第一章 第十二幕
■■ 第十二幕 理非曲直 ■■
ガストルディ伯爵の居城は港湾都市ポルトフィオを見下ろす丘の上にある。士官学校は城の外周に近い一角に設けられており、その一室に集められた者達の前に4名の教官が立っていた。若い者は健太と同年代の者もいれば三十路と思しき者まで20名程度が、教官達の前に整列している。
「いいか、お前ら。」身体中に多くの傷痕の残る壮年の教官が野太い声を上げる。「参謀てのはなあ、場合によっちゃ数千数万の兵の生き死にに関わるんだ。矢が降り注ぎ槍と剣が四方から突き立てられる最前線で戦いたくないなんてぇ臆病な理由で参謀を志願するモンがいる。そんなカスみてえな野郎でも、才能がありゃあ登用もされよう。だがな、用兵の才が無いと判断したヤツぁ容赦なく歩兵の最前列にブチ込んでやるからな!」
身を固くする者、拳を握りしめる者が周囲に見える。正直なところ、健太もまたその臆病者のひとりである。だが彼らと決定的に違うのは、この国の民ではないというところであった。参謀になれなかったので士官学校を辞めるとなれば、当然周囲の目もある。この国で生きる者にとっては、卑怯者のそしりを受けて居場所をなくすだろう。しかし健太としては参謀になれなかったとしても、最悪のところ拓也に謝罪して旅に同行するという選択肢もある。つくづく卑怯な思考だということは理解しているが、生きるためならば外聞を捨てることを躊躇う必要があるだろうか。
健太は今、士官学校の戦術演習に参加している。先日ファーゴ少将らから聞いたとおり、参謀候補については随時希望者を受け入れている。その試験のひとつとして課されたのが、今回の戦術演習である。士官学校の生徒にとっても、ここで不甲斐ない結果を残すことはできない。真剣な面持ちで指定された卓に座る。
一度に全員は対戦できないため4組8名ずつ演習に臨み、各テーブルに教官がつく。まずランダムな地形図が選択され、これが盤面となる。それぞれ初期位置に兵が配置される。兵種ごとの特性があり、機動力については騎兵が4で歩兵が2、弓兵と魔法兵は1となる。射程は騎兵と歩兵は短弓で5、または接触しての攻撃であり、弓兵と魔法兵は10の射程を持つ。攻撃能力として弓は共通で1、接触戦闘の場合は騎兵は3で歩兵は1、魔法兵は1だが4の範囲攻撃となる。機動力や射程の異なるこれらの兵を動かして連携して戦わなければならない。
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各卓の戦況を見るに、生徒達はこのような演習に慣れているようで定石があるようだ。相手の騎兵を歩兵で足止めし、その隙に自軍の騎兵で相手の遠距離攻撃ユニットを崩していく。高台などの攻め込まれにくい位置に配置された弓兵や魔法兵は高度によって射程も伸び、自軍を援護して効果的に働く。平地に配置してしまえば騎兵の餌食となりやすい。卓によっては高地の取り合いに終始して陣形が大きく乱れているところもある。
将棋やチェスなんかとは随分違うな、と健太は思った。駒ひとつずつを動かすのではなく、各ユニットを決められた制限時間内で同時に動かす。部隊の展開なども考慮しながら有利な戦況に誘導しなければならない。
「これは、やれそうかな…。」そう思った。戦術シミュレーションゲームと同じようなものだ。見ている限り優位に進めている生徒側の動きも、相手なりに動いているようだ。いかに遊兵をつくらずに効果的に戦うか、それができているような動きではなかった。
指定のターン数に達し、対局が終了する。終了時点での各部隊配置やキルデス比から、教官が勝敗を判定する。うなだれて退席する者や、意気揚々と勝ち誇る生徒などが卓を離れる。
次の対戦も各卓の様子を観戦し、いよいよ健太の番が回ってきた。選択された盤面は川によって両断された地形だった。相手側を北と見るならば北西から南東に川が平地を流れている。北西部の川の西岸と東部中央は険しい山となっており、広い平野は北東と南西にある。川を渡る間は機動力が落ちるため、どちらが攻め込むかという地形だ。相手の様子をみると、余裕ありげな表情を浮かべて初期配置にセットしている。速攻をかけてきそうだな、と健太は予想した。
対局が始まると、やはり騎兵を突出させてきた。こちらが陣形を考える暇を与えずに橋頭保を確保しようという魂胆だろう。ならばと弓兵と魔法兵を北上させ北西部の山の南に進軍し、南東の川沿いに歩兵を配置する。川を射程に捉えた遠距離攻撃部隊が左翼となり、川沿い中央に歩兵、騎兵が右翼に展開する。無防備に左翼を形成する遠距離攻撃部隊めがけて騎兵が渡河を開始する。遠距離攻撃部隊と歩兵の短弓による攻撃を受けながらも、後続の部隊を待たずに進軍してくる。川を渡り切ってしまえば騎兵の機動力で弓兵と魔法兵を打ち崩せる、との目算だろう。さらに相手の歩兵が川を渡り始める。騎兵の進路よりも南側からの渡河だ。なるほど、進軍してくる相手騎兵の前面にこちらの歩兵を展開することを予想しているのだろう。そうなれば当然、空隙を埋める形で右翼の騎兵を北上させることになる。そこに歩兵をぶつけて川岸に固定しておいて、対岸から遠距離攻撃ユニットで損害を与えようということか。けれどその作戦も、読めている。相手騎兵に攻撃しつつ弓兵と魔法兵を南下させ、同時に歩兵は北上せず西に展開する。東西方向に展開する歩兵の南側に遠距離攻撃部隊が回り込む。弓兵と魔法兵の前面に歩兵が展開した陣形の正面に相手騎兵が川を渡り切る形に転じる。相手の目に焦りの色が見え始める。このまま歩兵を渡河させて健太の歩兵側面を攻撃しようとすれば、後方の騎兵からの攻撃を受ける。なにより川岸での部隊展開が無い時点で、川を渡っていない遠距離攻撃部隊の射程から外れる。歩兵の進路を北に移し騎兵と合流させる、迷いながらもそのような選択をしたらしい。渡河地点に部隊を集結させて、陣形を整えようとする。だが判断が遅かった。相手歩兵の進路変更と共に健太は騎兵に川を進軍させる。北側に進路を取った相手歩兵に矢を放ちつつ、北東の対岸へ進む。そこには進軍速度の遅い相手の弓兵と魔法兵が取り残されているのだ。北へ逃げようにも川を渡らせようにも、騎兵の機動力からは逃れられない。南西では既に大きな損失を受けている相手の騎兵に歩兵が合流したところで、こちらの歩兵と遠距離攻撃部隊とで対応できる。川の向こう岸では護衛のいない弓兵と魔法兵が、こちらの騎兵に追い回されている。そんな戦況で対局は終了した。
勝敗は明らかだった。敵の遠距離攻撃ユニットの撃破に固執して部隊の連動を欠き、弓兵と魔法兵を完全に遊兵としてしまったのが相手の敗因だろう。顔を紅潮させた相手が席を立つ。ああ、そういえばコイツの名前って何だっけ、と健太は今更ながらに思った。
「君が相手の立場だったら、君のその陣形に対してどう攻め込む?」担当教官が聞いてきた。
「え?そりゃ、先に川を渡り始めた方が不利だから、攻め込まないですよ。」との健太の答えに教官は苦笑しながら改めて質問する。「攻め込まざるを得ない状況、例えばその先に援軍を待っている軍がいるとかだったら、どうかね?」
一寸考えて健太は答える。「そうですね、いったん北上して部隊を集結させます。それで相手が川を渡ってきたら、そこを叩きます。」
その回答に教官は追加で質問する。「渡ってこなかったら?」
「だったら、北の方から川を渡って、山に登りますかね。時間はかかるでしょうが、先に登り始めればより高い位置から相手を攻撃できますからね。」健太は答える。
「では、相手が後背にまわって登ってきたらどうするね?」と教官は尋ねる。
「全速前進で逃げます。」あっけらかんと言う健太に教官は質す。「敵をそのままに逃げると言うのかね?」
健太は答える。「援軍待ちの軍がその先にいるっていう前提なら、そうですね。状況にも依りますが目の前の敵を倒すことよりも、友軍と合流することの方が戦略的に優先されるでしょうから。」
「ふむ、よろしい。」健太の回答は教官を満足させたようだった。
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種々千万の品が並ぶマーケットの通りを、拓也とエリスは歩いていた。旅に必要な品は二虎商店で取り寄せてくれるとのことで、暇を持て余して街をぶらついていたのだ。パン屋や菓子屋で買った品を小脇に抱えたエリスは満足げである。
「そんなに食って、太っちゃわないのか?」満面の笑みでボンボローニ(クリーム入りドーナツ)を頬張るエリスに拓也は言った。
「女性にそういうこと言うの、マナー違反ですよ。」エメラルドの瞳を真っすぐに向けながら、エリスは抗議する。
そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、暴れるような音が路地裏から聞こえてきた。10人弱の人々が路地の入口から奥を見ている隙間から覗いてみると、ふたりの屈強な兵士がひとりのみすぼらしい成りの幼い少女の腕を掴んでいた。
「なあ、嬢ちゃんよぉ。大人しくついてきなよ。ヒデェこたあしねぇからよぉ。」「ハハッ、そういうコトもやってたんだろ?前のご主人様とよぉ。」掴まれた腕を振り払おうとする少女に下卑た口調で兵士達が言う。
「おい!何やってんだよ!」人だかりを掻き分けて拓也が路地に入ろうとする。「おいおい!やめとけって!」路地の入口で様子をうかがっていた男が拓也を制止する。「軍のヤツに手出ししたらロクなことにならねーって!」
「ふっ…ざ…ッ…」見ているだけで何もしない連中に、言葉にならない怒声を口から漏らしつつ男を押しのけて拓也は路地に入っていく。
「その手を放しやがれ!」拓也から投げかけられた言葉に反応して、ふたりの兵士は怪訝な顔を向ける。
「んだぁ!?ゴラァ!?」怒りの感情を乗せた声を吐きつける兵士を、もうひとりがなだめつつ拓也に言う。「おいおい、少年。何をいきり立ってんだい?我々はこの身元不明の奴隷の少女を保護して、身元調査の後に帰るべき場所へ連れて行こうとしているだけだよ?」白々しい笑みを浮かべながら両手を広げて見せる。
「っざけんな!そんなわかりきった嘘で!さっさとその子を放せ!」感情を露わに拓也は言い放つ。
「ふむ、君は何かを勘違いしているようだね。それで、我々の公務を妨害しようというのかい?」相変わらずへらへらとした表情で言う兵士の顔つきが、鋭く変わる。「身の程も知らんクソボケが!己が愚かさもわからんのか!!」言いつつ腰の剣を抜く。
咄嗟に拓也は左半身の構えを取りつつ、腰のダガーに手をかける。正直、マズイと思った。相手は訓練された兵士2名である。冒険者ランドルフォや自己流格闘術のシロッコにも、まだ勝てないのだ。相手は既に剣を抜いている。不意打ちもできない。冷静さを欠いていた、そう思った。狭い路地で正面に兵士2名、後ろは人だかりで逃げ場もない。そもそも逃げたら、あの少女はどうなる?この狭さでは相手は剣を大きく振るうことはできないが、それゆえ突きで攻撃してくるだろう。武器のリーチに大きな差がある。じりじりと相手が距離を詰めてくる。左右にステップを踏むこともできない。剣の前に飛び込むのはリスクが大きすぎる。足元を狙っても剣を振り下ろされれば終わりだ。勝ち筋が見えてこない。
「剣を収めなさい!」凛とした声が後ろから響く。拓也は兵士の動きから目をそらさず、振り返らなかった。それが聞きなれた声だったのもある。
「あ゛あ゛!?テメーも俺らに逆らうってのか!?」兵士が拓也の後ろに向けて言う。隙ができた。が、今飛び込んだとしてもひとりは倒せるだろうが、その後ろで少女の腕を握っている兵士まで倒すのは難しい。そう考えている間に、後ろの声の主は拓也の横に来て並び立った。
「今すぐ剣を収めてこの場を去るなら、今回の件は不問といたします。あくまでもご自身の主張を通そうとなさるなら、わたくしエリザベーテ=エリシウムキーパー・オブ・ハイランドの名に於いてガストルディ伯爵領国に対し両名の婦女暴行未遂容疑について正式に告訴を行ないます!」兵士を指差すその指先には、先ほど食べていたボンボローニの油と砂糖がついていた。
「んなッ!?なんでこんな…い、いや…誤解ですって…そう、俺らは、その…」明らかな動揺を見せる兵士に対し、追撃の言葉が飛ぶ。「去るか、抗うか!いずれか選択なさい!」
切れ切れの言い訳を並べつつ、男達は剣を鞘に収めて走るようにその場を去っていった。その場に残された幼い少女に、エリスは優しく寄り添う。「どこか、怪我はありませんか?」
泣き顔で何かを言おうとしているが、声にならないのか嗚咽を漏らす。エリスはそんな少女を優しく抱いてなだめつつ、傷がないか身体の様子を確認する。戦闘にならなくて良かった、と安堵していた健太の後ろから男の声がする。
「やあ、ご両人。たいした義侠劇でございました。」振り向くと、集まった群衆を抜けてきたひとりの若い男が拍手をしていた。見覚えのある顔だ。
「スコッツォーリさん、お久しぶりです。」エリスが男に言う。ああ、最初の集落で会った旅商人だ。「おお!覚えていただけており光栄でございます。」舞台俳優のような身振りでスコッツォーリは言う。
「先日はありがとうございました。その、ところで、この子の身元をご存じではないでしょうか?」エリスは聞いた。「ふむ…」スコッツォーリは少女に近づいたが、相手が怯える様子を見せたため少し離れた位置で立ち止まった。「肩口の奴隷の烙印…それに、その顔は…うむ…覚えがありますな。たしか安寧の家の娘さんではありませんかね?」
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会った人の顔は一度で覚える、というのが商人としての重要な技能らしい。スコッツォーリの案内で安寧の家へと向かう。エリスが買っていた菓子を与えたことで、少女はやや落ち着きを取り戻した様子だ。
「なあエリス、さっき言ってた名前って…」との拓也の質問に、エリスが答える。「私の名前です。長いでしょう?エリスというのは愛称です。」
「なんかさっき、明らかにその名前聞いてアイツら慌ててたようだったけど…?」拓也は尋ねる。「そうですね。エルフの一族、エレメースラントは帝国と国交を持っていますから、外交のある相手とのいざこざを避けたかったのでしょう。」エリスは少女の頭を撫でながら言った。その視線は若き商人の方を向いていた。
「ふむ、なるほど…」スコッツォーリはひとり頷いた。「さて、そちらが件の孤児院、安寧の家です。」
街のはずれにあるその家はお世辞にも綺麗とは言い難いが、古いなりに手入れの行き届いた民家といった感じだった。灌木に囲まれた庭では、ふたりの女性の周りに幼い子ども達が群がっていた。そのうちのひとりの女性がこちらに気づき、駆け寄ってくる。と同時に連れてきた少女もまた、その女性めがけて走り出して飛びついた。
「おいダリラ!どこ行ってたんだよ?心配したんだぞ?」少女を抱きとめたのはシロッコだった。
なんでシロッコが?と疑問を抱いていると、他の子ども達が集まってきた。「ズルイぞ!シロッコねーちゃんひとりじめすんなよー!」口々に騒ぎ出して賑やかしくなった。「あぁ!もうお前ら!ちょっと待ってろ!」シロッコが子ども達をなだめつつ「お前らが連れてきてくれたのか?」と拓也達に言う。
「シロッコさんのお知り合いなのですか?」もうひとりの女性が挨拶してくる。「初めまして。安寧の家の院母、アニータ=ルッソと申します。」
ひとしきりの感謝の言葉を述べたアニータが子ども達を引き連れて庭で遊ばせ、漸くシロッコと話ができるようになった。事の経緯を聞いてシロッコは怒りがこみ上げているようだ。重い空気にならないように話題を逸らそうと思い、拓也は言った。「子ども達に随分と好かれてるみたいだな。」
離れたところで遊ぶ子ども達に目を向けながらシロッコは言う。「この孤児院、二虎商店が出資して開いたんだ。表向き、経営には関わってないことになってんだけどな。院母アニータひとりで大変だから、たまに遊び相手になってやってんだ。」ため息をつきながら続ける。「あの子、ダリラって言うんだけどな、元は旅芸人一座が連れてた奴隷だったんだ。」
旅芸人、というのはまっとうな人間はあまりいないらしい。罪を犯して地元に居られなくなった者、政治的に追われた者、主人の下から逃げ出した奴隷など、各地を転々として定住の難しい者達が少なからずいる。旅芸人集団によっては日中に金のありそうな家の目星を付けておき、夜に舞台を開いて見に来た町の人々が家を空けた隙に盗みに入って翌朝にはその町を出てしまっているということもあるらしい。また、売春というのも彼らの重要な収入源である。
「あの子はな、まだあんな幼いのに…今よりももっと幼いころから、そんなコトさせられてたんだ…。」シロッコの握った拳に力が入る。「そんで、変態クソ野郎に…シてる時に首を絞められて、喉が潰れて…それで喋れなくなっちまったんだ…。」ヘーゼルブラウンの瞳には涙が滲んでいる。「そんな…クソみてぇなコトを、へらへらと喋るような連中が、あの子のいた旅芸人の一座だった。」空を仰ぎ見た。「だから、殺した。」向けられたその視線は、鋭かった。「全員な。町を出て街道を進んでるところを襲った。あの子にはそんなトコ見せたくなかったから、すぐに連れ出した。」目を閉じて、静かに語る。「…怖がってもなかったよ、あの子、そん時。心が…壊れてたんだろうな…。」子ども達の遊んでいるほうを見つめる。「半年くらいかかったよ。あの子が自分の感情取り戻すのに…。」
拓也に向き直って、シロッコは言う。「人を殺すコトが悪いコトだって、そりゃわかってるよ。」真っすぐに拓也の目を見る。「それでもな、そうでもしなきゃ、マトモに生きてくことすらできない人間ってのはいるんだ。人として失っちゃいけないものを守ることさえ許してもらえない人間ってのがいるんだ。」一歩踏み出して、拓也の瞳を見上げる。「殺すのは悪いコトだって、お前が言ってもな、アタシは、必要なら殺す。アタシの考えを押し付けるつもりはないケド、お前が殺すなって言っても、アタシはそれを受け入れない。」
この場面で目線を逸らすのは負けを認めることだと、拓也にはわかっていた。けれど、シロッコの真剣な視線から目を逸らした。「俺の生きてた世界では…いや、あの世界でもそんな人生送ってるひとはいたのかもしれないけど、少なくとも俺の生きてた国、俺に見えていた世界では、そんなのは無かった。当たり前に飯が食えて、当たり前に友達と遊んで、当たり前に明日が来るって。」逸らした目線を改めてシロッコに向ける。「そんな世界で生きてきた俺が、お前にどうこう言うなんて、できないよ…」
安寧の家の庭から、シロッコを呼んでいる子ども達の声が聞こえる。