蝉丸のうわさ
この物語は「夏のホラー2024」参加作品です。
皆様も“都市伝説”という物をいくつかをご存知なのでは思うのだが、これから私がご紹介する噂を耳にしても……決して“それ”に手を出してはいけない!!
もちろん!
「そんなバカな事を!!」と貴女は一笑に付されるに違いないが……奈落への落とし穴とは得てしてそう言うものである。
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ある女が居た。
たいそうな醜女で男女問わず相手にされず……合コンの“人数合わせの安全牌”として声を掛けられる事すらなかった。
彼女自身もそんな自分の容姿を否が応でも認識させられているから、恋人を持つ事は無いけれど……人を好きになる心までは止められなかった。
そんな彼女がのめり込んだのが“推し活”だった。
ただ彼女の場合はかなり度を越してしまって、イベント会場で他のファンとトラブルになり、挙句の果てに“推し”からも『醜女の深情け』と言われてしまった。
「分かってはいたけれど、もう生きてる価値が無い、死ぬしかない……」
泣きながらウォーターフロントのイベント会場を飛び出し、広い駐車場を突っ切ってやみくもに走り続けていると、アスファルトの切れた先はバブル時代に開発され、途上で放置されたままの荒れ地で……草ぼうぼうなだけではなく、生え伸び放題になった木々がそこそこの高さになっている。
もう宵闇が迫っていると言うのに、夏の強い日差しに晒され続けた砂利混じりの地面からは熱気が立ち昇り、肩で息をする彼女をジリジリと焼いていく。
もう立っていられなくなって崩れてしまった時、微かに蝉の声を聴き彼女の目から更に涙が溢れる。
「バカみたい」
思わず洩れ出た言葉に
『そう、バカね』と応える者が居る。
“女”が驚いて振り返るとトレゾァ オー ドゥ パルファンが薫りショッキングピンクの羽扇子に頬を撫でられた。
「立ちなさい!人に跪くのではなく人を跪かせるの!!」
彼女を見下ろしているのはワンレンに赤いボディコンを纏ったまさしく“お立ち台の女王”と言う感じの黒髪の美女で……その“女王様”が“女”の目の前に羽扇子を突きつける。
見るとその扇子の上を1匹の蝉の幼虫が蠢いている。
「この“蝉丸”は今宵羽化するもの。これを飲み込めばあなたは直ちに生まれ変わる事ができる! さあ!飲みなさい!」
“女”は悲鳴を上げて後ずさったが引き摺ったスカートを“女王様”のヒールにピン留めされる。
「死ぬしかないと言ったはず!死ぬ気で飲め!!」
取り押さえられた上でペシャンコな鼻を“女王様”のネイルで摘ままれ、息苦しくて開いた口の中に幼虫が放り込まれる。
無理やり“蝉丸”を飲み込まされた女は穴と言う穴から血が噴き出て、苦しみのあまりのたうち回る。
しかし“女王様”は平然と腕に付けたプルミエールの針に目をやる。
「あと5分と言うところね」
ひとしきりのたうち回った後、動かなくなった“女”の体は急激膨らみ、ピシッ!と背中が割れた。
そして『ヴィーナスの誕生』の画の様に真っ白な肌とプラチナ色の髪を持つ絶世の美女が起き上って来た。
“女王様”は満足げに頷き、新たに生まれた“女”に声を掛ける。
「私の様に黒髪と黒い瞳を望むなら朝日をしばらく浴びなさい。エメラルドの瞳とプラチナブロンドを望むなら一昼夜このバブルバスの中に居るがよい!」
“女王様”が指し示した先にはゴールドやプラチナの太い喜平チェーンやバカみたいに盛ったダイヤモンドのリングが溢れかえっている純金のバスタブがあり、“女”は歩み寄ってバスタブの中へ真っ白いつま先を挿し入れた。
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資産とエメラルドの瞳とプラチナブロンドの髪を持つ絶世の美女となった“女”はどこへ行っても傅かれる立場となった。
にも関わらず食するのはサラダかジュースばかりなのは、あの“女王様”が別れ際に残した「決して動物の血を飲むな!大変な事になる!」との言葉を遵守しているからだ。
そうやって気を付けていたのだが“女”は男を傅かせる事に飽き足らず“恋”に落ちてしまった。
そして恋する男との初めてのキスの味は、その男の血の味で……それ以来、“女”は男を喰らうクリーチャーと化した。
もう、男以外はカラダが受け付けず、生きる為の食料を得る為に、“女”は日夜、大輪の花を咲かせ続ける。
それこそが!
羽化する事無くゴミや瓦礫の下に埋められた蝉達とバブルに咲き手折られた女達の怨念である事は……
意外に知られてはいない。
終わり
またまた黒い感じでございます(^^;)
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