この世界は誰√?
───ピンポーン
寮の呼び鈴が鳴る。
(う~~ん)
───ピンポーン
(う~~ん?)
もそもそと気だるげな身体を起こし、ソファーに掛けてあったカーディガンを羽織ると、玄関に向かった。
「はーい、今開けます」
ガチャッ
「シアラ、お見舞いに来たよ」
ドアを開けた瞬間、そこには銀髪碧眼の美少年が、これまた全世界の人類を虜にしてしまいそうな微笑みを浮かべ、色とりどりのフルーツが盛り沢山に詰まっているバスケットを抱えて立っていた。
「フラン、ゴホッゴホッ」
「嗚呼、ごめん。体調悪いのに呼び出して…。早くベッドへ」
ふわっと身体が浮かぶ感覚がした。熱の所為で身体中の神経が狂っているのかと思ったが、よく見ると、腰に腕を回され、両膝は腕に抱えられていた。
「ちょっ!!フラン、私歩けるからっ!」
「ん?ダメです。シアラは病人なんだから」
浮遊感を感じた原因は、フランが私をお姫様抱っこをして抱えているから。その浮遊感はベッドの元に辿り着くまで続いた。ベッドへとゆっくりと下ろし、ご丁寧に掛け布団を掛けるフラン。
(介護されてる気分だな…)
「フラン、そこにある椅子使って」
私は近くにある椅子を指差すと、フランは椅子をベッドまで引き寄せ、腰掛けた。
「ありがとう。わざわざ心配してお見舞いに来てくれて…。フルーツもこんなに沢山」
「昨日のお茶会、体調を崩して急に帰ったと知って…。大分苦しんでいたと人伝に訊いたから心配になった。それより、体調はどう?」
起き上がって喋ろうと、上体を起こすも、フランに制止され、横になる。かなり心配をかけたのだろう。麗しい顔に眉間に皺が寄っている。
「うん、体調は寝たら良くなったわ。お茶会の時よりは断然今の方が元気」
「そう、良かった。あ、よかったらこれ──」
サイドテーブルに置かれてあるフルーツが盛り沢山に詰まったバスケットから小さい包みを取り出す。小さい包みを開け、サイドテーブルの上に広げると、コロコロしたクッキー、前世のスノウボールクッキーに似たお菓子があった。
「これ…シアラに食べてほしいんだ」
「…クッキー?かしら?」
フランに訊ねると、少し恥ずかしそうに話し出す。
「僕が作ったお菓子なんだ。人間好みに味を調節して作ってみた。ほら、前にシアラのアドバイスでシャルロッテに試食を頼んだ──」
「あぁっ!!あの時のっ!!」
参加者二名(私とフランのみ)の秘密のお茶会を開催した時に、フラン√に入る確定選択肢“今度、人間界の人達も大勢参加するパーティーがある。妖精界のお菓子を振舞いたいんだが、口に合うか分からない。よかったら試食を頼みたい”があり、これをシャルロッテに言ってみて──とアドバイスをした。シャルロッテとの距離感がぐんっと近くなる魔法(?)の誘い文句だ。このアドバイスをフランは実行したってこと…?
「作ったって事は、リリーさんに試食をお願いしたの?ねぇ、その後リリーさんとは何か進展あったのかしら?」
私が興味津々で訊くと、フランは頬をほんのり赤らめる。
「……うん、食べてくれた。シャルロッテ、とても美味しそうに食べてて、喜んでた。感想も的確で、参考になったんだ」
ふわっと微笑む彼の表情は少年の様な顔だった。
「シアラのおかげだよ。あれからちょくちょくお菓子の試食をお願いしてその度に感想を聞かせてもらっているんだ」
「ふふっ、役に立って良かったわ」
目の前の美少年はとても嬉しい様子で、フランの感情と同期した金の粒子がキラキラと彼の周りを光り輝かせていた。
(フラン上手くいったんだっ!!じゃあこの世界はフラン√……いや、違う…!!)
――――――――
フランと他愛ないお喋りをし、そのお喋りの間中、スノウボールに似たお菓子を頂くと生地にオレンジピールがたっぷりと練り込まれていて、とても美味しかった。フランにそれを伝えるとオレンジピールを提案したのはリリーさんとのこと。流石お菓子好き、ただ甘いだけじゃなく酸味が加わったことでより美味しさを増す。色んなお菓子を食した経験が詰まっている。フランは今、新作を考えているとのことで、次のぷちお茶会に新作を持って来てくれるってっ!!とっても楽しみ!!
お茶でも淹れようと思い、立ち上がろうとした途端、フランに止められる。私の体調を気遣ってか用事があるからすぐお暇すると言って、帰ってしまった。
(何もお招きの準備出来なかったな…。風邪が治ったら少しお高い茶葉を持ってぷちお茶会に振る舞おう)
「と、メアリーが買い出しに行っている隙に──」
私は、サイドテーブルの引き出しから鍵を取り出す。鍵を手に持ち、ベッドから立ち上がる。壁側の隅にある長い猫足のテーブルの前に向かうと、鍵穴がある引き出しに手に持っている鍵を嵌め込み、時計回りに捻る。カチャンッと解除の音が鳴ると、引き出しを開ける。その中には一冊の本が入っており、表紙には【㊙︎攻略本】とでかでかと前世の文字で書かれている。
そう、これが私が転生してすぐに書き込んだこの世界の攻略本。各キャラのプロフィール、性格、√、攻略方法、結末全て記してある。プレイした時期は大分前なのに、昔の事の方が良く覚えていると言わんばかりに、一度書き込むと筆が止まらなかった。
私は、√確定ページを開く。
「──ジーク√はランチに誘われる。選択肢“はい”で確定。ロキ√は一緒に庭園を回りませんか?選択肢“はい”で確定。そしてフラン√はパーティーに出すお菓子の試食をお願いする。選択肢“はい”で確定」
嫌な予感の正体が判明した。
「──やっぱり、攻略キャラ全員が確定√になってる……」
おかしい──こんな事ある筈がない!!!!
この乙女ゲームは選択肢を駆使して、攻略したいキャラの好感度を上げていく。好感度の高さから、攻略したいキャラに近付くことで、そのキャラの√に確定する選択肢が現れる。それは一人のキャラにつき、一度しか出てこない選択肢で…。同時に二人のキャラを攻略する事は不可能。結末を迎えて再プレイし、他のキャラを攻略していく。要するに──
「──この世界は一体、誰√なの?」
考えられる事は……私と云う転生者が入り込んでこの世界を歪ませてしまった?!─それは非常に、困る…。
「だって私は、この世界で第三者視点で穏やかに過ごしたいのに…」
誰の√か分からないなら、この攻略本も意味を成さない。攻略本通りのシナリオの世界ならどのような振る舞いや生活を送ればいいのかある程度は予想が付くし、先回りをして事前に対処も出来る。
(私の理想とする穏やかな生活が送れないじゃないっ!!)
そして私の願い事はもう一つ───
「ヒロインや推しには幸せになってほしい……」
ガチャ
「シアラお嬢様、今戻りました」
玄関のドアが開く音が聞こえると、メアリーの凛とした声が響く。私は急いで、引き出しに攻略本を仕舞い、鍵をかける。鍵はチェーンを通し首にかけ、胸元に一時的に隠す。玄関に向かうと、メアリーが今にも手から落ちてしまいそうな大荷物を抱えて、部屋に入ろうとよろよろと歩いていた。
「手伝うわっ!!!」




