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2/19

全てはここから始まった

「シアラ、目を覚ましてくださいっ!!」



(……誰かが呼んでる…?シアラ…?誰のこと…私はその辺の平凡な会社員で働くだけの人間になって同世代が出世する中、私は何もやりたい事もないまま生きていくのが虚しくて飛び降り自殺したはずだけど……もしかして死にきれなかった?)


両の肩から温もりが伝わる。

身体は揺さぶられ、誰かわからない名前が聞こえる。


うっすら目を開ける。

目の前には金髪碧眼の青年が必死に「シアラっ!!!!」と叫んでいた。


──誰?見覚えは……ん?


あれ…この顔、どっかで──見覚えがある。生前プレイしていた乙女ゲームの王子様だ。

見た目が好みで、最初に攻略した……


腕を上げ、彼の頬に手を添えた。

彼は、確か───


「……貴方は…、ロキ王子…?」


「そうだよ、シアラ。俺はロキ。君の婚約者だ」


頬に添えた手に手を重ね、彼は優しい笑みを向けた。



私が目を覚ましたことで、目の前の彼は「メアリーっ!!」と呼び、私は背中を酷く打ち付けたのか鈍痛が身体中に響き、痛みとそれに伴うだるさで目を閉じる。

段々と眠気が襲い、そのまま意識を失った。
















――――――――――

また誰かわからない名前が聞こえる。


「シアラお嬢様、少し上体を起こさせていただきます」


上体が浮遊感がすると、サラサラとした素材の服が背中だけ感じなくなる。

そこだけ捲くられているのだろう。


「ひやっ!!」


急に冷たい感触が背中に伝わり、驚いて目が一気に覚めてしまう。


「シアラお嬢様!!ああ、目が覚めたのですね」


目の前のメイド服を着た女性は目に涙を浮かべながら背中に腕をまわすと、ぎゅっと抱きしめる。


(──彼女は……)


誰?と思った瞬間、頭の中で走馬灯のように記憶が巡ってきた。まるで、映画やアニメを観ている感覚…。


半泣きになりながら、抱き締める彼女の顔を見る。


───メイド長のメアリー


メアリーの背中に腕を回す。


「─メアリー心配掛けた…わ」


肩越しからふるふると首を振る。


「いいえ、お嬢様が無事でよかった」











――――――――――

 それからメアリーにことの状況を伺った。ロキ王子が訪ねて部屋へ案内をした時、本と梯子の下敷きになって気を失っていたと。


「驚きましたよ。本が沢山落ちてシアラの姿が見えなくなっていたんだ。かろうじてドレスの裾が見えていたから本の山の下にいることが分かって、メアリーが必死に引っ張りだして」


「ロキ様の前でお見苦しいところをお見せし、申し訳ございません」


「ううん、僕が助ける幕なかったなと思っただけだよ。せいぜいメアリーが救急セットを取りに行っている間、シアラの様子を見てたぐらいだ」


キラキラな微笑みをメアリーに向ける彼は乙女ゲーム「Magical Wonderland」のスチルでよく見た表情(かお)を浮かべていた。


 そういえばロキ王子は、さっき私のこと“婚約者”って言った?!記憶違いじゃなければ、ロキ王子の婚約者は悪役令嬢の“ラズリ嬢”だ。なんで私?しかもシアラって誰?


 ふかふかのベッドから起き上がり、近くのドレッサーに向かう。ドレッサーの鏡を見ると、ミルクティー色に毛先に向かってピンクのグラデーション。ウェーブがかかったボブヘア。


……!?


わかったこの()、ラズリ嬢のスチルに必ずいた取り巻きモブ女A!!


「あっ、そうだわ。シアラお嬢様、ロキ様から美味しいお菓子を頂いたのよ♪お茶と一緒にお持ち致しますね」


パタパタとメアリーは部屋を出ていった。



(この状況は……何?いや、まずは婚約者のことから理解しよう。ロキ王子本人から直接確かめるしかない)



「あの~、ロキ王子?つかぬことをお訊ねしますが…」


ソファーでくつろいでいるに彼に恐る恐る訊く。


「なんだい、シアラ」


「貴方には婚約者がいらっしゃいます、よね?ラズリ嬢が…」


「ああ、ラズリかい?“彼女も”僕の婚約者だよ」


「……彼女“も”?」


首を傾げる私を余所に彼は続ける。


「僕の婚約者は“候補”は13人いる。シアラとラズリもその中に含まれているよ」


「……はい?」


え?候補??婚約者に候補って…。

ま、まぁ、確かに次期王子だから未来の王妃は慎重に決めないと行政が崩れていくよね。

それにしても13人って!!

じゃあゲームでラズリが鼻高々に婚約者って言ってたのは噓だったの?

どういうこと……?


シナリオやショートストーリー、公式ファンブックを思い出し、記憶を逡巡させる。

だが、一向に婚約者候補という単語は出てこない。


(あぁー!!もうこうなったら、本人に訊くのが一番ッ!!)


 ティーカップを持ち、紅茶を飲んでいる所作も優雅に見える。恐る恐る彼が座るロングソファーに近寄り、対面のソファーに腰掛けた。


「ロキ王子は…その──婚約者候補の中から未来の王妃はお決めになっていらっしゃいますの?」


 いきなりの突拍子のない問いかけにも驚いた様子はなく、うーーんと目線を上に向け「──未来の王妃か」と小さく呟く。何かに気付いたのか立ち上がりテーブル越しの私にあい曖昧な微笑みをすると、顔を覗き込む。


「シアラは他の候補者の中で誰が俺の王妃になってほしい?それとも──」


 顎を持ち上げられ、綺麗な見目麗しい顔面が近づく。鼻と鼻が当たりそう…。好みのストライクドンピシャの顔面が目の前にあってドキドキしない女はいるだろうか?否、いない!ああでも私はモブ女よっ!!ここは取り巻きらしく振る舞わなきゃ!!


「わ、私はラズリ様を推薦致しますわ。確かロキ王子と幼い頃からのお知り合いですし、家柄も王族に引けを取らない申し分ないお嬢様ですわ♪」


 くるりと後ろを向き、両手を握りしめ、小さくガッツポーズをする。よしっ!!これぞ取り巻きモブ!!主要人物を立てるのも仕事の内よっ!!ロキの方に向き直ると、先程鼻と鼻がくっつきそうな距離にいたのに、彼はソファーに腰掛けていた。心なしか暗い表情になっている…。


「……そう。シアラも両親と同じ事、言うんだね──」

「──え」


 一瞬、ロキが泣いている気がした──声が掠れて小さい子供の様な顔つきになっていたから──

しゅんとした姿は乙女ゲーでは見たことがない。いつも自信に溢れ、国民や友達に囲まれ、ちょっとヒロインには意地悪で…。でも、とっても優しいみんなから愛さるキャラクター。

なのに──


(ロキもこんな顔するんだ)


 一抹の静寂が流れる。目の前のソファーに腰掛けている彼は塞ぎこんでいるのか話しかけても生返事。

 私は転生したばかりで共通の話題がわからない。後、下手したら中身が違うってバレそうで…混乱させたくない。喋って墓穴を掘りそうで怖い。出来ればあまり喋りたくはない……


き、気まずい──


(そ、そうだメアリー遅いな……呼んでこようかな)


 空になったお互いのティーカップを見る。


「お茶のお代わりはいかがかしら?メアリー呼んでくるわ」


 立ち上がろうとした瞬間───


「──待って!!」


 ロキに腕を掴まれ、引き寄せられる。そして───


コンコンッ


「シアラお嬢様、失礼致します」


 コンコンッと部屋の扉を叩く音が響くと、勢いよく開いた。そこにはティーセットとお菓子を載せたワゴンを引いく執事のヴィンセントがいた。ワゴンを引き、私とロキの近くまでトコトコとこちらに向かってくる。ワゴンをソファー付近に停めると──


「……シアラお嬢様、ロキ様、少々距離が近いような。失礼」


 バシッとロキに掴まれた腕を薙ぎ払うと、ロキに掴まれていた手首を掴み、そのまま強引に引っ張りソファーに座らせる。

引っ張られた手首が痛い……。


「ヴィンセント、メアリー見かけなかった?さっきお茶とお菓子持ってくると行ったっきり来ないの」

「彼女は先程新しいメイドがいらっしゃったのでその方の対応をしております。代わりに私がお持ち致しました」


 ワゴンに載ってあるティーセットを慣れた手つきで、お茶を淹れる。


「ロキ様、お茶の準備が遅くなり申し訳ございません。こちらシアラお嬢様がお好きなフレーバーティーをご用意致しました。先程お飲みになったものとは異なりますがお淹れしてもよろしいでしょうか?」


ヴィンセントはソファー腰掛けているロキに傅く。


「あ、ああ、構わない。頂くよ」

「ありがとうございます」


 立ち上がり、ワゴンに戻るとお茶を注いでいく。ソーサーに載ったティーカップをトレイに載せ、テーブルに向かうと置いていく。ティーカップを持ち上げた時、なんだか手をわなわなさせていた。


 いつも冷静なヴィンセントが……。気のせい、かな…?





―――――――――――

 ロキ王子とお茶会は色々な話が聞けて楽しかった。


(さっきは落ち込んでいた印象を受けたけどヴィンセントのお茶が美味しかったのかな?)


 ヴィンセントが来てからぽつりぽつりと口を開くようになった。

話題はこの国のこと。流石、次期王子として国民のことを一番に考えている。


「花を生業として育てている村人にあったら花の種を頂いて王宮で育てているんだ。立派なバラになって今が丁度見ごたえなんだ」


 嬉しそうに語るロキ王子を見ていると、彼が王位を継承したら優しい国になりそう。

 それをと彼の話を聞いていると同時に思い知る。やっぱりここは「Magical Wonderland」の世界で間違いない。どうやら私は転生して前世の記憶が蘇ったらしい。自殺したら転生できないと耳にしたけど、まさかゲームの中ですか?平々凡々に過ごしてきたしがない会社員がこんな事になるとは思わなかったよ…。

 まぁ、唯一助かったのはモブ女に転生したってこと。登場人物に転生しなくてよかった。


 話を聞きながら身に起きた状況を整理していたら、ロキ王子の迎えの馬車が来たと使用人が呼びに来た。


「そろそろおいとましますね。シアラ来月からは学園生活ですね。お互い有意義な時間を過ごしましょう」


「……学園生活ですか…?」


首を傾げる。


「くすっ、忘れてました?」


 初めて聞く単語のように首を傾げていたのが彼には面白かったらしい。くすくすと声に出して笑っている。視線を察したのかこちらを見て、ニヤリと笑う。


「ち、違うっ!!ちょっと忘れてただけです!!」


「ははっ!!ああ、シアラ。学園の中では“王子”の敬称は必要ないよ。いつも“ロキ様”って言っていたのに今日はどうしたの?」


 反応に困る。つい、前世の時と同じ呼び方をしてしまった…。


(不自然じゃないように誤魔化そう…)


「え、えぇと、ロキ様が王子だと忘れないように…?」


ぷっと吹き出す音が聞こえた。


「あはははは!!シアラは面白いね。この国の王子を忘れないでくださいね」

「そ、そうですわ…ね」


ひとしきり笑った後、ロキは使用人に促され立ち上がる。

私も立ち上がり、彼を見送る。


「それでは、シアラ次は学園で。今日は楽しかったです」

「私こそ、美味しいお菓子を頂きありがとうございます」


 お互い部屋の扉前に着くとロキが急に立ち止まった。そして、エスコートをするように私の左手に指を添えると──


ちゅっ


手の甲にキスを落とした。


「それでは、また」


何事もなかったかのようにひらひらと手を振ると彼は帰って行った。


「あ…」

(っっぶなかったー!!つい、叫んでしまうところだった…。うわ~推しにこんな事される日が来ようとは…)


 頬に手を当てる。ほんのり熱を帯びていた。

 その様子をヴィンセントは遠くから見ていた。








――――――――――――


 ヴィンセントが紅茶を淹れ終えると、部屋を後にした。あー、それにしても…

部屋を見渡す。ピンクと白を基調とし、家具は全て猫足。壁紙はレース模様にバラのピンクと白のストライプ。

今着ているパジャマ?ネグリジェかな?サラサラと肌触りの良いシルク生地。

ロココ様式の部屋だ。


「……前世で住みたかった理想の部屋だ」


ドレッサーには高そうなスキンケアセットの瓶が並んでいる。


「さっき、私不自然じゃなかったかな?いつもロキのことロキ王子って呼んでたからつい言ってたわ~。でもなんとか誤魔化せた、よね!!よかったよかった~」


 部屋を物色しながらロキとのやり取りを思い出す。壁際に勉強机らしい机と椅子がある。机の上には一冊のノートがあった。


「思い出したばかりで記憶に新しい今、このゲームの各ルート忘れない様に記録してた方がいいよね」


そのノートを開くと新品だったのか何も文字が書き込まれていなかった。


「よし、ノート使っちゃおう。さて、まずは…」


椅子に座り、近くにある筆ペンを取り書き綴る。











――――――――――

『Magical Wonderland』


 このゲームは魔法が使える国で学園生活を送り、王子や妖精、同級生と恋を育んでいく乙女ゲーム。登場人物は第二王子や貴族、令嬢、そして妖精。妖精と共存している国である。


 ヒロイン(ユーザー)は人間と妖精のハーフの娘。強力な火の魔法を得意とする。

その為、彼女の住む村では恐れられ、何かあってからでは遅いとこの村の村長は国王に頼み、ヒロイン(貴女)を魔法学校に通うことに。


この魔法学校で貴女は恋を知り、楽しい学園生活を送る。




「あらすじはこんな感じの乙女ゲームだったな。確か当時私も高校生で学校生活してたな~。今となっては疲れ切ったババアよ…」


(でも今は16歳)


腕を触ってみる。


「やっぱ肌ツヤ、弾力が違うわ」


若い身体に感動しつつ、筆を進める。


「で、攻略キャラは4人いた」



Magical Wonderland 攻略キャラクター


File.1

ロキュリアス・ナイトニア

通称ロキ。

彼はこの国の第二王子。王座継承権の資格を持つ。

金髪碧眼で絵に描いたような王子様。

童話から出てきそうなこの王子様はヒロインにはちょっと意地悪で少し執着があってそこがまた魅力的。腹黒い一面もあるけど誰にでも優しく、おおらかで人望も厚い。

ラズリと云う令嬢の婚約者がいるが、着飾らない素のヒロインに惹かれラズリとの婚約を解消し、二人で幸せハッピーエンド。


「そうそう、村では当たりが強くて、辛い日々を過ごしてきたにも関わらず誰にでも優しく接する健気なヒロインでさ~。そりゃロキも惹かれるわな」


コンコンッ


「はーーい」


扉をノックする音が聞こえ、返事をする。


「失礼致します。シアラお嬢様、ご夕食の準備が整いましたのでお呼び致しました」


扉越しに心地よいけれども凛とした声色が響く。


「頂くわ」


扉に駆け寄り、貴族の夕飯はさぞかし美味しいんだろうな~と胸を躍らせ、メアリーと共に大広間に向かった。




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