8:形式だけの結婚式
そして迎えた結婚式の日――。
ノーマは白いウェディングドレスをヘラや他数人の侍女に着付けてもらい、たいそう念入りに化粧を施された。
人生でこんなに丁寧におめかしされたのは初めてだ。おかげで、いつも目立たずひっそりいて、周囲から影のようだとさえ言われていた彼女は見違えるように美しくなっていた。
アップにした茶髪はキラキラと輝いて見え、口元の紅が大人っぽさを演出している。この姿だけ見れば上級貴族の娘と言っても信じられそうなくらいだ。
(化粧の力ってすごい……! どんな醜女でも美人にしてしまうのですね)
ちなみにノーマは特段醜女ではない。どちらかと言えば可愛い方であり、磨けば光るタイプだ。だが、彼女にその自覚は微塵もなかった。
「ノーマ様、素敵でいらっしゃいますよ」
「まあ嬉しい。ありがとうございます。いつもの地味な私が嘘みたいです。うち……プレンディス家にいた頃はお金がなくていつも化粧ができなかったので、ずっと紅を一度でいいからさしてみたいと思っていました。それがこんな形で叶うなんてとても嬉しいです」
こうして多少自分への花嫁としての自信を持ったノーマは、覚悟を決めて、いよいよ始まる結婚式へと臨む。
きっといい花嫁を演じて見せよう、そう思いながら――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……しかし、そんな彼女の決心は粉々に打ち砕かれることになってしまった。
やたらと広いホールで行われる割には参列者はガイダー夫妻のみと使用人勢のみ。立会人も欠席したようで、その代わりを執事が務めるという始末だ。
ギャデッテ王女からの婚約破棄の一件でハンスの評判は地に落ちてしまい、多くの友人だった人物との縁が切れてしまったためらしい。ひどく寂しい会場の中、中央に新郎新婦であるハンスとノーマが立った。
「新婦ノーマ様。あなたはハンス様を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も夫を愛し、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
執事から真っ直ぐに投げかけられる言葉。
(こういうのは普通男性の方からではないのでしょうか?)疑問に思いつつノーマは、緊張の面持ちで答えた。
「はい、誓います」
この胸に恋愛感情がなくともこれから夫になるハンスを支えて生きていこう。それが彼の妻になるにあたってのノーマの心であり、誓いの言葉に嘘はなかった。
次は執事の視線がハンスの方へ向けられる。そして再びお決まりの文句が響いた。
「新郎ハンス・ガイダー様。あなたはノーマ様を妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も妻を愛し、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「――」
それを受けたハンスは、ただ、静かに頷いただけだった。
「愛している」どころか「ああ」という短い応えすらない。そんな彼を見てノーマは戸惑うしかなかった。
(ええと。これは、一体……?)
困惑しながらガイダー夫妻の方に目をやれば、夫人が頭を抱え、先ほどまでニコニコしていたはずのガイダー卿が人でも殺しそうな目で息子を睨みつけていた。どうやら夫側が誓いの言葉を口にしないのは結婚式のルールというわけではないらしい。
そこまで理解し、なおもノーマの頭を埋め尽くすのは疑問だ。いくら突然の結婚だとはいえ、これはあまりにも失礼にあたる。もしかして自分が失敗をし、嫌な女だと思われたのではないだろうかと不安が胸に込み上げた。
結局ハンスが何かを言うことはなく、首肯を誓いということにしたのか、執事が「祝福あれ!」と高らかに声を上げる。
しかしノーマは、いや、その場にいた全員は、これがハンスにとって望まざる結婚であることを嫌でも理解してしまった。
(はははは……。馬鹿ですね。私ったら、何を期待していたのでしょう)
綺麗に着飾ったところで所詮は下級貴族の薄汚い娘だ。そんなのがハンスに気に入られるわけ、ないというのに。
愚かな自分を嗤い、ノーマは深く深く肩を落としたのだった。
その頬に涙が伝ったのは気づかないふりをして。
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