第八話
会議が終わってすぐに村に向けて出発…したい所ではあるのだが、俺はその前に一つ実験をするためにとある場所へ来ている。学校の校庭が3,4個ほど収まりそうな広さの地面の周囲を高さ20mほどの壁が囲む。中から見ると四角いサッカースタジアムとでもいうべきこの場所は帝城の地下に存在する練兵場だ。壁の上には観客席が設けられており、イタリアに旅行した際に見学したコロッセオを想起させる。
俺がなぜ練兵場に来ているのかというと、自分の戦闘能力を確認したかったからだ。正確に言うとルーカスのステータスが今の自分に反映されているかどうかが気になったからだな。一応主人公も育成はきちんとしているのだが、元サラリーマンがいきなりモンスターと出くわしたとして戦えるかどうかと聞かれると答えはNOだ。本物のルーカスなら脅威度40のモンスター相手に苦戦はしない筈。基本的に統率力に全振りのステータスではあるが、戦闘力も軍の少将程度には育成したからな。
「陛下、模擬戦の相手は誰にするんで?」
そう問いかけてきたのはオリヴァー。「俺とやりましょう!」オーラが出ているがとりあえず無視しておく。こんな大男と剣を交えたら俺は間違いなくミンチになってしまうだろう。
「私はあまり戦闘が得意ではないからな…お前の軍の少将を一人貸してくれるか?」
「むぅ…でしたらそうですなあ…」
少し悩むそぶりを見せたオリヴァーだったがすぐに顔を上げ、俺の前で跪いている将軍達の中の一人を指名した。
「コーディ、前に出ろ」
「はっ!」
名を呼ばれて出てきたのは高校生くらいの青年。茶髪で赤い瞳の彼は若さもあってか明るく元気そうな雰囲気を感じる。もちろんこの子も俺が創造したNPCのうちの一人だ。各軍の将軍は大将が一人、中将が三人、少将が五人で全軍合わせて将軍職は99人。大将の戦闘スタイルに合わせて中将の育成方針を変えてどの軍もバランスよく編成されている。少将に関してはどの軍も同じように育成した。だって五人もいるからね。ちなみに当然大将、中将、少将は戦闘力と統率力に大きな差がある。
先ほどから出てきている「統率力」とは、動員できる兵力を表す。各将軍戦争時には一人500の兵を統率するのだが、将軍の階級によって兵の強さが異なるのだ。ミリオンネーションズにおいてキャラクターは1から100までレベル分けされており、具体的に挙げると大将はレベル100、中将がレベル95、少将がレベル90といった具合で、それぞれの用いる兵は大将がレベル70、中将がレベル50、少将がレベル30
といった具合だ。同じレベルでも役職によって育成上限値が異なるために一概にレベルがすべてとは言えないが、強さの基準となるのは間違いない。
余計なことを考えてしまったが、前に出てきたコーディは抱拳礼をとったまま直立している。そのコーディをオリヴァーがジロジロ眺めた後に口を開いた。
「陛下、いかがですか?」
「良い人選だ。コーディは確か剣士だったな?」
「はい!まだまだ未熟者ですが、陛下のお相手を精一杯務めさせていただきます!」
「うむ。では早速始めるとしよう」
そう言うとオリヴァーを除く全員が観客席に移動する―――なんか全員ジャンプで観客席に移動したけど気のせいだよな?20mもある壁を軽々飛び越えたのは俺の幻覚だよな?…やっぱり模擬戦やめておけば良かったか?こんな人外集団相手に戦える気がしないんだが…
全員が移動し終わったのを見計らってコーディが俺の正面に立ち、10mほど間合いを取る。
「それでは模擬戦を始めます!陛下、準備はいいですか?」
「待て。一つ大事なことを確認していない。練兵場の不死効果が機能しているかがわから…」
「それならば大丈夫ですぞ陛下!昨日暇だったので軍の面々で模擬戦を行いましたからな!」
「…不死の機能も確かめずに模擬戦を行ったというのか?」
「…大丈夫ですぞ!では両者用意!」
いやいや、何が大丈夫なのか。というかオリヴァー、凄い量の汗出てるけど。…まあいいか、今更何を言っても意味ないだろうしな。
兎も角模擬戦が始まりそうなので腰から剣を抜いて構えてみる。高校の授業で剣道を習った時を思い出してそれっぽく構えているんだが、絶対違う気がする。対するコーディは右手に直剣、右手に丸盾の”いかにも”剣士スタイルだ。模擬戦直前になってドキドキしてきた俺とは違って落ち着いているな。流石に自分の主君相手だし手加減してくれるだろう。俺だって会社の飲み会でカラオケに行ったときには上司より下手くそに歌ったものだ。まあ、気楽にやってみるとしよう。
「……始め!!」
オリヴァーが開始を告げるや否やコーディがものすごい速度で俺との距離を詰めてきた。全然手加減とかしてくれないんだね。これもう俺が反応できる速度超えてるし…ん?いや、意外と視えるぞ?
コーディが振り下ろした剣を俺は軽くいなし、そのまま体をひねって水平に剣を薙ぐ。いつの間にか剣を片手で持っているが一切重心はブレない。コーディは素早く距離をとり、次は盾を構えての突進。流石に打つ手なしか―――と思ったが本能的にスキル『土壁』を発動。コーディとの間に一瞬で高さ5mほどの土の壁が出現した。その隙に俺は距離をとってもう一つスキル『炎球』を土壁に向けて発動する。するとコーディが土壁を飛び越えるのとほぼ同時に土壁が半径3メートルほどの炎の球に包まれた。
今戦っているのは間違いなく俺なのだが、脳内で操作を思い浮かべると体が勝手に反応している感じだ。自分であって自分でない、謎の感覚を味わいながらコーディと戦闘を続ける。ルーカスの戦闘スタイルはオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏といった感じで戦闘系各種ステータスは満遍なく育成した。故にぼちぼち魔法系のスキルを使いながら剣で戦っているのだが、案外悪くないな。
激しくぶつかり合いながら続いた戦闘は、俺の『風弾』に足をとられたコーディの喉元に俺が剣先を突きつけたことで終了した。
「参りました!」
「勝者は陛下!皆の者、大きな拍手を!」
オリヴァーが結果を告げると観客席で見ていた配下達が拍手を送ってくれた。こそばゆいけど、戦いに勝つっていうのは気持ちいいな。俺は向かいで拍手を送るコーディに近づいて肩をたたいた。
「良い戦いだった、コーディ。またいつか相手をしてくれ」
「身に余るお言葉、ありがとうございます!これからより一層研鑽を積んでまいります!」
「うむ。…ところでオリヴァー、一つ頼みがあるのだが」
「なんでしょう?もしや私と模擬戦を…」
「いや、そうではない。私もお前たちの戦いが見てみたくてな」
自分との模擬戦を求められている訳ではないと知ると明らかにテンションが下がったオリヴァー。しかし戦いを見たいという言葉で一瞬で輝きを取り戻した。テンションの上がり下がりがジェットコースター並みだな。
「そういうことでしたか!でしたらば私とイルゼが模擬戦をしましょう。おい、イルゼ!」
「ん…。もぎせん、がんばる」
オリヴァーに呼ばれて観客席から飛び降りてきたのは12,3歳の小さな少女。白いとんがり帽子を被り、ダボダボの白いローブを身に纏っている。地面につきそうなほどの水色の髪と眠たそうな緑の眼。身長も相まってこの場では目立っているが、彼女こそが第二軍大将イルゼ。帝国トップの魔法使いで、戦闘力はオリヴァーとほぼ同等。イルゼをキャラメイクした時は「魔法使いと言えば女の子かなー」くらいの軽い気持ちだったが、現実で見ると非常に申し訳ない気持ちになる。小さな女の子が大男と摸擬戦をするというのはよろしくない気がするな。
「イルゼ、無理はしなくていいぞ?相手を変えてもらうか?」
「…ルーカスさま、わたしをよわいとおもってる?」
「いや、そうではないのだが…」
「まかせて。ぜったいかつ」
「…そうか。頼もしいな」
ダメだ。眠そうな瞳の奥に闘志が漲ってる。これはたぶん俺が何言っても折れてくれない感じだ。諦めた俺は観客席に移って二人の試合を見学することにした。ちなみに俺でも観客席にジャンプで行けてしまった。自分がとんでもない高さ飛んでることに強烈な違和感は感じたが。
「二人とも、準備はいいか?」
「いつでも良いですぞ!」
「ばっちり」
ドデカい大剣を片手て担いでいるオリヴァーとどこから出したのかわからないが身長を超える杖を右手に持つイルゼ。二人がどんな戦闘を繰り広げるのか少し楽しみだな。
「では始め!」
俺の掛け声で始まった二人の戦闘はまさに天変地異。巨大な隕石を降らすイルゼと、それを粉々に砕くオリヴァー。イルゼが繰り出すトンデモ魔法をオリヴァーが叩き切る展開が長く続き、どのように決着がつくのかと考え始めた頃に決着がついた。イルゼが目にも留まらぬ速度で射出した複数の岩の塊のうちの一つをオリヴァーがキャッチ。それを先ほど以上の速さでイルゼめがけてぶん投げた。イルゼはその岩の塊を杖で弾いたが、投げたと同時に距離を詰めたオリヴァーがイルゼに大上段から切りかかり、頭に当たる直前で寸止めした。
「…まけた」
「勝者はオリヴァーだな」
「ハーッハッハ、近接戦闘の訓練が足りんのではないかイルゼ?」
「うるさい。つぎはまけない」
「二人とも素晴らしい摸擬戦だった。お前たちが城を護ってくれるのならば私も安心して出かけられるな。私の留守中を任せたぞ」
「は!お任せください!」
二人の模擬戦を見てコーディとの戦いでついた自信が一気になくなってしまった。まぁそれでもミリオンネーションズの時と特に変わらず戦うことができるっていうことが分かったのは大きな収穫だ。それに護衛にはあのオリヴァーよりも遥かに強いテオドールがついてくれる。テオドールでも勝てないモンスターが存在するならば世界は滅亡するだろうな。兎も角、これで安心して村へ向けて出発できる。少し遅くなってしまったが、村に行くとするか!
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