濃姫もまた、健太が自分に向ける秘めた想いには気づいていた。そして、信長と健太、二人の間に流れる奇妙な緊張感も。かつて濃姫として、信長と光秀の運命を間近で見てきた彼女だからこそ、現代で巡り合ったこの三人の関係に、歴史の宿命のようなものを感じずにはいられなかった。
次の瞬間、夜空にひときわ大きな花火が打ち上がり、その光が二人の姿を包み込んだ。そして、光が消え去った後、そこに信長と濃姫の姿はなかった。
健太は一人、屋上に残され、空を見上げた。彼らが本当に過去へ戻ったのか、それとも別の時空へと旅立ったのか、健太には知る由もなかった。
だが、岐阜城の隠し部屋でひっそりと時を待つ明智光秀は、きっと彼らが戻ってくることを信じているだろう。信長が現代で得た知識と経験、そして濃姫の故郷への想いと、光秀の知略。三人の力が結集した時、かつての歴史とは異なる、真の天下統一が果たされたのかもしれない。
健太は、未来へと思いを馳せた。彼らが残した岐阜の活性化は、これからも続いていく。そして、もしかしたら、いつか健太自身も、光秀として、あるいは全く新しい自分として、彼らと再び巡り合う日が来るのかもしれない。
空には、花火の残像が揺らめいていた。
