第五話 三兄弟
目が覚めてゆっくり起き上がると、そこに広がっていたのは見慣れた自分の部屋……ではなく、だだっ広い豪華な部屋。
そうか、今の俺はルーカス=バルトムントだったな。メニューを開いて時刻を確認すると、現在8時13分だった。
起き上がって昨夜と同じ手順で服を脱ぎ、風呂に入って体を軽く洗い流す。風呂から上がり、髪と身体を乾かし部屋に戻って「灰色のバスローブ」から「皇帝の普段着(深紅)」に着替える。腹も減ったことだし、食堂に向かうとするか。マップを開いて帝城3階に位置する食堂に転移する。
扉を開いて中に入ると数百人は同時に食事をとることができる程のテーブルと椅子が用意されていた。円卓があったり向かい合わせの席だったり、カウンターだったりバリエーション豊富だ。しかし、朝食時の時間にも拘らず誰一人として座っていない食堂というのが異彩な雰囲気を放っている。入口の反対側には厨房があるようでそこで注文しようかと思い歩き始めたのだが、厨房の中から三人の人物がものすごい速度でこちらに向かってきた。三人は俺から十歩ほど離れた距離で止まり、一糸乱れぬ動きで跪いた。
「陛下、おはようございます!此度は如何なるご用件でこちらへ?」
口を開いたのは真ん中で跪く、シェフ風の衣装を身にまとう40代頃の丸々とした男性。両脇の二人は真ん中の人物に酷似している。違うのは肥満度合いといったところか。俺から見て左に跪く人物は中央の人物よりやや痩せている。右に跪く人物は二人のちょうど中間といった感じだ。
「おはよう、ブルド。それにベレドとボルド。朝食をとりたいのだが、何か作ってもらえるか?」
「「「おはようございます!陛下にご満足いただけますようなご朝食をご用意させていただきます!」」」
「うむ、楽しみにしているぞ。然程量は要らぬから軽めに用意してくれ」
「「「畏まりました!お好きなお席で少々お待ちくださいませ!」」」
そういって三人はまたものすごいスピードで厨房に戻っていった。めちゃめちゃ速いんだけどあれ何キロだよ?まあいいか、この世界で起こることに一々突っ込んでいてはキリが無い。厨房近くにあるカウンターに座って料理が出てくるのを待つ。
今調理している三人は俺が料理人として創造したブルド、ベレド、ボルドの三兄弟。料理人としてのレベル・スキルは最大まで上げているため、どのように調理するか気になって厨房を覗いたのだが…。
録画した番組を三倍速にしてみる速度よりも早い動きで調理している。あれ、ちゃんと食材に火とか通ってるのか?…そういうものなんだろう。現実を受け入れるしかあるまい。
調理を始めてからわずか30秒ほどで完成したらしく、長男のブルドが食事を運んできた。
「お待たせいたしました!新メニューの極上『龍ハラミサンドイッチ』です!お飲み物は極上の牛乳をご用意しました!」
「ありがとう。とても美味そうだ」
極上の牛乳はゲーム内にあったメニューだ。食材は収穫した土地によってランク付けされる。土地の栄養価が高ければ高いほど食材のランクも高くなり、料理も同じく料理人のレベルや用いるスキルによってランクが変わるのだ。食材と料理のランクは上から極上、最高級、高級、一般、低級の5つに分類される。
ミリオンネーションズの料理は種類が多く、そのどれもが美味しそうだとユーザーから高評価だった。その人気はミリオンネーションズ周年記念展覧会が開催された際、プレイヤーたちからの熱烈な要望によりコンセプトカフェが出店したほどだ。どれだけ望んでも食べることができなかった「本物」を食べることができるというのは感慨深い。
大口でがぶりと、サンドイッチを頬張る。
「美味い……」
「「「ありがとうございます!」」」
三兄弟がそばにいることを忘れて思わず口から感想が零れ出てしまった。柔らかく、ほのかに小麦の風味を感じるパンにジューシーさが詰まっていながらも溶けるように消えて行く龍肉。歯ごたえとみずみずしさから新鮮さが感じ取れる千切りキャベツと厚切りトマト。味付けはステーキソースとポン酢を混ぜ合わせたような、コクがありつつもあっさりしているソースだ。すべての食材が完璧な配分で挟み込まれ、俺の口の中を満たしている。まさしく極上の一品であり、絶品という言葉以外にこのサンドイッチを言い表すことができない。
一口食べた後も数度かぶりつき、のどに詰まりそうになったため牛乳を飲んだのだがこれもまた極上。スーパーで売っている高級牛乳とは比べ物にならない濃厚さとほんのりとした甘さ。昔牧場見学に行った際に搾りたての牛乳を飲んだことがあるのだが、それすらも霞むほど美味だ。
夢中でサンドイッチを食べながら牛乳を流し込んでいるとあっという間に食べ終わってしまった。腹八分程度の絶妙な量加減。この世界に来てから初めての食事だったわけだが、31年間の人生で最も満足感が高い。これは昼食や夕食も楽しみだ。
「昼食や夕食も食べに来る故、腕を振るってくれ。期待しているぞ」
「必ずや御身にご満足いただけるようなお食事をご提供させていただきます!」
「うむ。ではな」
そう言い残して俺は食堂を後にした。今日最初の仕事は宝物庫の確認、次に配下達との会議…謁見?だ。まずはエリーシャに会いたいんだが所在が分からない。この広い城内で人ひとり探すのはかなり骨が折れる作業だ。どうにかして合流したいんだが…。
配下達との連絡手段を確立しなければ今後動いていく中で確実に不便になる。集合時間や場所をあらかじめ決めておけばその通りに待ちわせることは可能だろうが、連絡手段がないと何か緊急事態が発生した際に対処が難しくなってしまう。ミリオンネーションズではNPCとのチャットツールなんてもちろん存在しなかった。NPCの動きを定めたいときには指揮を使うしかなかったのだが――指揮?
指揮は、プレイヤーが打ち込んだ短い文章をAIが解析し、NPCを動かすことのできる機能だった。一応”指揮”であるため、同一陣営内の上位者が部下に対して行使できる(一部例外はある)という設定だった。NPCがNPCを率いて戦争やモンスター討伐戦を行う際(NPC主体であるためプレイヤーが行う戦争や討伐戦と比べて非常に小規模なものだが)、上位NPCが下位NPCを指揮して戦う…らしい。
この世界でも変わらず使用することができるかは不明だが、試してみる価値はある。メニューを開き、指揮を選択。対象者のリストが表示されたので、一番上にいるエリーシャを脳内クリック。するとミリオンネーションズと同じようにキーボードが表示…されることはなく、どこからともなくエリーシャの声が聞こえてきた。
『陛下、お呼びでしょうか?』
これまた不思議な感覚だ。全方向から声が聞こえるような、頭の中で響くような―――いずれにせよ初めての体験ではある。
この世界での指揮はボイスチャット機能のようなものだろうか。今の状況を鑑みるとこの発見は非常に大きいと言えよう。エリーシャと料理人三兄弟を見る限り配下達はゲームと違って自ら考えて行動することができるようだし、会話などを通して俺とコミュニケーションをとれている。複雑な命令をいつでもどこでも配下達に下せるとなるとできることの幅が格段に広がる…んだが。
…またエリーシャを放置してしまった。何か新しい発見があるとすぐ物思いに耽ってしまうところはあまたある改善点のうちの一つだな。
とはいえどうやって彼女に返事をすればよいのだろう?
「返事が遅くなってすまない、エリーシャ」
『…』
うん、声に出しても相手には届かないようだな。独り言にしては声が大きいし、エリーシャの名前を出しているから恥ずかしいが、俺が今いる廊下に誰もいなかったのがせめてもの救いだろう。
『……陛下?』
しかし不味いな。脳内で指揮ページの入力欄を押しても何の反応もない。ならばと思いその横にあるマイクのマークを押してみた。
『この状態で声を出せば良いのか?』
『お出しにならなくても聞こえております、陛下』
慌てて俺は再度音声入力ボタンを押した。
―――焦った。これ、音声入力状態にあるときは考えていることが相手に丸聞こえになるのか。頭の中で相手に言いたいことを思い受かべる、って感じで使えばいいのか。相手の言葉を聞いた後は考え事をしてしまうことが多いからこまめに入力状態を切り替えることを忘れないようにしないといけないな。
『すまない、このように指揮を使うのが不慣れでな』
『…確かに龍王国との決戦が終了するまでは会話のような指揮ではなく何というか…殺伐とした雰囲気の指揮だったと言いますか…それに陛下の雰囲気も以前より…いえ、口が過ぎました。お許しください』
『構わん、楽にしてくれ。別に私はお前たちの態度が砕けたものであろうと気にしない。むしろもっと気楽に接して欲しいのだが…』
『陛下に対してそのように不遜なことはできません…が、ご命令とあらばそうするよう全配下に通達いたします』
『命令ではないのだが…まあ良い。それよりも宝物庫の在庫を確認するために合流したいのだが、今どこにいる?』
『先ほど倉庫の在庫確認が終了したので、その報告を受けに補佐官詰所へ行っておりました』
『それはご苦労。ならば私は自室で待つ故、目処が立ったら来てくれ』
『畏まりました。10分後を目安に参ります』
集合時間と場所が決まったため指揮ページを閉じ、次に自室の前まで転移した。エリーシャが来るまで10分あるなら、部屋の中にあった茶器でコーヒーでも淹れて飲むとしよう。
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