28:好き、かも知れない※ハンスside
『私の夫は、悪役令息なんかじゃありません!』
歳の割には小さい体で、精一杯に声を張り上げて叫んでいた彼女の姿が脳裏に焼き付いていた。
どうしてこれほどそのことばかりを考えてしまうのか、わからない。ただただ気まずく、ハンスも、そして隣に座るノーマも黙り込んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
舞踏会は予想通り散々なものとなった。
ギャデッテ王女になじられるのは想定済みだったが、まさか新たなる冤罪を着せられようとは。しかも、王女暗殺などという本当に犯したのであれば死刑では済まされない罪だ。
どれだけ反論しても聞いてはくれない。最悪、数日だけでも牢に拘束されることは覚悟だったが……意外なことにハンスの形だけの妻であるはずのノーマ・ガイダーが力強く反論し、王女を撃退して見せたのだ。
すごい。本当に凄まじいとしか言いようのない一幕だった。
それから色々あったものの無事に馬車まで戻って来たハンスたちだったが、一向に彼女の言葉が頭を離れてくれない。
どうしてだろうと思い悩んでいたところに、ネリーがふざけるような口調で、しかしいつになく真剣な眼差しをこちらへ向けながら言ったのだ。
「お兄ちゃん、さっきノーマちゃんに助けられて、惚れちゃったんでしょ」
まるで全てお見通しだと言いたげな言葉だった。
咄嗟に「馬鹿なことを言うな」と返したが、ハンスは妙に納得してしまったのである。
(――ああ、そういうことだったのか)
ただ単に認めたくなかっただけで、考えればすぐにわかる話だ。ネリーに言われるまでその可能性を完全に脳内から排除していたことを自覚し、苦笑せざるを得なかった。
ハンスは、ノーマ・ガイダーを心の中で認めつつある。
いや、それも正しく言えば違うだろう。……彼女の強い背中を、ギャデッテ王女にも負けない勇ましい姿を見て、かっこいいと心から思ってしまったのだ。
それは彼が人生で初めて抱いて恋情というものだった。
「好き、かも知れない」
口の中で呟き、俺は深くため息を吐く。
今更な話だ。あれだけ冷遇して、その上「君を愛することはない」と断言しておきながら、心変わりなどと。
ノーマは優しい。それは今までのガイダー辺境伯領での暮らしを見ればすぐにわかる。
だが、その優しさに寄りかかって許してもらっていいとも思えなかったし、第一そんなのはハンスのプライドが許さなかった。朝令暮改の信用のない男と思われれば、父から次期辺境伯の座を下されてもおかしくはないのだから。
幸か不幸か、ネリーはああ見えていざとなったら爵位を継ぐくらいの能力はあるのだし。
(そうだ。それに俺とくっついてもノーマはいいことなんて何もない。前もそう思ったからこそ、突き放したというのに。俺はなんて馬鹿なこと考えているんだ)
しかし、いくら理性で己を押さえ込もうとしても、どうしても変な感情が湧き上がってしまう。
小さくて、可愛くて、それでいて強い。特筆して美しくもなければ際立つ個性もない、とても地味な少女だったがそこが良かった。
ああ、手に入れたい。……妻であるということも忘れ、そう願ってしまうほどだ。
「クソ」
血が出そうなほどに唇を噛み締め、ハンスは一心不乱に窓の外を見つめているふりをする。
そうしながらもノーマの存在を意識し続けている自分が今すぐ殺してやりたいくらいに憎たらしかった。
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