6:辺境伯夫妻との顔合わせ
「おかえりなさいませハンス様。その横に連れていらっしゃる方が婚約者の方でございますね。ようこそ、ガイダー辺境伯邸へ」
お辞儀をしながらノーマたちを迎え入れたのは、ガイダー辺境伯に仕えているのであろう家令だった。
その横には男女の使用人が並び、家令と同様に頭を下げている。プレンディス子爵家は貧乏故に使用人を一人も雇っていなかったため使用人を見るのはかなり久しぶりで、その数の多さもあってノーマはとても驚いてしまった。
しかし当然ながらハンスにとっては普通なようで、無言でノーマの手を引き、屋敷の門をくぐり抜ける。
ノーマは戸惑いながらもこわばった笑顔を精一杯貼り付け、彼に付き従った。
ガイダー辺境伯領は田舎である。だから屋敷は大して豪華でないのではないかとノーマは考えていたのだが、それは大きな間違いだった。
使用人の数はもちろんのこと、廊下にあしらわれた装飾などどこを見ても別次元へやって来たような気分になる。自分ごときがこんなところにいていいのだろうかという場違い感が半端なかった。
「このお屋敷は本当に素晴らしいですね。とても広い……」
「そうだろう。案内は後で使用人にさせるが、それよりもまずに両親に会ってほしい。いいだろうか?」
「もちろんです」
そう答えたものの、辺境伯に会うのは初めてだったので胸の中は不安でいっぱいだった。
しかしそんなノーマのことなどお構いなしのハンスは、彼女を応接間へ連れて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おお、その娘がお前の新しい婚約者か! お嬢さん、どうも。私はガイダー辺境伯家の当主、トーマス・ガイダーだ!」
「その妻のシリル・ガイダーでございます。可愛らしいお嬢さんですね」
応接間に通されるなり、先に待っていたのであろうガイダー夫妻に挨拶をされた。
ガイダー卿は肌が浅黒い熊のような大男で、一方のシリル夫人は華奢で線が細い。間違いなくハンスは母似だろう。
夫妻に声をかけられ、思わず数秒固まってしまったノーマは慌てて名乗った。
「可愛らしいだなんて言っていただけまして光栄でございます。私はノーマ・プレンディスと申します。この度ハンス様と婚約させていただきました」
彼らは上級貴族。ノーマはできる限りのカーテシーを披露するが、あまり自信がない。
それでも夫妻は嫌な顔をすることなく、むしろ快く受け入れてくれた。
「ハンス、でかしたぞ! ギャデッテ殿下から婚約破棄されたと聞いた時は勘当しようかどうか迷ったが、こんな娘さんを連れて来たのなら不問としよう!」
勘当という不穏なワードが突然飛び出して来たので驚いたが、確かハンスは婚約者を新たに作るまで領地に戻ってはならないと言い付けられていると言っていた。ガイダー卿は相当怒っていたのだろう。だがノーマは無事にお眼鏡にかなったようで、彼女は心底安心した。
(もしも気に入られなかったらハンス様ごと追い出された可能性もありますからね。……そうならなくて良かった)
それからノーマとガイダー夫妻は、婚約についてのことを改めて話し合った。
プレンディス子爵家への支援金のこと、次期辺境伯夫人として求められるであろうことなどなど。
そして当然結婚式の打ち合わせも行い、ハンスの言っていた通り明日の夜にも結婚式を執り行うことが決定した。
「ノーマ君の花嫁姿に期待だな! 明日が楽しみだ」
ガハハと牙のような歯を覗かせて笑うガイダー卿。かけられる期待の重圧を感じつつも、ノーマはなんとか頷いてみせたのだった。
「さあノーマ。君は準備が必要だろう、早くしないと間に合わないぞ。俺はもう少し両親と話があるから、君は先に出ておいてくれ」
「は、はい! では皆様、失礼します!」
結婚式の話が終わるとすぐに、ハンスに追い出されるようにして部屋を出た。その途端に緊張していた全身がほぐれ、安堵の吐息が漏れ出る。
何はともあれ、こうして無事に辺境伯夫妻との顔合わせは済んだのだった。
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