36:虫の知らせ、ならぬ侍女の知らせ※ハンスside
ノーマが再び王宮へ行ってしまったので、ハンスは焦っていた。
もうすぐ彼女の誕生日だ。だが、ノーマが辺境伯領に帰って来た時にはすでに誕生日を過ぎているだろうことは明らかだった。
しかしハンスはこれでも次期当主である。そう簡単にガイダー領を離れるわけにはいかない事情が色々とあった。
ネリーには「あたしに任せなよ」と言われたが、そんな無責任なことはできない。悩みに悩んだ挙句、こっそりノーマの後を侍女のヘラに尾けさせることにしたのである。
「これをノーマに届けろ。俺からの贈り物だと、きちんと伝えるんだぞ」
「はい。了解いたしました」
深々と頭を下げ、ノーマから一歩遅れて屋敷を出ていくヘラ。
ハンスはその後ろ姿を見送りながら、同行できないことをほんの少しだけ寂しく思った。
本当はノーマに直接プレゼントを渡したかったのだ。
しかしそれはもう叶わない。全ては、ノーマを力づくでも引き留めなかった自分のせいなのだから。
「お兄ちゃんはやっぱりヘタレだねぇ」
そんな声が聞こえた気がするのは、きっと聞き間違いではないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
だがそれから数日後、ヘラが帰って来た。
出発してからまだ三日しか経っていないはず。そんな早くに戻って来るのはあまりにもおかしい話だった。
「ただいま戻りました。ハンス様、大事なお話がございます」
「何だ。ノーマはどうした?」
「私どもの馬車が襲撃され、ノーマ様の追跡が不能となりました。襲撃者は王家の者であり、ノーマ様の身に危険が迫っている可能性が高いかと思わる次第でございます」
言いづらそうに告げられたヘラの言葉に、ハンスは固まった。
(襲撃者? しかもノーマではなく侍女の乗っていた安物馬車を襲う、だと……?)
あまりにもおかしい。
まるでそれでは、ヘラがノーマの元へ辿り着くことを阻害しているようではないか。
しかもそれが王家の者となると、見えて来る答えは一つだった。
「やはり嵌められたか」
メルグリホ王女はそれなりに評判が良く、こちらへの悪意を剥き出しにしていなかったから大丈夫かと思っていたが……甘かった。甘過ぎた。
彼女はあのギャデッテ王女の姉なのだ。何をしでかしてもおかしくない。仮にメルグリホ王女自身が関係なかったとしても、それを好機と見てギャデッテ王女が動いた可能性だってある。
ノーマを誘拐し、ハンスを脅すために。
こうなればハンスが取るべき行動は決まりきっていた。
やらなければならない仕事をほっぽり出し、両親に相談することなくネリーに会いに行く。そして言った。
「馬に乗せてくれ」
ハンスは乗馬ができない。
だから妹に頼み込むしかなかったのだ。
……馬車ではいささかスピードが遅いのである。身軽な馬が一番だった。
「急にどうしたの、お兄ちゃん? ただならぬことが起きたみたいな顔してるけど」
「察しが早くて助かる。つい先ほど、侍女の知らせを受けた。ノーマが危ないかも知れない」
「本当!? ちょっと待って、今すぐ馬出すから! 後でしっかり説明してよ」
ネリーは慌てて馬を用意した。本来ノーマの誕生日に贈る予定であったプレゼントの一つである。
彼女はそれに跨り、ハンスを背後に乗せると早速走り出そうとした。だがそれはヘラに止められた。
「ネリーお嬢様、ハンス様。誠に身勝手なことであるのは充分自覚の上なのですが、私も連れて行ってくださいませ。ネリーお嬢様はともかく、ハンス様では王家の使いに敵うはずがございません」
主人の息子に対して不敬な物言い。だが、ハンスが一切戦えないのは事実である。ネリーでさえ短剣を持てるのに、だ。
(いざという時に役に立たない。俺はどこまでもポンコツだな)とハンスは勝手に落ち込んだりしたが、そうしている余裕はなかった。
「ヘラは戦えるのか?」
「はい。これでも一応、屋敷を護るために鍛えられております故」
「なら連れて行こう」
そういうわけでヘラも加わり、三人で王宮に突撃しに行くことになったのだった。
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