42:今度こそ本物の断罪を
「ノーマ様!!」
ヘラの叫び声が聞こえて、ノーマは目を覚ました。
ここはどこだろう。ようやく辺境伯家のベッドの上でも、宿屋でもなさそうだ。見上げるとそこには青く澄み渡った空があった。
「捕まえたぞ」
「とにかく地下へ」「押し込めろ」「逃がすなよ」
ドドドと獣の群れが走り抜けたかのような轟音が響き、全身に信じられないほどの重圧がかかる。
一瞬息が止まったかと思うほどだった。何が起こっているのか理解できず目を回している間に、青空が見えなくなりどこか暗いところへ押しやられる。
そうしながらノーマはガンガンする頭でどうにか気絶する前のことを思い出していた。
(ああ、そうでした。私……)
王太子から受けた最悪の仕打ちを思い返し、ゾッと鳥肌が立った。
脱走を試みて失敗し、暴力の限りを尽くされていた最中にヘラとネリーが来てくれたところまでは覚えている。だが、すぐに気を失ったのでその後のことはわからない。
だがどうやら気絶していた時間はそこまで長くなかったようだ。今見つめているこの天井は先ほどまで倒れていた地下牢の通路と同じものだった。
「このッ。……ノーマ様、ノーマ様!」
ヘラの叫びが遠くなり、やがて聞こえなくなった。
そして先ほどにも増してうるさくなる足元の轟音――もとい、無数の男たちの足音。
どこからかネリーの声もしたような気がしたが気のせいかも知れない。先ほど王太子に踏まれ殴られたばかりの全身が、押さえつけるようにしてのしかかって来た男たちの体重によって再び痛めつけられたせいで周囲の音を聞いている場合ではなくなったから。
声も出ない。四肢がもげていないのが不思議なくらいの激痛が走り、目の奥で火花が散った。
いつまでこの苦しみは続くのだろうか。
逃げ出せたと思っていたのに、ネリーもヘラも来てくれたのに、まだ足りない。
どうすればどうすればどうすれば――。
「ハンス、様」
ほとんど無意識だった。
頭は朦朧としていて、ろくにものを考えられる状態ではなかった。
だからまさかその呟きに応えてくれる声があるだなんて思ってもいなくて。
「俺の妻に何をしている、この痴れ者どもがッ!」
顔を真っ赤にしてそう怒鳴りながら男たちの群れをかき分けて現れたその人物に、息を呑むしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこからはもう、すごかった。
先ほどまでノーマを取り押さえていたはずの騎士たちから一斉に悲鳴が上がり、バタバタと崩れ落ちる。
そして駆け寄って来た男――ハンスがここにいることを、ノーマは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「大丈夫か。クソ、全身血塗れじゃないか。これでよく生きていられたな」
「ハンス様……助けに来てくれた、のですか」
ちなみに、ネリーとヘラがいる以上彼もついて来ている可能性は十分に考えられたが、ズタボロになったノーマにはそれを考える余裕はなかったのである。
茶色の目を丸くして驚くノーマに苦笑し、ハンスは言った。
「助けに来ただなんてそんな立派なものじゃない。無力な俺はただ、馬鹿王子が報いを受けるように話し合いをするくらいしかできなかった。あいつらに泡を吹かせているのは国王だ」
(話し合い? 国王? そんなことよりもしかして、今、ハンス様の腕の中にいる……!?)
ハンスに抱き上げられていたことに気づき、焦り出すノーマ。
しかしそんな彼女を状況は待ってはくれず、彼女らの背後で本物の断罪が始まっていた。
「王太子チャームよ。お前というやつはなんということをしでかしたのだ!」
まるで落雷のような国王の怒声に、王太子はびくりと身を震わす。「何を言っているのです、陛下。わたしは何も」
しかし彼を遮る声が二つ。
片方は巨漢の令嬢、そしてもう片方はいつの間にか地下にやって来ていた王太子の妹――第二王女からだった。
「嘘言ってんじゃないよ、このクズ変態王子! ノーマちゃんとメルグリホ王女殿下を監禁・その上ノーマちゃんには暴行までしたのはバレてるんだからね」
「兄上、しっかりやるって言ったじゃないのッ! どうしてしくじっているのよ!!! そのモブ顔を始末するどころかガイダー家の奴らに知られてどうするつもりなの!? この役立たずッ! 兄上は気持ち悪いからずっとずっとずっとずっとずっとずっと嫌いだったけれど、今は殺してやりたいくらいだわ!!!」
ネリーはともかく、王太子と共謀してノーマを陥れようとしていたギャデッテ王女は同罪なのだが、本人は兄への怒りでいっぱいでそのことに気づいていない。
「ギャデ、これは計算外だったんだ。まさかハンス・ガイダーまで現れるなんて。ああ畜生、騎士ども、そいつらを全て始末してしまえ!」
やけくそ気味になって叫ぶ王太子チャームだったが、彼の言葉に従う騎士は誰一人としていなかった。
王太子より国王の方が身分は上。いくら金で雇われているとはいえこの状況で王太子に味方をするのは圧倒的に不利だったのだ。
「違う! わたしじゃない。わたしはただ、ギャデと結ばれたかっただけなんだ……!」
「はぁ!? 気持ち悪いこと言わないでちょうだい、ワタクシ、愛するのはフランツだけって決めたの。誰が兄上なんかと結婚すると思っているの!?」
どうやらギャデッテ王女のその言葉にキレたらしい。
王太子チャームは次の瞬間凶行に出た。彼の一番近く、壁際に立っていたネリーを無理矢理押し倒そうとしたのである。
「わたしに何かしたらこの娘がどうなっても知らないぞ!」とでも言うつもりだったのだろう。
だが――。
「お生憎様。あたし、そんなに弱くないから」
逆に地面に組み伏せられていたのはチャームの方だった。
「できれば直接的な暴力はふるいたくなかったんだけど、王様いるし、まぁいっか。とにかくあんたは終わりだよ、クズ殿下」
「何を……」
「国王陛下、さっさと断罪しちゃってください」
ネリーの言葉に、国王は頷く。
それから威厳ある声で言った。
「王太子チャーム! 第一王女メルグリホとノーマ・ガイダーを監禁し、暴行を加えた罪により、王位継承権を剥奪、生涯幽閉とする! そしてお前もだぞ、ギャデッテ。謹慎中なのに勝手に抜け出して来たのだ。罰がないと思うな」
「なっ……!」
「え、ワタクシも!?」
愚かな王太子と王女は、国王の命令によって騎士に捕らえられる。
先ほどまで味方だった騎士の手のひら返しに遭った王太子は、「わたしがくれてやった恩を忘れたか!」などと叫んでいたが、とうとう聞き入れられることはなかった。皆、国王が怖いのである。
……まあどちらにせよ婦女子に暴行したわけだから後で処分されることは間違いないが。
(ああ、これでやっと終わったのですね)
引っ立てられていく二人を見送りながら、ノーマは安堵の息を吐いた。
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