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パンドラの記憶【鏡】


 不思議な感覚に襲われた。これはまるで、わたしの物語だ。


 わたしの祖母は、三年前の九月にこの世を去った。亡くなる一か月くらい前、入院先の病院へ面会に行ったとき、祖母がベッドで苦しそうにしていたのを昨日のことのように覚えている。

 祖母はとても苦労した人だったから、どうか安らかにと思っていたのだけれど、最期を迎えようとしているそのときまでも苦しいものなのだと知ったあの瞬間は、命あるこの時間を大切にしなければと強く思ったものだった。


 娘からもらった栞を本にはさんでバッグにしまうと、手帳を取り出し、今週のページを開いた。今日の日付の欄には、すでに深海の羽衣と書いてある。わたしはそこに『わたしによく似た女性の物語』と書き足した。


「そろそろ、夕飯のしたくをしなくちゃね。続きは、夕飯のあとに読みましょう。」


 なんだかワクワクしている。夕食後が楽しみでしかたがない。


「今日は、あの子の好きなカレーにしましょう。」


 弾むように冷蔵庫から材料を取り出すと、鼻歌を歌いながら玉ねぎを切った。


 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼


 夕食後、娘はアールグレイを手にして書斎に戻った。いつもなら、新しい物語について話してくれるのに、今回は、楽しみにしててね、とだけ言って、何も話してくれない。いつもと違うのは、それだけではなかった。娘の気迫もいつも以上。まるで、身を削って(はた)を織る、夕鶴の()()のようだ。

 心配していない、なんて言えば嘘になる。でも、今のわたしには娘を応援することしかできないことを、十分に理解しているつもりだ。


「……あとで、味噌おにぎりでも持って行ってあげましょう。」


 わたしは、娘の書斎があるあたりを見上げた。そして、大きめのマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れてお湯を注ぐと、バッグから本を取り出した。


 まるで鏡のような本ね、とつぶやいて、深海の羽衣の続きを読み始めた。


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