赤い糸の伝承
「ありがとう、ヴィンセント」
「いえ、シアラお嬢様をお助けしたまで」
ヴィンセントは、壁に背を打ち付けた衝撃で床に倒れているロキを抱えると、近くにあるロングソファーに寝かせる。そのまま、ヴィンセントはロキの額に手を翳す。
「先程の記憶はお互いの為に消去致しましょう」
ロキの額に翳していた手から光が集まっていく。記憶系の魔法は魔力を沢山消耗する為、発動に時間が掛かってしまう。それ故に魔力が元々少ない人は使うことが出来ない高度な魔法であり、特別な魔法である。
段々と魔力の光が強まるのを見ながら、先程の記憶だけ消去しても根本的な原因は解消出来ていないのでは?とふと、やっと身に起きた状況を把握した頭で思考を巡らす。
(ロキの根本的な原因は、ロキがゲームの強制力に因って自分の意志と反した行いをしてしまった。シャルロッテの告白を受け入れた事でパニックになり、暴走。だったら、告白イベが原因の元だからここから変えていかないと──)
「待ってっ!!!!」
ヴィンセントの手からロキの全身を包み込んでいる。これ程までに魔力が必要なのかその魔力を貯める事が出来る優秀な執事がいることに感心する。だが、こんな感心しきっている場合ではない。
「如何ななさいましたか?シアラお嬢様」
「待ってヴィンセントっ!!さっきの記憶を消去しても根本的な原因は解消されないと思うの!!だから──記憶を“改竄”してほしいのっ!!!!!!」
ヴィンセントは考え込む様に、顎を手を当てる。
「記憶の改竄は出来なくはないですが、それは……シアラお嬢様の独断で行ってもいいのでしょうか?ロキ様が目を覚ました後、本人の意思でお決めになった方が──」
「……っ」
ヴィンセントの真っ当な意見にぐぅの音も出ない。でも、ロキが知らなくてもいいこの乙女ゲーム世界のこと話すわけにはいかない。だったら───
「……夏休みに入る前にロキから悩みを相談されていたの。その内容を聞くにロキの精神的な悩みだった。環境や状況が主な原因ではないからあまりいいアドバイスは出来なかったわ。それでも相談に来る度に辛そうにしていたから、その悩みの種が少しでも無くなればいいなって思って……」
「…………シアラお嬢様」
名前を呼ばれ、きゅっと縮こまり俯く。すると、足音が私の目の前で止まる。手を優しく持ち上げられ、反射で顔を上げると、ヴィンセントはそのまま傅いた。
「……シアラお嬢様、私、感動致しました。友人想いのお優しい心から記憶の改竄ご提案をされたのですね…。そうですね、本人に伝えると断られてしまいますね。尚更、ロキ様は受け入れてくれないでしょう」
「ヴィンセント……」
“嘘は真実を交えて話すとバレにくい”とどこかで聞いたことがあるが、ここまで効果があるとは──。ヴィンセントに若干の罪悪心があるが今回はヴィンセントがいい人で良かったと思う事にしよう。
ヴィンセントは立ち上がると、寝ているロキの元に向かう。ヴィンセントの後ろを連いていく。ロングソファーに眠っているロキの顔にかかっている髪を避けると、壁に打ち付けた背中が痛いのだろう、唸り声が微かに聞こえる。私はそのまま膝を付くと苦しそうに顔を歪めたロキの頬に手を添える。
「……ロキ」
「シアラお嬢様、魔力が溜まりました。本当に記憶の改竄を行ってもいいのでしょうか?」
ヴィンセントは先程と同様に、ロキの額に手を翳し、魔力の光がロキの全身に広がった。
「えぇ、いいわ。これは私の為ではなく、ロキの為でもあるから……」
「では、改竄したい記憶をおしゃってください」
「“ロキがシャルロッテを受け入れたのはロキの本心”」
「かしこまりました」
返事をしたヴィンセントは、呪文を詠唱する。すると、魔力の光が輝きを増し、ロキの額に吸い込まれていく。
「他に、改竄したい記憶はありますか?」
「他には──“ロキはシャルロッテのことを大事に思っている。離れがたい程に大切な存在になる。未来の王妃になって人生を共にする。だから婚約者候補は全て解消する”これを付け加えて」
「かしこまりました」
ヴィンセントは魔力の光は衰えないまま、先程とは違う呪文を詠唱する。すると魔力の光は虹色に様変わりし、その光もまたロキの額に吸い込まれていった。
「これで、記憶の改竄は全て終わりました。ロキ様の目が覚めれば改竄した記憶に擦り替わっています」
「ありがとう」
私は立ち上がりドレスの持ち上げ、片足を後ろに引き、重心を下げ、礼をする。
「──目が覚めた時、ここに居たら厄介なことになります。馬車の手配をして参ります」
「えぇ、お願い」
ヴィンセントは一礼すると、部屋を出た。彼の後ろ姿を見送った後、ロキの様子を見る。まだ微かに呻き声が聞こえる。
「背中に治癒魔法を施しましょう」
ロキの身体をロングソファーの背に横向きにし、背中に手を翳す。意識を掌に集中させると掌に魔力の光が集まり、その光はロキの背中を包み込む。背後からロキの顔を見ると、呻いていた声は聞こえなくなり、次第に呼吸が落ち着き、規則正しい寝息に変わる。呼吸が整った事を確認し、ロキの身体を仰向けに戻す。
(金糸の柔らかそうな髪と長い睫毛。透き通るような白い肌。ほんのりピンクな頬。推しのご尊顔をこんな間近で見ることが出来る日が来るなんて……。そして──)
「柔らかそうな、唇……」
ロキの唇の形を確かめるように人差し指でなぞる。
「…ロキ、私は推しの幸せを一番に願ってる。だから、ごめんね…」
規則正しい寝息が聴こえる。───そっと、耳元で囁いた。
「──シャルロッテと、お幸せに」
足音が聴こえ、部屋の扉の前で止まる。
コンコンッ
「シアラお嬢様、馬車の手配が整いました」
ヴィンセントが戻ると、スッとその場に立ち上がる。
「ありがとう、入って」
ガチャッ
「失礼致します」
ヴィンセントは一礼し、部屋に入ると真っ直ぐロングソファーの方へ向かい、ロキを抱き抱えた。
「背中の怪我は治しておいたわ」
「えぇ、随分規則正しい呼吸をしていますね」
「馬車まで見送るわ」
「かしこまりました」
そのままヴィンセントと共に部屋を後にした。
――――――――
夏休みを悠々と過ごしていたある日。
コンコンッ
「シアラお嬢様、お休みのところ失礼致します。お嬢様宛てのお手紙をお持ち致しました」
扉越しから軽快な声が響く。
「入って大丈夫よ」
ガチャと扉が開く音がすると、そこにはメイド長メアリーがいた。
「失礼致します」
メアリーは部屋に一礼し、部屋に入ると習慣化された動きで扉を閉める。そのままソファーに座っている私の元へすたすたと向かってくると、手紙を差し出す。
「シアラお嬢様、フラン・ハイジア様からお手紙が届きましたわ」
「ありがとう、メアリー」
ソファー前にあるローテーブルの引き出しからレターナイフを取り出す。手紙の封蝋を見る。
(見たことのない紋章…)
固く閉ざされた封蝋をレターナイフを使って外し、中身を取り出す。すると、招待状と載ったカードが入っていた。
「招待状?なになに……“貴女様を恒例のぷちお茶会にご招待致します。今回は場所を変えて、妖精国にて開催は如何でしょうか?ご都合が合えばこの招待状を燃やしてください。すぐにお迎えに上がります”」
(妖精国だ…と……。そんなの楽しみ過ぎるじゃないの!是非、参加したいっ!!それに久しぶりのぷちお茶会。フランの恋の進展(?)も知りたいし、早速燃やそう!!)
私は引き出しからキャンドル用の小皿を取り出し、小皿の上に招待状を置いた。ふと、魔法で火を出す前にこれからの予定はどうだったかな?と思い出す。
「メアリー、今日のこれからの時間に予定はあったかしら?」
「はい」
と、メアリーはポケットからメモ帳を取り出し、広げる。
「……今からは、何もございませんわ」
「ありがとう。突然で申し訳ないのだけれど、お茶会に招待されたから今から出掛けるわ」
「えぇ!?今からですか?」
「そうよ、招待状の日付け、今日になっているもの」
メアリーはローテーブルの小皿に置いた招待状を見る。
「…確かに本日ですわ。それならシアラお嬢様のお茶会様にドレスをご準備しなければ。急いで支度いたしましょう!!」
メアリーはあたふたと準備にかかろうと部屋を出ようとする。
「待ってメアリー!!それなら大丈夫よ。大人数が参加するお茶会ではなく、少数の友達が集うぷちお茶会だから。ドレスも今着ている物でいいわ。強いて言うならば、ヘアセットお願い出来るかしら?」
メアリーは目をぱちくりと2,3回瞬きすると本人の中で納得したのか、ドレッサーに向かうと、イスを後ろに引いた。
「もちろんですわ、さぁ、シアラお嬢様お座りになって♪」
準備万端の様で、メアリーの手にはブラシとコテを手に持っている。
「今行くわ」
私はソファーから立ち上がると、ドレッサーに向かった。
――――――――
「シアラお嬢様、完成しましたわ」
ドレッサーの鏡には、別人の自分が映っていた。最近気付いたことだけど、モブ女だけあってシャルロッテやラズリと比べたら顔立ちは整っているのに、やはり冴えない顔だなと認識した。その原因はモブ女であることも含まれているがメイク技術が不足しているのももう一つの原因かもしれない。それ程までにメアリーのメイクは冴えない顔でも豪華仕上げられている。
華やかさがある顔面を邪魔しない様に綺麗に編み上げられたヘアアレンジを見て、項を擦る。
(首筋が出るヘアスタイル久しぶりだからなんだか落ち着かないな…。時間が経てば慣れるか。さて、招待状燃やすか)
テーブルに移動し、キャンドル用の小皿に置いた招待状に火の魔法を発動させ、指先に灯すとふぅーと息を吹きかける。小さな子種が招待状に移り、次第に招待状はメラメラと燃えていく。燃える招待状を見ながら、無意識に項に手を当て、スース―する感触に慣れようとした時、突然身体中が光輝いた。
「えっ!!なにこれ?!なんで光って……」
すると、身体中を包む光は益々輝きを増していき、目も開けられない程に周りが明るくなる。
「…っ、眩し、ぃ」
眩しさで目をつぶったその瞬間、シュンと風を切る音が聴こえた。
(風の音?うぅ、眩しくて目が開けられない!どうなってるの?!)
――――――――
風の音がもう一度聴こえた瞬間、先程まで目も開けられない程の輝きは徐々に収まっていく。
「うん、やっと目が開けられる」
チカチカする目を擦り、恐る恐る目を開けると、そこには────
「うわぁ~、童話の世界だぁ~♪」
目の前には、ファンタジーの世界が拡がっていた。
────ファンタジーの世界
それは、辺り一面花々に満ち、小さな妖精が噴水の周りで寛ぎ、見える景色が色鮮やかで心地よい雰囲気が漂う。【童話の絵本にある挿絵をそのまま再現してみた】ってYouTubeで投稿したらバズり間違いなしっ!!再生回数100万は余裕の超完璧で高クオリティーな世界。こんなに作り込むのはCGでも難しいのでは?
────まさにここは
「ここは妖精国だよ」
「フランっ!!」
背後からカツカツと靴音が聴こえ、振り返るとそこには、大きなマントを翻し、白とスカイブルーのパイピングを施した、これぞ誰が見ても童話の王子様衣裳と口を揃えて言うだろうお召し物を纏うフランが立っていた。綺麗な銀糸の髪はきらきらと光り、碧眼は空を連想させ、童話の中のお姫様じゃなくても姿を一目見ただけでも恋心を持っていかれそう……
(初恋泥棒だな…っ危険だ…)
ぼぅーっとフランの王子様姿に見惚れていると──
「…どうしたの?シアラ?僕の顔に何か付いてる?」
ビクッと条件反射で肩が竦み、顔を上げると目の前にフランがいた。顔が近すぎて、鼻と鼻がくっつきそう。
「い、いや~。な、何も付いてないよっ!!それにしても妖精国どこも綺麗でびっくりしちゃったーあははははっ!!」
「そう、気に入ってくれたなら良かった。ぷちお茶会の用意は出来ているんだ。案内するよ着いてきて」
「う、うん」
フランはコツコツと前を進んで行く。ヒールのある靴を履いている所為か足音が響く。
(ふぅー、驚いた~。フランの顔面があんな間近にあるなんて。距離感バグってねぇーか?しっかし本当に綺麗な顔してんなー。ずっと眺めていたいわ展示物の様に)
フランと出会って数ヶ月しか経っていないけど、その中でも距離感が近いと感じたことがある。でも妖精族って普段は滅多に見ないし会わない。このことから人懐っこいとは思えない。だから距離感がバグっているのはフランの性格?天然タラシだから?どっちだろうと思考を巡らせていると───
「着いたよ」
「うわぁ~~」
ぷちお茶会開催場は、大きなパラソルが掛けられ、パラソルの下には丸テーブルがあり、ケーキスタンドが3つ並んである。それぞれのケーキスタンドには、マフィンやパウンドケーキ、クッキーやスコーン、ホールケーキと様々なお菓子がある。そして、ここに来てすぐに香るいい匂いがする正体はお茶。茶葉を蒸らしているのか既に香りが充満していた。
「さぁ、シアラこちらへ」
フランは丸テーブルに備えている丸い椅子を引き、座る様促す。
「あ、ありがとう」
おずおずとじこちなく腰を下ろす。
「さぁ、シアラ。お茶をどうぞ」
フランはポットを手に取り、テーブルにあるティーカップにお茶を注いでいく。
(あれ?妖精族の王子に今、給仕されている?この状況は立場的にアウトなのではなかろうか??)
周りを見渡すと、私とフラン以外誰もいない。もし誰かにこの光景を見られていたら、妖精国の王子に給仕させているなんて何処の立場を弁えない令嬢なんだって噂になったらどうしよう…。非常にまずいこの状況。
「ねぇ、フラン?私、自分でお茶淹れるからフランも座って?」
「ん?何で?いつもシアラが僕にしていることじゃない」
「私はいいんだよ。でも、ほらフランに給仕してもらうのは流石に、申し訳ないというか…」
ごにょごにょと濁しながらぶつぶつ言ってしまう。チラッとフランを見ると…むくれていた。
「僕がお茶を淹れたらいけない理由って、何?」
「いや~、ほら、自国の王子が給仕まがいな事しているのは、妖精国に住む住人達が…世間的にもアウトな気が……」
「あぁ、シアラは他の妖精族にぷちお茶会を見られたくないんだね」
納得と言わんばかりに、首を縦に振っている。
(ん?あれ、なんか違う。そうじゃない)
「いや、そういう意味じゃn「ここには誰も来ないよ」えっ!」
突然の事実に素っ頓狂な声が出る。
「ここは僕しか知らない、お気に入りの場所なんだ」
フランは真っ直ぐに前を見て、そのまま歩き出す。
「見て。ほら、綺麗でしょ」
「わぁぁぁ~~綺麗」
妖精国が景色が拡がっていた。小さな家々が集まって、ミニチュアの世界のようだ。花々に囲まれたファンタジーの世界そのものだった。
「この場所は妖精国が一望出来る場所なんだ。この景色が僕の癒しとなって、そして…」
フランはくるりと振り返る。真剣さを帯びた双眸を目が合う。
「守りたい場所だって再確認するんだ」
満面の笑みを浮かべているが、その表情には妖精国の王子として国を統治する決意表明のように感じた。
――――――――
結局、フランはそのまま給仕紛いなことを続けていた。何回も断ったのに意外にもフランは頑固で聞く耳を持たなかった。おかわりのお茶を注がれケーキを取り分けるフラン。
「シアラ、これも食べるかい?」
トング片手にケーキスタンドの側で待ち構えている。
「そうね、その赤い実がのったクッキーをいただこうかしら」
「これだね」
フランはすかさずトングでクッキーを掴むと取り皿に載せていく。その取り皿をランチョンマットの上に置く。
「シアラ、お茶のおかわりは?」
「い、いただくわ」
クッキーを取っている間に飲み干した空のティーカップに慣れた手つきでお茶を注いでいく。
(…言えない……王子が給仕をするもんじゃないって!!だって……)
「フラン、楽しい?」
「うん、久しぶりのお茶会とっても楽しい♪」
ぱぁぁとまた何処から降ってくるのか不明な光の粒子がフランの周りを舞っている。その光の粒子は楽しそうに笑うフランをもっと輝かせていた。
(本人めちゃめちゃ楽しんで給仕しているから!!…誰も来ないからって王子にこんな事……)
ティーカップに浮かぶ水面に複雑な私が写る。こんな顔にもなるわ。この顔の原因の主に見られまいとお茶を口に含む。含んだ瞬間、いい香りが鼻腔を突き抜ける。
「フランこのお茶すごく美味しい。それにいい香りね」
「このお茶は妖精国に昔からある物なんだ。茶葉じゃなく花弁を原料にしているよ」
「…花弁」
(花弁のお茶。前世のフラワーティーのことかな?A〇azonでたまたま見かけた物で実際に飲んだのは初めてだなー。美味しいし、何より花のいい香りが落ち着く)
「気に入ったみたいで良かった。シアラさえよければお土産に持って帰って」
フランはテーブルの上に小さな小包を置いた。可愛らしいリボンが結んである。
「いいの?ありがとう!うちのメイドと一緒にいただくわ」
「うん。さぁお菓子もどうぞ」
目の前の小皿には美味しそうなケーキとクッキーが。
「いただきます」
色とりどりのフルーツが載ったケーキを一口サイズに切り取ると、そのまま口に運んだ。
「~~~~~っ!!!!!!」
美味しいっ!!なにこれっ!!クリームは甘さ控えめだから軽い口当たり、スポンジはしっとりふわふわで間に挟んであるフルーツは瑞々しく果汁が口に広がり自然な甘みがクリームとマッチして甘すぎない。あれ?これは────
「…私の味の好みドンピシャやんけ」
「あ、ほんとに?やったね♪実はシアラが作るお菓子から味覚を分析して、どんな味が好みなのか調べて作ってみたんだ。やっぱり、こんなスイーツが好きなんだね」
クソー嬉しそうにこにこしちゃって……。私好みのスイーツを用意し、美味しいお茶も淹れて、私の為に給仕紛いなことをして──こんなの…
「勘違いしちゃうよ…」
「ん?なんか言った?」
フランはフランが食べるケーキを小皿に取り分けていた最中にこっちに振り向く。
「な、なんでもないわっ!!」
――――――――
一通りスイーツを食べ終えた頃──
「お茶淹れるわ」
フランのティーカップが空になっている事に気付き、声を掛ける。椅子から立ち上がり、ティーポットに茶花を入れお湯を注ぎ、少し時間を置き、蒸らしてティーストレーナーをティーカップの上に置き、お茶を注ぐ。注いだ瞬間、また花の香りが漂う。
椅子に座り、再びクッキーを手に取ると───
「ねぇ、最近リリーの様子がおかしい気がするんだ…」
フランが唐突に訊いてきた。
「どうして、そう思うの?」
言いづらいことなのだろうか、少し口ごもる。だが、すぐに話始めた。
「……リリーを見掛けると必ずロキと一緒にいる事が多い気がする」
(あぁ、そっかフランは知らないから……)
フランが言っている事は本当のことだ。この夏休み、ロキのお屋敷に手作りのお菓子を持って頻繁に訪ねているようだ。その姿を出掛けに馬車の中で何回か見掛けた。ヴィンセントからも報告を受けている。
お茶を一口含む。フランは話を続けた。
「先週、ロキの屋敷に何度か伺った。妖精国の発展と人間界とどのように共に歩んでいけるか、この議題を明確にして一つでも自分達で実行するにはどうすればいいのか話し合っていたんだ。そこにリリーが訪ねて来た」
マフィンを口に含むと、ベリーの酸味が口いっぱいに広がる。まるでフランの心情を表しているように。
「なんでロキの屋敷にリリーが訪ねてくるのか、ロキに訊いた。すると、リリーの方から訪ねて来ると……。理由は教えてくれなかったよ」
口の中の酸味が強くなった気がした。フランの顔はとても悲しそうにシュンとしていた。
(ロキはフランに話してないんだ。恋人同士になった事。ロキの察しの良さならフランの気持ち気付いただろうからあえて言わなかった説)
「シアラは、あの二人の関係について何かしらない?」
悲しそうな表情でフランが訊ねる。
(言えない。シャルロッテがロキの事好きだからって…。ロキ√確定イベントで二人は恋人になって絶賛お付き合い中だと。フラン√確定演出があったにも関わらず……。中途半端にアドバイスしてフランの恋を応援してきたツケが回ってきたのかな?)
「…………」
色々考えを巡らせる。確かにフラン√攻略確定演出は行われた。これからもどうなるか解らない。だからここで本当の事を言うべきか。もしかしたら変わる可能性があるかも知れない。だってこの世界は私が知っているシナリオとは違う方向に向かっている。シャルロッテの気持ち次第で変わるかも…。
(ううん、√とか関係ない。今は目の前のフランを悲しませない様務めるべきだっ!!)
答えがまとまり、口を開く。
「う~んごめんフラン。分からないわ。リリーさんがロキの屋敷に伺っていたなんて今日初めて知ったわ」
「そう。シアラはリリーと仲良さそうにしていたから何か知っているんじゃないかって思ってた。僕の方こそ困らせる事訊いてごめん」
「ううん、力になれなくてこちらこそ申し訳ないわ」
私はベリーの酸味を消したくてお茶を飲む。一気に口の中が爽やかになった。今度は何を食べようか悩んでいると───
「──シアラは“赤い糸の伝承”を知っている?」
「赤い糸?」
赤い糸は運命の人とお互いの小指の先に赤い糸が結ばれている。前世からあった逸話。赤い糸の伝承?あっ!!
「“赤い糸は運命の人を導く”僕達、妖精族は赤い糸が見える。“その赤い糸を辿って運命の人を見つけた時、未来永劫幸せになるでしょう”と昔かの伝承があるんだ」
「そう、なんだ。じ、じゃあフランの赤い糸はリリーさんと繋がっていたの?」
「うん。教室で初めて会った時、その時にはっきりと見えた。けど…」
「けど…?」
フランは左手の小指を不安そうに撫でながら話を続ける。
「──最近、薄くなっているんだ。赤い糸が…。消えそうなぐらい薄く……」
「……薄いって何か原因があるんじゃっ!!」
「赤い糸の文献を読み漁ったけど、原因は分からなかった。何なのかなこれ……」
「…………」
【赤い糸の伝承】
フラン√のイベントの題材。フランとシャルロッテは赤い糸で繋がっている。フランは運命の女性と心が通じ合い、運命の通り幸せになる。これがフラン√のハピエンだ。勿論、この赤い糸伝説は最後の告白イベでフランがシャルロッテに打ち明ける。二人は運命の糸が無くても、惹かれ合いお互いの気持ちを再確認する。
(シナリオでは出会ってからずっと赤い糸は存在していて、時折フランが確認する描写があった。その重要なネタが薄くなっている?消えかかっている?√は確定されたのに……?)
シナリオと掛け離れて意味が分からない。ずっと不安そうに自分の小指を見ている視線が悲しそうで……。
(何か言わなきゃ!フランのスチルに赤い糸に愛おしそうに口付けしていた。このスチルの様な表情になってほしい。せめて不安を軽くしてあげたいっ!!なら……)
「私が読んだ赤い糸の伝承の文献には、見え方は人それぞれだと書いてあったわ。はっきり赤い糸が見える妖精も薄く見える妖精もいるって。だからフランは薄く見えるタイプなのではないかしら?」
「そうかなぁ~?始めははっきり見えていたんだ」
「み、見え方には波があるとも書いてあったわ。だからフランの赤い糸は正常よ」
フランは自分の小指を見ている。暫くして──
「うん、薄くなっただけで切れてはいない。だから大丈夫だと思うことにするよ」
「うん、その方がいいわ」
フランはたちまち元気を取り戻し、小指を撫でながら微笑んだ。
――――――――
ケーキスタンドをほぼほぼ空にした。二人で食べる量より多かったのに余りの美味しさについ食べてしまった。
(帰ったら長めのお風呂にストレッチ必須だな…。止められない止まらない、恐ろしいスイーツ達だったわ)
「さて、そろそろお開きにしましょうか?」
「うん。そうだね」
「また、学園でぷちお茶会開きましょう」
「うん。お菓子持って行くよ」
「楽しみに待ってるわ」
「じゃあ、シアラの屋敷に帰すね」
「えぇ、お願い」
ここに来た時と同様に身体中を光が纏っていく。次第に目を開けられない程輝きが強くなっていく。薄目にフランの影を確認し、手を振る。
「今日は誘ってくれてありがとう!!また学園でっ!!」
声を掛けると、フランの影が手を振っている様に見える。振り返そうとまた手を振るとぱぁぁぁぁぁと一層光が強くなった。
「うっ、眩しい!」
来た時と同じ風を切る音が聞こえ、目を開けると見知った部屋にいた。
――――――――
「久し振りのお茶会楽しかったな…」
シアラに手を振り、転送魔法を強めた。彼女の周りは眩しくて僕の姿は見えないだろう。だけど、手を振り返してくれた気がした。
ふと、振り上げた手を見る。その小指の先に何かが浮き上がって見える。次第に濃く浮かび上がり、小指にははっきりと赤い糸が結ばれていた。
「えっ!!」
糸の先を目線で辿ると、さっきまで光に包まれていたシアラがいた所に繋がっている。転送魔法の残滓の光が舞っている場所だ。──それにしても
「さっきはあんなに薄い赤い糸がはっきりと見える…。この赤い糸…シアラに繋がっている……?」
まさか、見間違えだろう。目を擦り空を見上げると、綺麗な夕暮れが広がっていた。
――――――――
「う~ん流石に食べ過ぎだな~」
部屋に着き、お風呂に直行した。直行する前にメアリーには夕食は少なめにとオーダーした。
「夕食食べないと深夜にお腹すくから困るんだよな~。食べない方がいいんだけど深夜に胃に物を入れたくないから」
これをデブ活というんだろうな。深夜に食べるよりはマシだと思うんだけどなー。メアリーが準備していた湯船に浸かる。白檀の入浴剤がとても落ち着く。
「ん?金木犀の香りがするな…」
ちゃぷっと腕を湯から出し、手首に鼻を近付ける。
「ああそうだった!!香水つけたんだった。この金木犀の香水香りが長持ち。いい買い物したな~」
白檀と金木犀の香りに癒されながらゆったりとバスタイムを過ごした。




