3:翌朝のお客様は……
――翌朝。
暖かな朝の日差しで目を覚ましたノーマは、いつものように食堂へ向かう。
何気ない朝。父や母、弟と一緒に食事をとり、団欒する。学園は全寮制ではなかったため、卒業したところで別に特別感はなかった。
そんな中、ノーマは昨日から言おうと思っていた話題を切り出すことにする。
「……父様。私、この先の進路を決めかねているんです」
父のプレンディス子爵はノーマの言葉を聞いて、ピクリと眉を上げた。
「もしかして何か就きたい仕事でもあるのか?」
「……学園に通っている間中、この先のことをずっと考えていたのですが、結局特段就きたい仕事も嫁ぎたい家も見つかりませんでした。今日からは私も子供ではありません。ですからそれ相応の仕事……侍女にでもなろうと思っているのですが、それにしては教養が足りず」
ノーマをじっと見つめるプレンディス子爵。
(もしかして父は私が侍女になることを望まないのでしょうか?)と不安になるノーマに、彼は口を開こうとし――。
それは突然慣らされた呼び鈴の音によって遮られた。
ノーマはもちろん、子爵夫人もノーマの弟もそれはそれは驚いた。何せまだ早朝と言っていい時間帯である。客が来るにしては随分と早い時間だし、それより何より今日は誰かが訪問に来る予定などなかったはず。
ノーマと違って既に弟には婚約者がいるのでその婚約者かとも思ったが、弟の驚愕っぷりを見てそれも違うだろうと思えた。
「……来たか」
しかしただ一人動揺を見せなかったプレンディス子爵が小さく呟く。
そして彼は「お招きしなさい」とすぐにその客人とやらを迎え入れることを決めてしまった。
「父様、誰なんです」弟が小声で言った。「こんな時間に訪れるような非常識人をそんなにあっさりと」
「もうじきわかる。丁寧に出迎えなさい」
既に食事自体は終わっていたから、ノーマたちは口を拭いて一斉に椅子から立ち上がった。
一体客人が誰であるかはわからないが、父がそれほどいうのだから大事な相手に違いない。そう思ってノーマは着ていたルームドレスの裾を整え、玄関へと向かった。
……そしてその先で息を呑むことになる。
「こんな時間に来てしまって申し訳ありません。私はガイダー辺境伯家の長男、ハンス・ガイダーと申す者ですが」
そう言って頭を下げる黒髪に真紅の瞳の青年、ハンス・ガイダー辺境伯令息が我がプレンディス子爵家の戸口に立っていたのだから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ハンス様!? ど、どうしてここにいらっしゃるのです!? えっ。私の見間違いではないでしょうか……!?)
彼を見た瞬間、ノーマの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
なぜ、どうして、そんな言葉しか出て来ない。「あ、あ、あ……」と変な声を上げることしかできなかった。
「ハンス・ガイダー様。ようこそいらっしゃいました。私はプレンディス子爵家の当主でございます」
「そ、その妻ですわ」
「……」
父はいつも通りに、母はややたどたどしくはあるが挨拶を返す。弟はあまりのことにノーマと同じく声が出ないようだった。
昨日ハンス・ガイダー辺境伯令息は第二王女ギャデッテ殿下から婚約破棄されたばかりのはず。確かにその後の足取りの話は知らなかったもののてっきり領地に帰っているとばかり思っていたから、まさかプレンディス子爵家へやって来るなど想像もしていないことであった。
あの婚約破棄劇においてノーマはあくまでもモブ。だというのにどうして彼がわざわざこの屋敷へ?
理解が追いつかないまま、子爵に背中をポンと叩かれて我に返る。慌てて挨拶をした。
「ぷ、プレンディス子爵家が長女、ノーマ・プレンディスでございます。おはようございます。ようこそおいでくださいました。何のご用でございましょうか……?」
何かとんでもないことが始まるのではないか。
そんな漠然とした不安を抱えたまま、ノーマは恐る恐るハンス令息に問うたのだった。
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