村人な俺と勇者と魔王
とある小さな村があった。
遠いところでこの世を脅かしていた魔王が倒されたと聞いて、へーそうなんだー、と流すくらいには争いごとと縁遠いのほほん野郎共ばっかりな村だった。
そしてそこで生まれ育って村の外に出る事も特に無く村に来た旅人を案内したりするのが一般村人の俺なわけだが、
「村人さん!」
何故俺は勇者に跪かれているんだろう。
「お会いしたかったです!」
「ああ、はあ、そっすか」
光を反射する金の髪、青空を切り取ったかのような青い瞳。
その見目は前よりも輝きを増しているが、一年ほど前にこの村にやって来た時の彼は右も左もわからない、村を出たばかりの若者だったはず。
それが何故俺の前で跪いているんだ。
勇者の剣を背負ってるのは良い。だってそれ教えたの俺だもん。アイテム屋とか宿屋とかめっちゃ色々説明して、聞かれるがまま村の外れの泉に勇者の剣あるんだぜー誰も抜けた事無いけどさーとか言ったの俺。超俺。
翌朝には勇者にしか抜けないはずの勇者の剣を引き抜いた正真正銘の勇者として旅立ったとか何とか聞いて度肝を抜いたのを覚えている。まあ村で勇者誕生万歳の宴が開かれたので二日酔いするくらい飲んで驚きなんて遥か彼方へ飛んで行ったが。
「初めて出会ったあの時、村人さんは私にとても優しくしてくださいました」
勇者はとろけるような笑顔で言う。
「右も左もわからない私に、山育ちで普通の施設すらも知らない私に、面倒臭がらずに様々な事を教えてくださいました。どこにあるかもわからず八方塞がりだと思っていた勇者の剣も、あなたの導きのお陰で手にする事が出来たのです!」
「いや現地人に聞きゃ普通にわかる情報だから」
「そうかもしれませんが、私にお教えくださったのは村人さんですから。つまり、魔王退治も私だけの功績ではなく、村人さんの功績でもあるのです!」
「理屈がおかしい!」
「おかしくありません! あなたが居なければ達成出来なかったかもしれないのですよ! 勇者の剣を握る度に優しく教えてくれた村人さんを思い出し、そんな村人さんの居る世界を守らなければと自分を奮い立たせて魔王に立ち向かったのですから!」
「知るかそんな裏事情!」
俺はただのチュートリアル系村人だよ!
「そういうわけで、私はここへやってきたわけです」
「どういうわけかわからんが、礼を言いに来た、と?」
「いえ、ラブ的な意味での告白を村人さんにしたくて」
「タイム!」
「はい」
はいじゃねんだわ。
こくりと頷いて素直に待っててくれるのはありがたいが、素直に待たれても困る。そもそも何でラブ的な告白をしようという思考に至った。魔王が最後に変な呪いでも掛けたんか?
「よし、一旦立ち上がってくれ。跪かれたままってのは気まずい」
「わかりました」
「で、えーと……お前は俺にラブな感じなのか?」
「はい!」
わーぺっかぺかな笑顔。こんな状況じゃなければ百点満点の笑顔だ。こんな状況なのでマイナス百万点だよ。
「……何で?」
「その、最初はとても優しい方だったなと思って、ふと思い出しては恩人である村人さんの為に魔王を倒そう! と自分を奮い立たせていただけだったのですが」
「が?」
「王女様が、『それはラブに違いないわ魔王を倒したら即座に告白しに行きなさい成立しなさいそして私に素敵な薔薇を楽しませなさい』と言って、聞かれるがままに村人さんへの気持ちを相談していたところ、これは恋に違いないと確信しました!」
「明らかに誘導された思考だったけど⁉」
その相談への返答、マインドコントロールが仕掛けられているだろう。何てこった、うちの国の王女様が薔薇を主食にするアンデッド系統だったとは。
いやでも村娘が作った謎の本が謎の高値で王都に仕入れられてたから不思議ではない。俺はもっと早くに周囲のアンデッド系統に気付いておくべきだった。気付いても逃げ場無いけどな。
「そういうわけで! 私はあなたが好きです村人さん! 私と結婚を前提にラブの意味でお付き合いをしてはくださいませんか⁉」
「ごめんなさい」
「そう言わずに!」
「嘘だろ食らいついてきた!」
「勇者なので!」
「さ、流石別名魔王を倒すまで不滅が約束された存在……」
「あと王女様が『五十回断られてからもう五十回告白して、それでも駄目なら相手の心がノイ、いえ相手が惚れるまで繰り返すのが告白の定石ですよ』と!」
「ノイローゼって言いかけてるよなあ⁉」
メンタル崩壊前提の告白術を授けるな王女! 俺が国へ向けてる忠誠度が崖っぷち!
「とにかく断る!」
「何故ですか⁉」
「理由は無いけどだからって俺が受け入れる理由もないからだよ!」
「ま、まさか他に恋人や好きな人が⁉」
「居ないからはいオッケーですってなるわけじゃねえの!」
しかしこのままでは引いてくれそうにない。勇者の粘り強さは桁違いだと、伝説でもそう言われている。悪い言い方をすると粘着質で執拗にねちっこくて永遠に追い続けてくるとか何とか。異世界だろうと追いかけてくるというのは流石に伝説が盛られただけだろうが、油断はならない。
「……恋人がいれば、諦めるのか?」
「え?」
「今日中に俺が恋人を作れば、お前は諦めるのか⁉」
「そ、そんなのありですか⁉ っていうかそれで良いのですか⁉」
「うるさいよ! とにかくそれでそっちが諦めてこの面倒なやり取りが終わるんならそれで良い! で⁉ 俺に恋人が出来たら諦めるのか⁉」
勇者は狼狽えるも、ぐ、と歯を食い縛った。
「わ、かりました。今日中に、本当に恋人が出来たのであれば、私も諦めます」
「よし!」
「ですが!」
マントを翻し、勇者は叫ぶ。
「今日中に恋人が出来なかった場合は、私とお付き合いをしてください!」
「……良いだろう」
俺は頷いた。
「で、俺が恋人作りを達成した場合のお前が提示する条件は?」
「へ?」
「平等じゃねえだろこれ」
良いか? と俺は言う。
「恋人作りを達成した場合の俺のメリットはお前の告白を断れるだけ。対して恋人作りを達成出来なかった場合のお前のメリットは俺と付き合える。配分がおかしいだろ。恋人作りを達成して、それで俺に対して提供されるのは?」
「私の人生を」
「要らねえっつってんだろ」
「……あなたに恋人が出来たとなれば、恥も外聞もなく幼児のように全力で駄々をこね泣き喚きながら地面をのたうち回ります」
「ぐっ、普通に金銭要求するつもりだったのに思ったより見たいモン提示してきやがった!」
あんまり見たくもないけど見れるならちょっと見たい光景だ。出来れば完全なる野次馬として見たい代物だが、まあ良いだろう。
「よし、成立だ」
「はい。とはいえまさか今から恋人が出来るなんて事はありえ」
「おーーーーーーーい!」
すまし顔な勇者を無視し、俺は周囲に呼びかけた。
「今から一日で良いから俺と付き合う役やってくれるヤツこの指とーーーーまれ! 今俺と誰かが付き合えば勇者の全力泣きが拝めるぞーーーー!」
「えっ面白そう」
「何急に騒いでんだお前。祭り?」
「よくわからんけど参加するする関わらせろぉーい」
「全然わかってないけどはーーーーい!」
「何も理解していない人々が群がるように⁉ 条件も何も聞かずにノリノリで参加とかあまりにも危機感が無さ過ぎではないですか⁉」
「ふはははは! 魔王の脅威と完全に無縁状態で生きてきた村のヤツなんぞこんなものよ! 周囲の魔物すら雑魚ばっかな村で呑気してた結果がこのなんか面白そうな雰囲気してたらとりあえず関わっとこ精神だ!」
「ていうか一日限定恋人とかずるくないですか⁉」
「一日限定の恋人じゃ駄目とか設定しなかったお前が悪い」
「くくく」
呑気な村人が群がる中に、ザッ、と登場する男が居た。
夜が似合うだろう黒い肌、暗闇のような黒い髪、光沢のある黒いツノ。
やたらと整った顔をしたその男は、くくく、ともう一度悪辣に笑う。
「そして貴様の顔面を顔から出る汁全部出させてべっちょべちょにしてやるのがこの俺様だ」
「誰だ貴様! 見覚えのあるツノなど生やして!」
「見覚えのあるツノの時点でわかるだろうが剣抜いて構えておきながら知らねえ振りとはふてぶてしいな魔王様だゴルァ!」
「確かに倒したはずでは⁉」
「ふん」
魔王は手の中の酒瓶をもてあそびながら答える。
「魔王とは、適性のある人間に乗り移り、精神を食らい、肉体を奪う事が出来る者。倒される時に第二第三の魔王が現れるっつったろうが」
「あれそういう意味だったのか⁉」
「その通り。くくく、しかもにっくき敵である貴様の顔面をべちょべちょにしてやる理由が、俺様の新しい拠点であるここで発生するとは正に僥倖!」
「くっ、くそ、ええい村人さん本当にこいつが恋人役で良いんですか⁉ 先程自白した通りに魔王ですよ⁉」
「いや魔王なの知ってるし別に」
「乗っ取ったとか言ってましたけど⁉」
「まあそうなんだけどさー」
そう、それはとても気にすべき点だと思う。思うは思うのだが、
「ソイツの元々の人格、周囲に迷惑掛けまくる酒乱でさ。正直村中が困ってたっていうか。寧ろ魔王の人格になってからは前みたく変な暴れ方しないし、酒代目当てに村の面倒な雑用こなしてくれるから助かってるんだわ」
「そうそう、前のアイツは酒飲んで理不尽な事言って被害者面で嘆いたと思ったら暴れ出して道行く人に殴り掛かろうとするヤツでねえ」
「その点今は酒飲んで勇者の愚痴言いながら嘆いてゲロ吐くだけになったし」
「酒と交換で周囲の魔物退治とかしてくれる」
「正直前よりこっちのが助かるっていうか」
「アル中なのは据え置きだけど周囲への面倒無いし話通じるからこっちのが良い」
俺に続き、周囲の呑気した村人たちが口々にそう言う。
マジで顔以外にとりえが無いを超えて顔以外はクソを人型にした化身か何かじゃねえのと言われていたゴミクズ野郎だったので、魔王になってからのが評判が良い。
「くくく、わかったか! ぽっと出かつここらじゃいまいち何したかの実感も無いような貴様より、この俺様の方が周囲からの人望もあるという事を!」
「いっつも顔面べっちょべちょにしてクダ巻いてるから、こんなにまともに喋ってて素面寄りな魔王ちゃん珍しいけどねえ」
「言うな店主!」
それをバラされても尚酒瓶持ったままドヤ顔出来るのは流石魔王だと思う。
「さておきそういう事だ村人! 勇者の無様な泣き顔を見る為、貴様の恋人役になってやろう!」
「やったー高スペック人外属性顔良恋人が即日に出来たー」
「本当に村人さんはそれでいいんですか⁉」
「良いよ」
「くくく」
(お前の告白が断れるんなら何でも)良いよと言う俺の隣に魔王が立ち、ニヤニヤと勇者を馬鹿にした顔で俺の肩に腕を回した。はわわ綺麗なお顔が近くて酒クッッッッサこいつまた二十四時間酒飲めますか耐久戦やってやがったなクッサ。アルコールの化身かコイツ。
「……で、今日中に恋人が出来たわけだけど」
「…………」
顔に影を落とした勇者は、どさ、と地面に膝をついた。
そのまま重力に従うようにして地面に手をつき、
「う、うあ、うわあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
そのまま八時間、勇者は顔面から出る汁を全部出して勇者スペック全活用で喉を枯らす事無く嘆き続け、魔王は俺を膝にのせてニヤニヤしながら勇者の嘆きを肴に酒を飲み、呑気してる村人たちも折角だからと勇者の嘆きをBGMにして勇者失恋の宴を開催した。
そんなカオス極まった宴が落ち着いた、翌朝。
「一日限定の恋人という事は、もう別れたのですよね⁉ 好きです、村人さん! 私は薄情な魔王よりもずっと一途にあなたを愛し続ける事を誓います!」
「手ぇ握るのをやめろ! 脱水症状確定みたいな泣き方しておきながら翌朝にネバギバ告白とかメンタルどうなってんだお前!」
そんなやり取りの下で、酔い潰れた魔王は二日酔いによるゲロを吐きながら地面に転がっていた。
村人→チュートリアル村人。恋愛したいってテンションでも無いんでお付き合いとか嫌っすね。
勇者→王女による軽めの洗脳由来とはいえ村人への思いは本物。しつこさも本物。
魔王→素体となる適性持ち人間の影響を多少受ける為アル中に成り果てた。ある意味平和。
村の人達→とてものんき。






