元王妃は屋根裏部屋が好き
「空気がおいしいわ!」
「放免されて最初の一言がそれか」
「生きて出られるとは思わなかったもの」
「これからどうする」
「そういえばわたくし、行くあてがないわ」
「しょうがないな。これも何かの縁だ。俺の家に来るか?」
♢♢
王の暗殺を陰で操っていた黒幕という、とんでもない濡れ衣をきせられ、毒酒による自害を命じられた王妃が私だ。
さらに刑を執行したように見せかけて強制労働所に送られるという、念の入った嫌がらせつき。寵妃ベラの仕業だと今でこそ白日の元にさらされたけれど、あの頃はとにかく生きるだけで精一杯だった。
グレイが雇い主の寵妃を裏切って私を助けなければ、今頃は廃人だっただろう。彼には感謝してもしきれない。
♢♢
「最高っ! 何かしらこの安心感は。何かに包まれているような、守られているような。ここは母のお腹の中?」
「屋根裏部屋だ」
「狭さといい暗さといい、申し分ないわ!」
「褒めているのかそれは。それとも元王妃をこんなところに住まわせる気かという皮肉か」
天井は大人が立ち上がれば頭がつく高さ。
広さもベッドと小さなテーブルを置ける程度。
強制労働所の使用人部屋の方が広いくらいだ。
けれども私にはとても魅力的な場所に思えた。
「最大級の賛辞のつもりですわ」
「元王妃が無実とわかり寵妃の罪が暴かれたといっても、あなたは自害したことになっている。今のあなたを見て元王妃フィルティナとは誰も気づかないだろうが、念のためしばらくはここに隠れていてくれ」
私は肩までの長さに切られた髪に軽く触れる。王妃の頃は黄金の髪とも言われた光は、労働に明け暮れた日々でくすんだものになった。肌の色も日に焼けてだいぶ変わった。美しいドレスは似合わなくなっただろう。それでも自分は今の方がいい。
「今できることは、とりあえず掃除ということね」
♢♢
騎士のグレイは騎士の身分を捨て、冒険者になり素材集めや狩りで生計をたてるように。
私は部屋を整え、毎日グレイの暮らしを支える日々。
ある日グレイが私に言った。
「王は後悔と悲しみで伏せっているようだ。あなたは城に戻ることもできる」と。
私は答えた。
「私の言葉を一言も信じなかった男に未練はないし、私は屋根裏部屋がいい。それに、屋根裏部屋にいるとあなたにずっと守られている気がするの」
と言うと
「それならずっとここにいるといい。俺も屋根裏部屋と共に死ぬまで君を守る」
と彼は私の手を握った。
こんな幸せなことあるかしら。