第三十六話 戦争③ ★
【side:ギル=メイナード(オールストン王国伯爵)】
もう戦場には出ないつもりだった。公国との戦争で俺の大切なものーー領民、家臣、姉弟に被害が及ぶことは無い。
しかし突如現れたバルトムント帝国。相手の戦力が未知数である以上、のんびり自領で過ごしている訳にもいかない。万が一王国軍が敗れればすぐに自領に被害が及んでしまう。
戦争というものは本当に下らない…だと言うのに何故他の貴族共はこうまで戦争をしたがるのだ。
仕方の無いことなのだろうか。奴らは戦場での叫びや痛みを知らない。戦争の度にどれだけの人が苦痛に喘いでいるかを知らない。そして犠牲になった者とその家族の事を考えてもいない。要するに戦場に関して無知であるからこうなるのだ。幼い頃から戦場に出ていたからこそ、俺はもう戦争とは如何に悲惨なものかを知っているし、ウンザリしていた。
伯爵となり、護るべき者が増えたからこそ今回は逃げられない。今までであればさっさと降伏するなり戦場に出ないなり出来たが、それをすると他のものに危害が加えられる。
好戦的な貴族共に拍車をかけたのは宰相閣下とラッセル伯爵の失踪。彼らは王国内でも数少ない平和主義者だった。俺も陰ながら支持していたのだが、彼らは突如姿を消してしまった。あの宰相閣下が先代陛下を毒殺などするはずがない。
俺が忠誠を誓っていた王国はどこへやら、今では金と権力に目が眩んだ貴族共の巣窟に成り果ててしまっている。この戦いが終わったら、領民達を連れてどこか平和な所へ身を隠したい所だ。
いかん、戦場で考え事は命取りだ。まずは目の前の相手に集中しなければ…とは言えど、相手は総勢30人強。
哀れなものだ。さしずめ徴兵された村人だろう。バルトムント帝国の皇帝は人でなしか。
それで俺達の相手は…ああ、先程煽り文句を放っていた者か。言っていることが確かなら総大将だな。
相手の総大将はこちらの総大将ーーシーグローヴ公爵とぶつかると思っていたが、なぜ俺達の所へ来たのだ。最低限の下調べは済んでいるということか?
「メイナード伯爵ですね?」
悠然とこちらへ向かって歩いてきている男が口を開いた。相当距離が離れているというのにはっきりと聴こえる……拡声魔法だろうか?
「ああ、お答え頂かなくて結構です。一つだけご提案がありますのでそのままお聞きください」
提案?降伏では無いのか?
「私と貴方、一対一で勝負しませんか?配下の方々を巻き込んでしまうのはこちらとしても避けたいところでして」
何を言い出すかと思えば、一対一だと?俺を知っている上で一体一の提案をしてくるというのは…
「罠、だろうな」
「ヒューゴ…お前もそう思うか」
「ああ。気をつけろ、何かあるぞ」
「何故俺が一対一を受ける前提で話を進めるんだ…」
「一対一を拒否するような奴じゃないだろ、オメーは」
まあそうなんだが…流石に付き合いが長いだけあってよく分かってるな。
中央軍団に上がりたてのときは喧嘩ばかりしていたが、軍団長になる頃には俺の頼れる右腕になっていた。数々の死線を共にくぐりぬけてきたヒューゴも罠だと思うなら間違いないだろう。
最悪何かしらの罠にかかったとしてもヒューゴがいればどうにかなるか。
「総員、待機しておけ。万一の時はヒューゴの指示に従うように」
「「ハッ」」
俺は部隊の元から歩き出す。1分ほど歩いた所でようやく相手は動きを止めた。
「さて、まずは改めて名を聞こう」
「バルトムント帝国第六軍大将、ベネディクトと申します。提案を受け入れてくださった事、感謝申し上げます」
「俺の事は調べがついているんだろう?だと言うのに何故一対一などと巫山戯た提案をしたのだ」
「ならば逆に問いましょう…何故、貴方が勝てると思っているのか」
「それはお前から強者の存在感を感じないからだ。俺は何人もの強者と戦ってきている。その者達はみな強さ相応の存在感を放っていた。だがお前からはそれを感じない」
「なるほど。ではこれならどうでしょう?」
「これ?……ッ!!!」
その瞬間、俺は自分の勘違いに気付いた。こいつが俺に一対一を挑んだのは蛮勇では無く……本当に自信があったからだと。
今まで戦ったどんな強者よりも強者。部下達には待機ではなく撤退をさせるべきだったか!
「そんなに警戒しないでください。まだ始まっていませんよ?」
そう言われて初めて俺は自分の腰に提げたツヴァイハンダーに手を伸ばしていたことに気づいた。
額を一筋の汗が伝う。……不味いな、全く勝てる気がしない。だがここで降伏する訳にはいかないーーこれ程の強者を仲間たちの元へと近付けさせてはダメだ。
「準備はよろしいですか?」
「ああ…いつでもな」
「ならばーー始めましょう」
消えた!?一体どこへ!
瞬間、自分の喉元に向かって剣が伸びてくるような気がした。
急いで後方へ跳ぶと、先程まで俺がいた場所に奴がいた。
なんという速さ。俺が目で追えないほどの…。クッ、出し惜しみしている場合ではないか!
瞬時に《雷鎧硬化》、《雷脈機動》を発動させ、身体能力を大幅に強化する。
更にツヴァイハンダーに《雷撃刃化》を付与。
早めに決着をつけなければ…。魔力消費が激しすぎて負担がデカい。
「なるほど、白の死神…白とは雷の事でしたか」
「まあ…なッ!」
全力で大地を蹴って奴の首筋目掛けてツヴァイハンダーを薙ぐが、右手の剣で防がれる。そして奴は左手の剣で反撃…視えていれば防ぎようは幾らでもある。
「アアアァァァァ!!」
目にも留まらぬ速さで剣戟を繰り広げる。防がれるだろうとは思っていたが、正確に反撃まで繰り出してくるとはな。
チッ、このままやっても埒が明かない…なら!
奴の反撃を防いだところで大きく距離を取り、大技を放つ。
「《雷轟直葬》」
ツヴァイハンダーに魔力を集め、巨大な雷の刃として大上段から振るう。
刃が奴の身体に届こうとしたその瞬間。
「中々良い攻撃ですね…《双環拒絶》」
奴が双剣を円状に描いたその軌道上に白い環が現れ、俺の《雷轟直葬》が消滅した。クソ、こうも簡単に防がれるとは。
あれを使うしかないのか。使えばその後自我を保てるかどうか分からん。だが…仲間達を護る為ならば致し方あるまい!
「《雷帝解放》!!」
全身が燃えるように熱いが、力が漲るのを感じる。《雷帝解放》は全ての能力を限界突破させる。筋力、俊敏性、体力…それら能力だけではなく、魔力すら一時的に人間を超越した量を手に入れることが出来る。
当然、ノーリスクで出来ることではない。これは言わば「魔力の前借り」だ。どの程度の時間発動させるかにもよるが、基本的には10秒で1日分の魔力を消費する。そして消費した魔力はその後、前借りした分使用できなくなってしまう。
それでも、これ程の相手に勝つには使うしかないーーその後のことなど知ったことか。
「素晴らしい。その境地に至るまで、相当な努力をされたことでしょう。私もその覚悟に応えなければいけませんね」
何か喋っているが、それに付き合っている暇は無い。さっさと決着をつけさせてもらおう。
地を蹴り、音速を超えた頃。
「《破壊神の加護》」
片眼鏡の奥、奴の瞳が紅く輝いた次の瞬間、眼前に剣が迫ってきていた。
反射で防御するが、勢いを殺しきれず後方へと飛ばされる。
今の俺は音速を超えている…つまりは奴も同等以上の速さを出しているという事だ。
なんという……!
そこから繰り広げる剣戟は先程を大きく上回っていた。剣と剣がぶつかる度に衝撃波が生まれ、周囲は爆風が吹き荒れている。
どこを狙っても隙がなく、必ず防いで反撃をしてくる。続けるだけこっちが不利…か。
ならばここで仕掛けるしかない。
右手から放たれた突きを上向きに掬うように防ぎ、そのままスキルを発動する。
「終わりだーー《雷禍断頭》!」
ツヴァイハンダーを振り下ろした瞬間、上空から幾筋もの稲妻が降り注ぐ。この距離とタイミング、防御は出来まい。
だと言うのに何故…何故笑っている!?
「…ブラ……ク…」
何かしらのスキルを発動しようとしたようだが、俺の方が速い。ついに奴を捉え、首を切断。更にそこへ稲妻が追撃する。
「ハァ、ハァ…」
そこでやっと全てのスキルを解除。やはり負担が大きすぎたか…今にも倒れそうだ。
ひとまず相手の総大将は倒した。後は他の者達に任せて休ませてもらお……
「素晴らしい一撃でした。少し危なかったですよ」
「なッ……!!?馬鹿な、何故…」
そんな訳は無い!確かに首を切ったはずだ!そこに遺体が…ッ!?
「剣……!?」
「《絶影残剣》。貴方が切ったのは私の剣ですよ。まあ、剣も切断されてはいませんが」
「そんな……」
「貴方は十分戦いました。元々のレベルは85,6と言ったところ……しかし一時はその限界を突破して92,3にまでなっていました。魔力の前借りとは言えど、常人には成し得ない離れ業です」
「…スキルもお見通し、か」
「そう落ち込まないでください。我々は貴方の事を高く評価しております」
「…なら、俺の命だけでどうにか勘弁してくれないか。俺の部下と領民には手を出さないでくれ……最期の願いだ!」
「そういう訳にはいきません。私にも与えられた任務がありますので」
皆、すまない。俺がもっと強ければ……。
「そこで本題に入りましょう」
「……本題?」
どういう事だ。この期に及んで俺と話をしようと言うのか?……まさか、非道な命令でもするつもりか。こいつはそんな風に見えないが、背後にいる皇帝が苛烈であれば何を言い出してもおかしくない。
あの人数で戦争を挑んでくるくらいだ、相当イカれた皇帝だろう。まさか、身内を殺せとか…。
「ええ。貴方…我が国に来ませんか?」
「断る!それならばここで殺せ!」
勧誘だったか……だが断るに決まっているだろう。部下を、領民を、姉弟を置き去りにして自分だけのうのうと生き延びるなど考えられない。
「そう仰ると思いました。私が何を言っても無意味でしょうから、説得は任せますよ」
誰に向かって話しかけているんだ。そう思って振り返ると、そこに立っていたのは…
「宰相閣下!?ご無事でしたか!」
「メイナード伯爵。久しぶりですね」
「何故貴方がそこに…まさか、捕虜となっていたのですか!」
「今の私は捕虜でも宰相でもなく、バルトムント帝国東方参謀長です」
「それは…どういう…」
「私の言葉が何を意味するか…貴方なら分かる筈です」
「そんな、何故です!貴方は誰よりも王国を愛していらっしゃったではありませんか!それがどうして…ッ!!」
俺の言葉に宰相閣下は俯く。
「…確かに王国を愛していました。しかし、今の王国はどうですか。もう救いようがない…貴方も感じている筈です」
「そ、れは……」
次は俺が俯く番になった。確かに宰相閣下の言う通りで、近年の王国は腐りきってしまっている。そこにかつての輝いていた姿は無い。
「内部から王国を変えるのはもう不可能です。1度壊して建て直すしか方法はありません。バルトムント帝国ーー皇帝陛下であれば、平和な世界を実現できると確信しています」
「宰相閣下がそこまで仰るとは…」
「補足しておきますが、陛下はメイナード伯爵の要望を可能な限り叶えると仰っています。ですので、部下及び領民の安全確保と帝都への移住作業は全て支援しましょう」
「私が王国を離反するならば、ですか」
「そうです。そしてメイナード伯爵の姉君が長年患っている病も治せるそうです」
「そんな馬鹿な!王国中、どの医者でも治すことが出来なかったんですよ!」
「我々の医療技術は王国よりも格段に上です。まあ、信じるか否かは貴方次第ですが」
「これは本当ですか、宰相閣下?」
「私は実際に治療を行っているところをまだ見ていないのでわかりません。ですが、一つだけ言えるのは…王国よりも遥かに進歩している国だということです」
どうしたものか…とはいえ、ほぼ結論は出ている。王国に固執する必要は全くないし、より強い国の庇護下に入れるならむしろ移住するべきだろう。
部下と領民の安全が確保され、姉は回復するかもしれない。それが本当ならば迷う理由は無いな。
「……分かりました。そこまでしていただけるのであれば、そちらへ参りましょう」
これ程の強者と宰相閣下が慕う皇帝とは、一体どんな人物なのか……。
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