30:ニヤニヤしてる
(何なんですか、これ。皆さんどうしたのでしょう……?)
ノーマはここ最近、困惑していた。
ガイダー辺境伯領に戻って来てからというもの、周囲の人々の様子が明らかにおかしいのである。
例えばハンスはノーマを盗み見てくるし。
それだけではなくガイダー辺境伯や夫人。ネリーなどはニヤニヤするようになった。そしてヘラをはじめとした侍女たちはコソコソと噂話をしていた。
(もしかして舞踏会で私が叫んだことを笑われているんでしょうか。怖くて訊けない……)
でも不思議なことに、彼ら彼女らは嫌悪感を抱いているというよりは、どちらかと言えば温かい視線を投げかけて来ているように思う。
一体どういう意図があるのか、ノーマにはまるでわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……どうしたんだ」
「すみませんハンス様。どうしても、その、伺いたいことがあって」
だがそれも数日で我慢できなくなり、ある夜、ノーマはハンスに尋ねてみることにした。
あの馬車の中での気まずい空気のことを考えて原因は彼にあるのではと思ったからだ。仮にハンスがノーマを嫌ったから、屋敷の人々の態度が変わったのだとしたら……と思うと恐ろしかった。
「どうして皆さん、ニヤニヤしていらっしゃるのかと気になって。それにハンス様、最近私の方ばかり見つめていらっしゃいませんか?」
恐る恐るそう問いかけると……ハンスはギョロ、と赤い瞳を見開いた。
やはりまずいことを聞いてしまったらしい。思わずブルっと身震いするノーマだったが、時すでに遅し。ハンスは若干前のめりになって言った。
「……どうして俺が、君を見ていたと思った?」
「え。そりゃ、わかりますよ。以前なんて顔を合わせることすら稀でしたのに、私がお掃除のために廊下に出ている際によくお見かけしますから。私を監視していらっしゃるのかと……」
「――!」
息を呑み、しばらく硬直した彼だったが、すぐに首を激しく振って「何でもない」と言う。
あまりにも不審すぎる態度を問い詰めようかと思ったが、すぐにやめた。ただでさえ良好とは言えない夫婦仲がますます険悪になってはたまらないからだ。
だが、それにしても一体どうして皆が皆おかしな目で見てくるのだろう?
ノーマは首を傾げるばかりだった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてその翌日、唐突にネリーからこんなことを聞かれた。
「ノーマちゃんは好きなものとかある?」
「ありますけど……どうしたんですか、急に」
「なんかね、ノーマちゃんにプレゼントを贈りたいっていう子がいるんだよね。その子に聞いてほしいって言われて」
やはり今日の彼女もずっとニヤニヤしている。
表情に気を取られて話の重要な部分に引っ掛かりを覚えないまま、ノーマは答えた。
「私、実は馬が欲しいんです」
「馬か〜。もしかしてノーマちゃん、乗馬が得意なの?」
「いえ。乗馬経験は一度もないのですが……以前に馬と触れ合った時、心から楽しいと思ったので」
ふぅん、とネリーが興味深そうに頷き、「それならあたしが教えてあげる」と快く言ってくれた。
そんな気はしていたがやはりネリーが乗馬ができるのだと聞いてなんだか嬉しくなる。ノーマは喜んで乗馬を教えてもらう約束を取り付けたのだった。
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