編入生は許嫁!? 推しを侮るなかれ
フランとの秘密のお茶会から解散して寮に戻ろうと空を飛ぶ。でも、この場所は誰にも知られたくない。私がここを訪れていることもバレたくない。だから、寮から少し離れた木陰に着地し、ここからは歩きだ。
トコトコと歩いていると寮の前に人影が遠目で見える。誰かを待っているのか小さい包みを持ったまま立ち尽くしている。
この寮は他の寮に比べていかにも豪華なお屋敷!みたいな建物ではない。豪華なお屋敷風の寮にはラズリのような高位な爵位のご令嬢やご子息が入寮している。そこは豪華な門があり、常時近衛兵が守護に励んでいる為、来客が訪れると近衛兵が寮生に伝える仕組みになっている。寮生が不在の場合はメッセージや荷物を預かる役目も担っている。基本的に寮生の帰りを待つことは叶わないのだ。
でもこの寮は豪華な門も近衛兵も居ないから待つことが出来る。恋人同士が逢瀬を交わすことが可能だ。
(格好からして男性ね。きっと彼女の帰りを待っているんだ。なんて健気なんだろう。私だったら何時帰ってくるかも分からない相手を待つなんて待つこと自体嫌いだからすぐ帰る)
なんて思いながら、寮に向かって歩くとその人影がこっちに向かって走って来た。
(えっ!?何、私?今日誰とも会う約束してないっ!!)
「シアラっ!!」
「えっ!ロキ?!」
なんとその人影はこの国の第二王子、ロキだった。何故に?
「ロキ、どうしたの?」
頭に?が浮かぶ。目の前のロキは少し息を整えて、キラキラする微笑みを浮かべながら喋りはじめた。
「…いや、急ぎの用事ではないんだ。今日隣国に訪問で訪れたらフルーツケーキを頂いて、シアラフルーツケーキ好きだったこと思い出して。よかったら…食べるかい?」
フルーツケーキだ、と!!前世でもフルーツケーキ大好きマンでよくコンビニで買うぐらい大好物の一つ!!!
あれ?私、フルーツケーキ好きだってことロキに言ったことあったっけ?まぁいい。貰える物はありがたく頂戴するわっ!!
「えぇ、頂くわ。ありがとう、ロキ」
ロキから小さい箱を受け取る。中を覗くと、ドライフルーツがいっぱい入ってて程よいウィスキーの香りが漂う。うわぁ~これ絶対美味しいやつだよ~。間違いない!!でも、一人では食べきれない量だな…。厚みがあって見た目に反してずっしりとした重みがある。一切れで十分な量だ。それに──。
ロキを見る。服装は訪問後のまま駆け付けたのか王子の証として国の紋章が刺繍されているマントを身に纏っている。このマントは式典や外交の時に必ず身に付けている衣裳の一部だ。(公式ブックロキキャラデザ参照)
(着替える時間も取らずに、私が寮にいるか分からないのに急いでここに来たの……?)
そう思うと私だけ頂くのは忍びない。
「──ロキ、一人では食べきれないからよかったらフルーツケーキ一緒に食べない?」
「えっ!?」
切り分けて一緒にお茶会の様に頂きたいなと思い、ロキに訊ねる。すると、あまりにも驚いた顔で声で返事が返ってきたからもしかして──
「あっ、訪問先で頂いたのかしら?」
「いや、食べていない…」
「だったら是非一緒に食べましょう♪お茶淹れるからっ!!」
私はほんのり赤みを帯びたロキの表情を不思議に思いながら、半ば強引に腕を引き、寮の部屋に招き入れた。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
部屋の前に着くと、鍵を開けロキをリビングのソファーに座るよう案内する。
「お茶淹れるから待ってて」
奥のキッチンに向かう。ポットでお湯を沸かし、食器棚からお気に入りのティーカップとお皿を取り出す。手を洗いお湯が沸くまでにフルーツケーキを食べやすい大きさに切っていく。明日も食べたいから多めに切っておこう。
切り分けたフルーツケーキをお皿に盛る頃にはお湯が沸く音が聞こえる。紅茶を選び、ティーポットにお湯を注ぎ、淹れていく。
お茶とフルーツケーキを並べたお皿をおぼんにのせ、ロキが座っているソファー前のローテーブルに置いていく。
「──使用人はいないと聞いていたけど…ほんとだったんだ」
この部屋の広さが珍しいのだろうか。待っている間、部屋の中を見渡している。きっと八畳の2LDKなんて彼は初めて目にしたんじゃないかな?
「うん、自分で出来ることはしないと。でも明日はメアリーが来るから凄く助かってる」
「─そう…。王妃になれば何もしなくていいのに」
テーブルの上のフルーツケーキをフォークで器用に一口大に切って、口に運びながら彼は呟いた。
「私は“婚約者候補”でしょ」
テーブル越しに向い合せにある小さい一人用のソファーに腰掛ける。さぁ、フルーツケーキを頂こうかとフォークを手に持つと─
「だからだよ」
いつになく真剣な眼差しで、声色で──。ただ真っ直ぐに見つめられる。視線が合う。その表情、その瞳は、本気だと訴えていた。
ドキッ
(ヤッッバ…。推しにこんな表情されたら──。画面越しからでは計り知れない威力に網膜焼ききれそう…。なんでちょっと目うるっとしてんの?)
吸い寄せられる様に足が勝手に動く。魔法の様に──。立ち上がり、ロキの元へ………
(いや、ダメだ!!私はモブ女Aよっ!!ユーザー目線でこの世界を謳歌するって決めたじゃないっ!)
意思と反して動く足を踏みとどませる。ロキの方を見ると、両腕を広げている。まるで私がその腕の中に入るみたいに──。何よ…その待ち望んでいる表情。推しだからって──。──“好き”なんて。口に出来ない。しては、いけない──
そもそもなんで、ロキはモブ女に好意を寄せているの?
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
「今日はありがとう。フルーツケーキとっても美味しかったわ」
フルーツケーキを食べ終え、ロキと寮の門前に出てきた。
「よかった。急に訪ねたからどうかとも思ったけど。ほんとシアラ、フルーツケーキ好きなんだね。ラズリから聞いたことがあってシアラがフルーツケーキ好きなんだって。来てよかったよ」
ロキがくすくす笑う度、金糸の髪が揺れ、夕焼けに照らされてきらきらと光っている。
「なっ!そんなに笑わなくても…。もうラズリか、私がフルーツケーキ好きだって知ったの」
もうラズリったら!!と、ぷんすこしていると、ロキを迎えに馬車が到着する。
「ははっ!!──シアラ」
ふわっと身体を包み込む感触がした。
「じゃあ、また来るよ」
その感触の正体はロキに抱きしめられたものだった。そして耳元で囁かれ、そのまま馬車に乗り込んだ。馬がヒヒィーンと一鳴き、馬車はそれを合図に走り出した。
(──今、顔見られてないよね。すぐに俯いたから多分見られてない筈。きっと今、私…顔が真っ赤になっているだろう。この世界では16歳。でも転生した私はいい歳した女な訳で……)
「──クソッ、流石推し。侮れない…」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
(いきなり抱き締めたのは王子らしくなかったか…?)
馬車に揺られ、備え付けの小さな小窓から外を眺めている金髪碧眼の見目麗しい美青年。誰が見ても振り返らずにはいられない程の気品なオーラを纏っている彼はこの国の第二王子。顔立ちが少し大人っぽく見えるのは彼が抱えている物の大きさを表しているのだろう。
先程の令嬢は彼の婚約者候補の一人。男爵の令嬢でラズリと云う幼馴染経由で知り合った。彼女の名はシアラ・ローズナイト。婚約者候補の中で一番最後に候補者になった。
彼女の事を思い出す。帰り際、我慢ならずにシアラを抱き締め、耳元で囁き、馬車に乗り込んだ。その後、この小窓から彼女の様子を伺うと驚いた。いや、意外だった。
(いつも口説きを交わして涼しい顔してたけど…。不意打ちに弱い?顔真っ赤だった)
顔を真っ赤にしたシアラを思い出す。ふふっと唇の端を吊り上げると不敵な笑みを浮かべる。
(あー可愛いなー。早く俺の妃にならないかな。誰かのものになる前に…。簡単に人を部屋にあげるあの無防備さ、気が気じゃない)
次はどうアプローチを仕掛けようか?と考えると、自然と顔が緩む。
(もう一度、好きなものを調べさせよう)
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
さぁ、今日からまた学園生活の始まり。
私は制服に袖を通し、通学バッグを持つと、部屋を後にした。
(はぁー、やっぱ空飛べるって便利~♪)
学園まではそれ程距離がある訳ではないけど、飛行して通学している。
(近いっていっても、この寮は寮の中でも一番学園に遠いのよね…)
正門の近くの木陰に着地する。すると、背後からパタパタと足音が迫ってくる。
「シアラ~~!!」
ぎゅっと背中に重みを感じる。振り返ると、そこにはラズリが背中に抱き着いていた。
「おはよう、ラズリ」
「おはよ~。シアラ、一緒に教室行こ」
「うん」
正門をラズリと共に潜り、教室に向かう。
「ねぇシアラ知ってる?今日編入生が来るんだって」
「編入生?うちのクラスに?」
そんな話は聞いたことないな~と思いながら、教室のドアを引く。
「あくまで噂なんだけど、妖精族の王子様が編入してくるって!!あたしの寮ではこの噂が広がって色んな人に訊かれたんだから」
教室に入ると、おしゃべりを切り上げ、お互い席が遠いこともあり軽くお別れの挨拶を交わすと席に着いた。
(…妖精族で編入生…?──あっ!!)
席に着いたとほぼ同時にガラッとドアが開くと、担任の教師が入る。
「おはようございます。え~早速ですが、編入生を紹介します。入りなさい」
銀糸の髪を翻し、碧眼の瞳がキラリと光る少年が現れる。
「皆に紹介する。彼はフラン・ハイジアだ。見ての通り妖精界からこの学園で皆と魔法を学ぶことになった。ハイジアくん自己紹介を」
担任に促され、フランは一歩前に出ると、正面を見据える。
「僕は、フラン・ハイジアと申します。人間界の事はあまり詳しくなく、色々教えて頂けたら嬉しいです。皆さん、よろしくお願いし……」
自己紹介の途中で、フランは何故か黙ってしまった。お腹が痛いのかな?
彼の方を見ると、目を見開いてある一点を見つめている。すると、彼は何かに引き寄せられるようにその一点に向かって歩き始めた。
「やっと見つけた、僕の許嫁」
歩き出したフランはシャルロッテの席に止まるや否や、彼女の手を自分の掌に添え、シャルロッテの手の甲にキスをおとす。
(あれ?私このシーン知ってる…。あっ、思い出した!スチルだこれ)
教室で奇跡の再開。主人公とフランの出会いだった。