第1話 帰宅
「いま帰った。」
屋敷の玄関で黒いマントを脱ぎながら、青年は目の前の女性にそう告げた。
アッシュグレーの髪と琥珀色の瞳。そして、纏う服は一流の知識人『学術師』のみに許される制服。
彼の名はレオンハルト・フォーゲル。
ここ、カーライル帝国の帝都、リヒテンベルクにおいても名高い学術師にして、魔導士と呼ばれる者の一人だ。
「おかえり。今日も遅かったね。」
返答する女性はミナト・ライドウ。
牡牛の角とノースリーブのシャツ、ブレイクジーンズをラフに着こなす彼女もまた、一流の傭兵。
その膂力は並大抵のものではなく、上半身を覆うほどの刃を持つ鋼鉄製の大斧を好んで使うのだから、その怪力は推して知るべしだろう。
「どうした? ずいぶん心配そうだが?」
レオンハルトが表情を曇らせているミナトを見て、静かに尋ねる。
その言葉に、ミナトが心細そうに答えてきた。
「だって、公務に復帰してから連日連夜、残業ばかりじゃない。
まだ本調子ってわけじゃないんでしょう?
少しは体を労わらないと、また別の形で入院だよ?」
心底心配そうな声を背中に聞きながら、レオンハルトは寝室へ向かう。
ミナトもまた、そんな彼の背中を追い、寝室へと入っていく。
「体調に気を付けなければならないのは同意する。
だが、今は無茶をしなければならんのさ。」
制服の詰襟のホックを、続いてボタンを一つずつ外しながら、レオンハルトはミナトへ諭すように語りかける。
「知っての通り、遺跡工学は今が一番重要な時だ。
いくら陛下から御赦免のお言葉を頂いたとしても、ここで失策を見せれば、一気に不利な立場へ追いやられるのは間違いない。
そのためにも、最低限味方にできそうな諸学部と取引をし、同時に遺跡工学部全体の方針を確固たるものにしなければならん。
俺は遺跡工学部の学部長なんだからな。」
そういうと、レオンハルトは制服の上着をハンガーにかけ、ミナトに微笑みを向ける。
「ところで今夜の夜食はなんだ?
エネルギーを使い果たしてるんでな。美味いものをたらふく食いたい気分なんだよ。」