29:モブ顔のくせに※ギャデッテside
「もう、何なのよっ」
壁に向かって投げつけた花瓶が音を立てて割れ、床に散らばる。
ギャデッテはそれをヒールで三度ほど踏み砕いた。
しかしそれでも怒りは収まらず、ベッドを何度か殴りつけてからようやく、掃除のために侍女を呼んだ。
ギャデッテがこれほど激昂している理由。それはもちろん、元婚約者――ハンス・ガイダーとその妻について。
(ただの木端辺境伯家風情が王家の宝であるワタクシに逆らうなど、一体どういうつもりなのかしら!)
大人しく断罪されておけば良かったのだ。
そもそも先に手を出してきたのはあちらではないか。なのにどうして、自分が父に叱られ、謹慎などさせられなければならないのだろうか?と心から不満に思っていた。
……もちろん本人は、冤罪をふっかけて一方的な婚約破棄をしたことなどすっかり忘れ去ってしまっている。なので完全に被害者のつもりでいるのだ。
父である国王の言いつけで一ヶ月間謹慎させられているギャデッテは、元恋人であり今は婚約者のフランツ公爵令息にも会うことができない。
夜の慰みすらない生活をすでに数日続けていたが、もう限界だった。最近は物に当たらないと頭がどうにかなってしまいそうなほど。
「全部! 全部ハンス・ガイダーが悪いんだわ! それにブス女! 貧乏子爵家の生まれのくせに!!! モブ顔のどうしようもないクズであることを自覚できないのかしらッ!?」
ギャデッテの価値観で言えば、世の中は身分と顔が全てである。
従って、特別美人でもなければ頭がいいわけでもないノーマは底辺も底辺であり同じ人間とすら思っていないような相手だ。そんな女にこれほどの屈辱的な思いをさせられるなんて、到底許せることではなかった。
しかもノーマはどうやら姉――メルグリホ第一王女に気に入られた様子である。
それがさらに腹立たしい。ギャデッテは今でこそメルグリホ王女を嫌っているが、かつては憧れ、認めてもらおうと努力していた時期もあったくらいなのだ。
どうしてあのモブ顔は認められて自分は認められないのか。苛立ちが募る。
「モブ顔のくせにモブ顔のくせにモブ顔のくせに――ッ!」
そこら辺にあった壺を地面に叩きつける。ちょうどそこへやって来た侍女が「おやめくださいませ」と慌てて止めたが、彼女はお構いなしに叫び散らした。
……だが、もはや発狂したと言っても過言ではない彼女を止められる者が一人だけ、いた。
「ギャデ、何をそんなに暴れているんだい?」
そう優しく問いかけながら現れたその人物を見て――ギャデッテは思わず固まった。
ギャデッテと同じ母譲りの金髪に、父と姉と同色の紺色の瞳をした青年だ。
王太子チャーム。
ギャデッテが敵視している、たった一人の兄だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なぜ王太子チャームのことが嫌いなのかと言えば、いやらしいからである。
実の妹なのに彼はいやらしい視線を隠そうともしない。それに過剰にベタベタしてくる。所謂シスコンというやつなのだろう。
だがギャデッテは兄を恋愛対象とは思っていないし、むしろ嫌悪感しか抱いたことがないくらいだ。
(死ね)
心の中でそんな風に罵倒を浴びせる程度には、憎たらしく思っていた。
「あら兄上、何のご用かしら。こう見えてワタクシも暇じゃないのだけれど」
「可愛い妹の顔を見に来るのに理由なんているのかい? つれないことを言わないでおくれよ」
「それで本題は」
これ以上兄の甘言を耳にするのは気持ち悪過ぎるので、邪魔な侍女を追い払った上で話の続きを促した。
するとチャーム王太子はそっとギャデッテに身を寄せ――耳元でこんなことを言ったのだ。
「……可愛いギャデに力を貸そうと思ってね。どうだい?」
それはまさに悪魔の囁きそのものだった。
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