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海の羽衣〖記憶の箱〗


 誰もいないプラットホーム。カモメと海風の声を聞きながら、静寂を取り戻した線路をぼんやり眺めた。


 どうして、ここに来てしまったのだろう。家にいれば楽だったかもしれないのに。今なら次の列車で帰れる。これまで通りの日々を送ることができる……。


 ──いいえ、これでは、ただ逃げているだけだわ。


 鋭く短いため息をついて、荷物を持つ手に力を入れた。そして、線路に別れを告げ、海に向かって歩きだした。



 祖母から受け取った巾着袋に、羽衣を探す方法が書かれたメモが入っていた。今にも破れそうなほど古い紙に墨で文字が書かれている。メモというよりは、覚え書と言ったほうがしっくりくる。少しでも乱暴に扱えば、あっという間にバラバラになりそうなので、書き写したものを持ち歩くことにした。


 海の底に『記憶の箱』と呼ばれる小さな箱が沈んでいる。中には『記憶』が入っていて、箱を開ける者を試すのだと、覚え書に書かれていた。


 袋の中には、もう一枚、メモが入っていた。墨で書かれた古いものとは違い、ボールペンで書かれている。おそらく祖母が書いたものだ。メモには、次のように書かれている。



 箱の中の記憶というのは特定の誰かの記憶ではなく、箱を開ける者の心に働きかける不思議な力なのだろう。そうでなければ、自分の記憶、しかも誰も知らない記憶が目の前で再現されている理由の説明がつかない。私は、この試練に耐えられるのだろうか。



 このメモを読んで、私は、羽衣探しを決意したことを後悔した。どんな記憶が私を待っているのだろうか。それを考えると、不安と恐怖で、今すぐにでも逃げたくなる。


 目の前には、藍色の津軽海峡が広がっている。空は、押しつぶされそうなほどの雲に覆われていて、遠くに見えるはずの函館をその向こうに隠している。まるで、海の底で私を待ち構える運命を表しているようだ。


 逃げたい気持ちに変わりはない。でも、祖母がそうだったように、逃げたら逃げたで死ぬまで悔いが残る。

 自分の中に残る後悔の念を忘れて生き続けられるほど、私は器用な人間ではない。


 ――行くしかない。


 腕時計をはずし、足元に置いた。そして、ごくりと唾を飲み込むと、海の中へと一歩ずつ入っていった。


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