第六話
ちょうど十分経った頃、エリーシャが自室の前までやってきたのでコーヒーを急いで片付け、部屋を出る。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「時間通りだ、待ってなどいないさ。早速だが宝物庫へ向かうとしよう」
「宝物庫に向かいながら倉庫の在庫と第十軍による探索結果をご報告したいのですがよろしいですか?」
宝物庫は俺の部屋と同じ最上階にあるため歩いて移動する。なんにせよ広いから移動に数分はかかるだろうが。ともかくこれから聞く報告は自分たちの現状を把握する上で非常に重要だ。倉庫の在庫が心許ない場合は食料等必要物資を調達するため速やかに行動する必要がある。また、第十軍の報告によっては防衛システムを整えたり遠い地へ外征する必要が出てくる可能性がある。まぁ、防衛システムは今日中に確認、構築しようと思っているが。これを昨日のうちに片づけなかったのは失敗だったな。
大事な報告を一言一句聞き逃すまいと意気込んで俺は口を開いた。
「まずは倉庫の方から頼む」
「はい。倉庫管理人と補佐官が協力して全ての物資を調査しましたが、今のところ種類・数の両方とも過不足の変化は見当たりませんでした。保存状態も良好です。しかし一点だけ気になることがございまして…」
「と言うと?」
「以前まで食料等は最大数保管しておりましたが、確認したところ上限が無くなっておりました。遠回しな言い方になってしまいましたが詰る所、以前よりも倉庫の容量が格段に増加したと考えられます」
「ふむ…容量が増加したのは嬉しい誤算だな。それ以外に問題点が無いならば倉庫に関しては一旦良いだろう。次に第十軍の偵察結果を聞かせてくれ」
「畏まりました。第十軍大将ワーグナーの報告によりますと、帝城周辺5キロは森に囲まれており、脅威度40程度のモンスターが散見されたとのことです。発見したモンスターは全て既知の種族でしたが以前のように集団で行動している様子は見られず、特殊個体の存在も確認されませんでした」
「特殊個体のいない脅威度40のモンスターが群れずに行動しているだと…?それでは実質的な脅威度はかなり下がる…彼らが見落としたり、モンスターに気取られて隠れられた可能性は?」
「まず有り得ないかと。今回偵察に赴いたのはワーグナーを含む第十軍の将軍職9名。彼らが脅威度40程度のモンスターに気付かれるとは思えません」
「兵士たちは用いなかったのか?」
「彼らに偵察を命じて出立した時点では陛下に兵士の召喚許可を得ていませんでしたので、一旦彼らのみで行動させました」
「なるほど。しかしモンスターの行動は不可解だな。既知の種族であるにもかかわらず生活形態が変化しているというのか?」
「詳しい原因は判りかねますがそのようです。それと南西5キロ地点から『千里眼』を使用したところ、凡そ10キロほど先に村落のようなものが確認できたとの報告もございました。以上の二点が大まかな報告の内容になります」
「ご苦労。報告の内容に関しては詳しく考える必要があるため、後程要職を召集して会議を行おうと思うのだが…」
「畏まりました。各部の管理職を召集致しますので、宝物庫の確認の後会議を開いてはいかがでしょうか?」
「それが良いだろう。人選はエリーシャに一任する」
「はっ、お任せください」
さすがに考えることが多すぎて俺一人では処理しきれないな。エリーシャの報告を聞きながら歩いているとあっという間に宝物庫についてしまった。報告にあった件に関しては後で考えるとして、今は宝物庫のことに集中しよう。
「宝物庫は私以外には開けられないんだったな?」
「左様でございます」
ミリオンネーションズでは宝物庫にアイテムや装備を収納、或いは持ち出す場合一々パスワードを打ち込まなければならないという面倒な仕様であった。その仕様が今の世界に引き継がれているとしたらどのようになっているのだろうか?
宝物庫の入り口は途轍もなく大きく、重厚さを感じる黒い両開きの扉。その扉を試しに押してみるが…
「ふむ…」
びくともしないな。物理的に開けることは不可能なのかもしれない。それならばいつも通りゲーム内の操作を思い描いてみるとしよう。マップを開いて宝物庫をクリックすると、パスワード入力画面が開かれる。面倒なうえに他人に宝物庫の中身を奪われるようなことはなかったため、適当に設定した当時のパスワード「2580」を入力。すると、先ほどはびくともしなかった巨大な扉がひとりでに内側へ音もなく開いた。
扉と同じ大きさで設計されたであろう広い通路を少し歩くと、円形のホールのような空間に到着した。ミリオンネーションズ内での倉庫や宝物庫は所持するアイテム名がイラストとともに箇条書きされているだけだった。しかし俺の目に飛び込んできたのはそれとはまったく違う景色。
「宝物庫に立ち入らせていただいたのは初めてですが、これほどとは…」
エリーシャが思わずといった様子で感想を口にしたが、俺も彼女と全く同じ言葉しか出てこない。
ぐるりと周囲を囲む壁は一定間隔で空間が設けられ、その中には防具立てに装着された数々の装備が飾られている。壁に展示されている装備は壁一周分が三段に分かれており、上に行けば行くほど強力な装備になっているようだ。
入口の反対側には巨大な金庫のような灰色の直方体が二つ設置されていて、入口と巨大金庫(仮)の間には整然と透明なショーケースが並べられている。
「誰かに荒らされた痕跡は見当たらないが軽くチェックするべきだろうな」
「そうですね。宝物庫に収容されているアイテムは把握しているので、私が調査いたします。陛下は暫しの間お休みください」
「何を言う。二人でやったほうが早かろう?私はアイテムを確認する故、エリーシャは装備を確認してくれ」
「いえ、陛下のお手を煩わせるわけには…」
「そんなに畏まるな、私がやりたくてやることだ。それとも私がこのようなことをしては困るか?」
「い、いえ、そのような事は決して…」
「…上に立つものとして配下に仕事を任せることの重要性は理解しているが、これは効率の問題だ。一つの事柄を早く終わらせたほうがその他に時間を多く割けるというもの。時は金なり、と言うだろう?前代未聞の事態に見舞われている今、時間の価値は非常に高いと私は思うがな」
「お言葉の通りです。浅はかな私をお許しください」
「良い。エリーシャが私のことを気遣って発言したことは伝わっている。兎も角、さっさと確認作業を終わらせるとしよう」
「は、畏まりました!」
昨日も思ったけど、エリーシャがすごく俺に畏まるし気を使っているんだよなあ。皇帝と配下っていう立場だから仕方ない事なのかも知れないけれど、強すぎる忠誠心がひしひしと伝わってくるよ。元サラリーマンの俺にいきなり皇帝の役回りはやっぱりキツいな。自分のノルマが終わっていても後輩が終わっていなかったら一緒に残業を手伝うような(所謂お節介)性格の俺的には人が働いているのに自分が何もしないのは凄くムズムズする。
それはさておき俺も自分の作業を始める。アイテムの確認だが、これは全てショーケースの中に入っているのだろう。一つ一つショーケースの中を確認していくと、ミリオンネーションズの序盤から終盤まで集めたレアアイテムたちが所狭しと並べられていた。イラストで見ていたアイテムを現実で見ると綺麗なものもあれば少しグロいものもあるな。
確認作業を進めていく中で一つ疑問に感じたことがある。それは、「このアイテムたちはどうやって自分のインベントリに入れるのか?」ということ。ショーケースはガラス張りで、中身を取り出すための取っ手や扉は見当たらない。お約束の展開を期待して、ショーケースの中にある一つのアイテム「メデューサの邪眼」を想像でクリックしてみる。すると見慣れた黒い長方形が目の前に出現した。左側に宝物庫に収納されているアイテム一覧、右側に自分のインベントリが表示された。クリックした「メデューサの邪眼」が選択状態になっており、自分のインベントリに移動する個数も選択できるようだ。
宝物庫に収納されているアイテムの中には複数所持しているものもあったがショーケースに展示されているのは全種類一つづつだったため疑問に思っていたが、こういうことだったのか。
目の前にあるのは一つだけなのに実際は複数個ある…異世界マジックだな。深く考えるのはやめておこう。
すべてのアイテムの確認が終わった俺は奥にあった二つの巨大な金庫の前まで来たんだが、いったいこれは何だ?
右側の金庫をクリックすると、目の前には先程「メデューサの邪眼」をクリックした時と同じ画面が表示された。中身は外見から予想していた通りのものだ。
そう、通貨。ゲーム内通貨である白金貨、金貨、銀貨、銅貨がそれぞれ999,999,999枚収納されていた。しかしミリオンネーションズの時とは仕様が異なるようだ。そもそもミリオンネーションズではインベントリや宝物庫の中の欄に入るものではなく、常時画面右上に所持数が表示されていた。しかし今試してみるとインベントリの一つの欄に入るのはどれか一種類、それも上限はその他アイテムと同じく99枚のみ。一応インベントリ内で両替はできるようだが(下の階級の硬貨100枚で上の階級の硬貨1枚)、全種類の硬貨を入れるとなるとインベントリ内のアイテム欄を四つ占領してしまう。アイテム欄は20個しかないため通貨を持ち歩くとなるとかなりインベントリを圧迫してしまうな―――まあ、ゲーム内通貨をこの世界で使う機会があるかどうかは不明だが。幸い今の俺のインベントリにはほとんど何も入っていなかったため、それぞれの種類の硬貨を99枚ずつ所持しておく。
左側の金庫の中にはガチャ用素材である虹水晶が収納されていた。こちらも通貨同様インベントリを圧迫するようだ。持ち歩くことはしないでおこう。
丁度すべてのショーケースと二つの金庫の中身を確認し終わったころ、同じく装備の確認を終えたエリーシャが俺の元へ戻ってきた。
「陛下、装備品の確認作業が完了いたしました。全て揃っており、異常はありません」
「そうか、ご苦労だったな…ところでエリーシャ、今インベントリに何か入っているか?」
「いえ、何も入っておりません」
「アイテム欄はいくつある?」
「20個でございます」
「そうか…」
ミリオンネーションズでは配下が小規模な戦争を代行したり、モンスター討伐を行うこともあって配下達が勝利品やモンスター素材を持ち帰ることがあった。この世界ならもしかしてと思ってダメ元でインベントリがある体で話を進めてみたけど、正解だったようだ。プレイヤーと同じようにインベントリを保持している…これは非常にありがたい話だ。配下が荷物持ちになれるのであればインベントリの容量負担がかなり軽減される。
ではここで一つ検証をしてみるか。俺が持っているアイテムを渡したり、エリーシャが持っているアイテムを受け取ったりすることが可能なのか。そもそもインベントリからアイテムを取り出す実験をしていないからそれを兼ねたものになるな。
俺はインベントリを開き、金貨x99を試しにダブルクリックしてみる。すると、俺の身体の右側に直径30cmほどの白い穴のようなものが出現した。恐る恐る中に手を突っ込んでみると、平面の上に置かれたずっしりと重い麻袋のようなものが手にあたるのを感じる。それを掴んで手を引き抜くと白い穴は消えてしまった。口は紐で縛ってあるため中身を確認しようと紐をほどいたら、中には大量の金貨が入っていた。
金貨を観察したいのは山々だが、今はそれが本題ではない。再び口を縛って、金貨の入った麻袋をエリーシャに手渡した。
「これをエリーシャのインベントリの中に入れてくれるか?」
「畏まりました」
そう言ってエリーシャは突如彼女の横に現れた白い穴に慣れた様子で麻袋を入れた。インベントリに関する実験はとりあえず成功といったところか。
「エリーシャ、宝物庫の確認はひとまず完了だ」
「でしたら先ほど仰られたように次は会議にいたしますか?」
「そうだな。皆が集まるまでにどれくらいかかる?」
「すでに全員会議室にて待機しております」
「ならば急いで向かうとするか」
そうして俺とエリーシャは宝物庫から出て、会議室へと向かう。会議室は玉座の間と同じ帝城5階に位置するため、マップを開いて転移。当然エリーシャも転移機能(?)は使えるようだ。
宝物庫の中身を確認するのに要した時間は30分程度。その間に人選を終えてメンバーを召集するエリーシャも凄いし、いつ頃俺が来るかもわからないのに事前に待機する要職たちも凄い。エリーシャの役職は筆頭皇帝補佐官だが、その名の通り仕事ができるなあ。
これからエリーシャと料理人三兄弟以外の配下達と初めて実際に顔を合わせることになる。ミリオンネーションズでは毎日見た配下達だが、いざ会うとなると少し緊張するものだ。しかし本物の配下達はいったいどんな者達なんだろう。
少しの緊張と期待を胸に、俺は会議室の扉を開けた。
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