召喚されたけどクビになったし馬鹿にされるしで最悪だ
俺..天棋義将は今日、将棋の八大タイトル全制覇がかかった竜王戦七番勝負第七局に勝利し、晴れて【八冠】の称号を手に入れた。
この将棋界で遂に【現代最強棋士】に成る事ができたのだ。
だけど、まだ俺は二十歳だ。棋士としてのピークもこれからだし、今度は【永世八冠】を目指して防衛を続けなければならない。でもまずは、自分が八冠に成ったことを祝おう。
独り身の俺は、その夜、家で勝利の美酒を飲みながら自分の事が載っている記事を読んでいた。
「はは、これからは【現代最強棋士】として一局も負けられなくなったな。」
そう呟いた時の、一瞬の出来事だ。
俺の視界が突如真っ白に染まっていく。最初は今日の対局の疲れから来たのかと思っていたが、そんなものではなかった。そんな中で、どちらかと言えば女性よりの声が何かを発しているのがうっすら聞こえてくる。
「天棋義将の転移、及び召喚に成功。これより固有スキルの付与を開始...」
固有スキル?召喚?いったいどういう事だ?
「固有スキルの付与に成功、【将棋王】を獲得。」
真っ白な視界の中心に【将棋王】と大きな文字で浮かび上がる。
【将棋王】?確かに俺は将棋で頂点になったが、そう呼ばれたことは一度もない。
そもそもその読み方は何だ...何か厨二っぽいな。
「これより【鑑定】及び【選別】を行います。」
その一言を最後に、俺の視界は晴れていく。
しかし、そこは先程までいた俺の家では無く、中世の城のようだった。
周囲を見渡して確認できるのは、正面には王冠を被った中年の男性と数十人の護衛と見られる者。背後には蒼く光り輝いた石を持ち、顔を黒子のように隠している黒衣の女性が一人。
そして、横には十六~二十代前半ほどの男女が九人。
俺と横に並んでいる人たちとそれ以外の人の服装は明らかに違ったので、恐らくこの人たちも俺と同じような感じでここに来たのだろう。
静寂を破ったのは、王冠を被った男だった。
「初めまして異世界の戦士の諸君、私の名はレギン=ハリル。この【レギン王国】の国王を務めている...と言っても、君達にはさっぱりだろうね。状況を簡単に説明しようか、いきなり連れてこられて君達も不安だろうからね。」
その男は王様であるのは確かだろうけど、物語に登場するような偉そうな態度ではなかった。
簡単に例えるなら、”優しい上司”ってとこだろうか。あと、言語も同じなんだな。言葉が通じるようにプログラムされてたのか?
そう考えてる間に、レギンは説明を始めた。
「君たちは異世界から召喚された戦士だけで構成される【異界遊撃軍】の候補者だ。一年に一度、異世界から無作為に複数人呼び出し、私が見込んだ者は【異界遊撃軍】に入ることになる。
見込みがない者は残念ながら、フリーの冒険者になってしまうけどね。」
なるほど、どうやらここは何かのゲームのような世界のようだ。
すぐに、俺のすぐ横にいた同い年ぐらいの女性が口を開いた。
「元の世界には帰れるのですか?」
その質問は当然出てくるだろう。
レギンもそれを想定していたようで、すぐに答えた。
「すまないが、それは出来ない。この召喚は一方通行なんだ。
方法はあるにはあるらしいけど、私には分からない。それに、これまでの異世界から召喚された戦士はしばらく過ごしていくうちにここが気に入ったようで、帰りたいと言い出す人はいなかったしね。」
俺は困る。やっと八冠に成って【現代最強棋士】としてまだまだこれからって所だったし、それに戦いとか冒険とかそういうゲームにも興味がない。それよりも将棋の方が楽しい。
「レグルス、彼らの【選別】の結果を教えてくれ。」
「はい」、と後ろから返事が聞こえてくる。それは黒衣の女性だった。
それとおそらく、視界が真っ白になっていた時に聞こえてきた声は彼女のものだろう。
「今回は優秀な者が多いですね、特に一番左の中田海斗はSS級の固有スキル、【革命】を持っています。」
中田海斗と思わしき人物は、銀髪で顔に少し火傷のような痕がある青年だった。
彼の雰囲気はかなり暗く、目つきもかなり悪かった。性格はかなり悪そうだ。
しかし彼は別に得意げになる訳でもなく、ただ彼の横にいる女性と目を合わせている。
その女性は水色の髪で、身長は少し高めだ。今は見えないが、右目が紫で左目が緑のオッドアイのようだ。顔はかなり整っていて、知的な雰囲気がある。
そのような状況の中、レグルスはこう続ける。
「それでは【選別】の結果を話します。私に名を呼ばれた者はレギン国王の前に向かい、並んでください。
まずは中田海斗、次に橘未来...そして...」
黒衣の女性は次々に名前を読み上げるが、俺は呼ばれる事は無かった。
最終的に残ったのは、俺と、最初にレギンに質問した女性だけだった。
レギンはこちらを見て、こう話し始める。
「どうやら、ハズレのスキルだったみたいだな。残念ながら君達はクビだ、そういう決まりだしね。君達二人はフリーの冒険者をやってもらう。ギルドはこの城を出てすぐ左だ。」
中田と橘はずっと無表情だが、他の六人はクスクスとこちらを笑っているようだ。
別に選ばれなかったことはどうでもいいが、嘲笑されるのは気に入らない。
隣にいる選ばれなかった女性も、表情がかなり曇っている。
見てられなかったので、俺は彼女に声をかけた。
「とりあえずギルドに行ってみよう。それと情報整理だ。
どんな局面になっても、慌ててしまったら悪手ばかり指してしまうからな。」
「は、はい...分かりました。」
俺達は一旦城から出て、ギルドと呼ばれている場所の前まで進んだ。
その時に国王から少しだけ資金を貰った。流石に一文無しは厳しいし助かった。
「あのっ...!」
彼女は俺に話しかけてくる。
「私、これからどうすればいいんでしょうか?この世界の事何も分からないし...」
「一人じゃどうにもならないから、まずは協力関係を結ぼう。
俺は天棋義将、元の世界では棋士をやっていた。貴女の名前は?」
「私は錦織香、大学生です。
あと、天棋さんって...八冠になったあの天棋さん?私ファンなんです!」
日常はできるだけ平穏に過ごしたかったから、メディアに露出する時はいつも顔を隠すようにお願いしていたのだ。まぁ、昔から友達も彼女も作らないって考え方だったしね。
「ああ、俺が天棋だ。多分顔を見るのは初めてだろうな。」
「結構整った顔なんですね、これだったら顔を隠す必要なんて無いのに...」
「俺は日常を平穏に暮らしたいだけだ。もし顔が知られていたら無理矢理サインを要求する輩が現れるかもしれないだろ?」
「顔が知られてたらさっきは笑われずに済んだかもしれないですけどね...」
「その話はもういいだろ。とりあえずギルドで情報を集めよう。えーっと、何て呼べばいい?」
「苗字じゃ長いでしょ、香って呼んで下さい。」
「分かった。行くぞ、香。」
「はい、天棋さん。」
俺はギルドの中に入る。そこは半ば酒場のようなもので、屈強な男や華奢な女性のグループがテーブルを囲んで酒を飲んでいた。だが、彼らは俺達を見た瞬間一斉に吹き出した。
「来たぞ!今年のハズレ枠が!」
「ねぇねぇ、どんなショボい固有スキルを貰ったの?」
「がはははっ、言うなってw ただでさえ惨めなのに可哀想だろーw」
ああ、なるほどね。毎年選ばれなかった人はこうやって笑いものにされるのか。
召喚されたけどクビになったし馬鹿にされるしで最悪だ。さっさと元の世界に帰りたい。
しかしこれはプライドが許さない。俺は【現代最強棋士】だ、絶対に目に物を見せてやる。俺を舐めるな。
いつか最強になって、皆を黙らせてやる。俺はそう決意した。
「天棋さん...ここ、嫌です...」
「ああ、俺もだ。だが、ここで投了はしない。圧倒的に強くなって、見返すんだ。」
「でも、私達は選ばれなかったんですよ? 強くなるなんて、出来るのですかね...」
「出来る。」
「何で断言できるんですか?」
その言葉を聞いて、奨励会時代の自分を一瞬思い出す。
あの頃は今思えば地獄だったな。
俺は棋士になれると言い張り、強気に挑みながらも二年間昇段を逃した時に師匠に言われたんだっけ...
「...理由は後で話す。それよりも情報を集めた方がいい。今は我慢だ。」
「分かりました。」
そうして俺達はある程度の常識を知った。色々小馬鹿にされたが無視した。
まずギルドの仕組みだが、ギルドではパーティーを作り、何かしらの任務を達成すると報酬が貰えるらしい。任務は植物の採集や狩り、魔物の討伐まで様々だ。
だから俺はとりあえず香と二人のパーティーを作ろうという事になった。
それに、固有スキルについてだが、固有スキルは異世界から来た人にしか与えられないようで、元々この世界で生まれ育った人は一般スキル、上級スキル、極限スキルを扱うらしい。ちなにみそれらは俺達にも習得できるようだが本題は違う。
あらゆるスキルは経験を重ねるごとに成長する。ゲームのレベルと似た感じだな。
しかし、固有スキルが成長した後の強さは未知数らしい。理由は、今まで固有スキルを完全に成長させた例は無いからだそうだ。
つまり今の俺達は、将棋の段級位でいうところの”アマチュア10級”ってとこかな。
「かなりややこしいですねー、天棋さん。
私こういうゲームやった事無かったから、いざここに連れてこられても難しいです。」
「まぁ、初日だしな。幸い国王は資金を渡してくれたから、近くの宿には泊まれるぞ。任務はまた明日からだな。」
「待って? もしかして部屋は同じですか?」
「当たり前だ。そのほうが部屋代浮くだろ?」
「ま、まぁ...そりゃそうですけど...」
香は何故か少し恥ずかしそうな表情をしている。人見知りだったのだろうか?
まあいいや、今夜はこれからの戦略を練ろう。
俺達は宿にチェックインする。オーナーも目線がこちらを馬鹿にする感じだった。それを感じ取った香は顔をしかめてしまったので、俺は気にせず部屋に入るように促した。
部屋の中はthe・宿屋って感じの雰囲気で、四つのベッドがざっと並んでいるだけだった。
パーティーが寝泊まりするからベッドは四つも準備されているのだろう。
香は少し辺りを見渡した後、こちらに振り向いて話しかけてくる。
「そういえば、ステータスの概念ってあるんですかね。天棋さん。」
「確かギルドの奴らが、レベルがどうだとかMPがどうだとか言ってたからあると思う。」
「ひゃっ⁉ な、なんか出ましたよ⁉」
香は突然、驚いたような声を上げる。彼女の目の前には透き通っている黒いパネルのような物が浮かび上がっていて、そこには名前と職業、それにMPと保有スキル欄があった。
「香、どうやってそれを出したんだ?」
「なんか”ステータスを出す”って感じの事を頭で思ってたら勝手に出てきました。
多分、ステータスを出す意思があったら表示されるシステムなんですかね?」
俺もやってみると、ぱっと香のものと同じものが表示された。
『天棋義将 職業:なし MP:1500 保有スキル:【将棋王】』
もしかしてここから”スキルの概要の表示”をする意思を出せば、どんなスキルか分かるのかもしれない。
試しにやってみると、予想通りスキルの概要が表示された。
『固有スキル【将棋王】
現在使用可能な通常技:【歩兵】【桂馬】【角】 持ち駒:なし』
技名が駒の名前だ。【将棋王】とかいうスキルだから当然っちゃ当然なのか?
それに、【持ち駒】って何だよこれ。いまいち良く分からないな...
「天棋さんはどんなスキルだったんですか?」
香が俺のステータス表を横から覗いてくる。
「【将棋王】ですか、天棋さんらしいですね。」
「香はどんなスキルだったんだ?」
「【器用貧乏】です。名前からしてショボいですよね...」
香はそう言いながらステータス表を見せてくる。
『錦織香 職業:なし MP12000 保有スキル:【器用貧乏】
固有スキル【器用貧乏】
現在使用可能な通常技:【剣術Lv1】【弓術Lv1】【格闘技Lv1】【攻撃魔法Lv1】【防御魔法Lv1】
【身体強化魔法Lv1】【妨害魔法Lv1】【回復魔法Lv1】【幸運強化Lv1】【料理Lv1】』
「確かに器用貧乏だな。だが、序盤は重宝するだろう。多分これらのスキルも成長するだろうし、【器用貧乏】が器用貧乏じゃなくなる時が来るかもしれない。」
「ですね、まずは任務を受けて色々実践してみましょうか。」
俺達は宿屋で一晩を過ごした翌日、再びギルドに向かった。
もちろん、パーティーを組んで任務を受けるためだ。
ーーーーー
「てことで、俺と香でパーティーを組む。手続きをしてくれ。」
俺はギルドの受付嬢にパーティーを作る手続きをしてもらった。
その後、受付嬢は黒いパネルのような物を出した。だが、ステータス表と違ってフチが水色だ。
「この中から受ける任務を選んでください。」
それには任務の内容と難易度、そして報酬が載っていた。
『ダンジョンで鉱石の採集 難易度☆☆☆ 報酬 銀貨10枚
森で薬草とチェイルの実の採集 難易度☆ 報酬 銅貨15枚
未開拓ダンジョンの調査 難易度☆☆☆☆ 報酬 銀貨30枚
食用魔物ビーファーの狩猟 難易度☆☆ 報酬 銅貨30枚
危険ダンジョンの攻略 難易度☆☆☆☆☆ 報酬 金貨5枚』
「この難易度って、具体的にどんな基準で作られてるんだ?」
俺は任務内容を読み終えてからそう受付嬢に質問した。
「星一つは、初心者用の任務です。誰でも簡単に出来るので、そこである程度スキルを身に付けてから難しい任務に取り組む人が多いです。
星二つは戦闘をしたことがない人が、戦闘スキルを習得するための任務です。最低限のスキルがないと、これ以上の難易度の任務は危険ですからね。
星三つからは、戦闘のリスクが生まれます。特に星五つの任務は上級者でも死亡するリスクがあります。もちろん星四つの任務も、中級者程度では達成出来ません。」
「あの、私達はどれぐらいの実力があるのかを知りたいのですが、それを測る物はありますか?」
「もちろんありますよ。ただ、貴方たちは選ばれなかった異世界人でしょう?良くて中級者程度だと思われますが。」
そう言いながら受付嬢は水晶玉を奥から取り出す。
「これに手をかざすと、自分の実力がどれぐらいなのかが表示されます。」
「香、やってみてくれ。」
「分かりました。」
香がそう言って水晶玉に手をかざす。すると、水晶玉には赤い文字で【A】と浮かび上がった。
「まさか、Aランクだったとは。失礼いたしました。
【異界遊撃軍】の基準は厳しいのですね。Aランクは上級者になってすぐってぐらいの強さです。」
「そこそこの強さはあったんですね...でも、選ばれた人達はもっと強いのでしょうか。」
「Sランクはあるでしょうね。ランクはDが一番弱くて、そこからC、B、A、S、SS、SSS、EXと、順番に強くなっていきます。特にEXランクの冒険者は過去に一人しか現れませんでした。その方も現在行方不明なんですけどね...」
「次は俺が行くぞ。」
俺は水晶玉に手をかざす。しかし、水晶玉は黒いモヤがかかってしまい結果が分からなかった。
「あれ...故障ですかね。こんな事今まで無かったんですけど...まぁ、相方さんがAランクですし、星三つの任務までなら受けてもいいんじゃないでしょうか?」
「そうだな、なら『ダンジョンで鉱石の採集』にする。ちなみに武器はどこで買える?」
「お隣の店が武器屋です。そこで購入してみては如何ですか?」
「あ、それと...魔法の使い方!分からないんですよ。でもスキルとしては持ってて...」
香がそう言うと、受付嬢はニコっと笑って、一冊の本を香に手渡した。
「これはほとんどの魔法が載っている本です。読めば使い方が分かるでしょう。お代は結構ですよ。
...皆は貴方たちを笑うでしょう。だけど、私は味方ですよ。いつかはこのギルドの看板冒険者になってくださいね。応援してますよ!」
「ありがとうございます!受付嬢さん!」
「私の名前はクラン=フレイマーよ。つぎ来た時からはクランって呼んでね。」
「分かった、クラン。親切にしてくれてありがとな。」
「いえいえ。」
こうして、俺達の異世界初の任務が始まるのだが、それがきっかけで俺達が数奇な運命に導かれることになるとはその時の俺には”読む”よしも無かった。