25:お飾りの妻だけど
「私の夫は、悪役令息なんかじゃありません!」
普段は出さないような、特別大きな声が出た。
ノーマは元々あまり気が強い方ではない。だがこの時ばかりは声を大にして言わなければならないと思ったのだ。
ハンスを庇うようにして彼の前に出ると、周囲の刺すような視線が一気にハンスから隣のノーマへと移される。
しかしそれでもどうにか屈することなく、彼女は言葉を続けた。
「私の夫が、ハンス様が、ギャデッテ王女殿下の恋路を邪魔する悪役ですって?
そんなわけないではありませんか! ハンス様は冷たくてそっけなくて明らかに不器用な人ではあります。でも絶対に悪人じゃないんです!」
「おい、ノーマ君、俺の悪口言ってるよな?」
ハンスのツッコミも耳に入ることはない。ノーマはキッとギャデッテ王女を見つめていた。
「それに殿下に婚約破棄されてからまもなくハンス様は私と結婚したんです。もしも殿下に未練があるなら、結婚なんてしないはずでしょう」
「はぁ? 貧乏くさい女がこの高貴なるワタクシに口答えしようというの?」
ギャデッテ王女が不愉快げに鼻を鳴らし、薄紅の瞳でこちらをジロジロ眺め回す。
そして「取るに足らない愚物だわねぇ」と思い切り嘲笑してから、脅すような口調で言った。
「ワタクシに逆らえばどうなることかわかるかしら? 貴女のような貧乏女など不敬罪で処してもよろしいのよ」
「言い訳ができないからと、すぐ不敬罪という圧力に頼って恥ずかしくないのですか、殿下!
ハンス様を疑う証拠も、根拠も、足りないではないですか。それで私たちのみを一方的に処罰し、あるいは処刑するなど不公平極まりないです。それを何でも権力で解決してしまうなんて、卑怯というものでは?
権力だけに頼り、自分の力を持たざるあなたが、ハンス様を――私の夫を悪く言う権利はないはずです!」
ノーマはあくまでお飾りの妻かも知れない。
実際、本人から『君を愛することはない』と初夜に言われたくらいだ。だがそれでも、数日同じ屋敷で過ごし、顔を合わせ、少ないながらも言葉を交わしていた。
だからこそ、言える。
他人を見下し、嘲笑い、断罪するクズ女などに、ハンスが嘲笑されていいはずがないのだと。
ノーマは聞かされていた。
ハンスが辺境伯家当主になるためどれほど努力を重ねていたのかを。
無愛想ながらも領民を気遣い、苦情があれば一番に対応していたこと。妹に優しい兄であったことも。
だから、
「ただハンス様の存在が邪魔だからといって嫌がらせをするのはやめてください、王女殿下。ご自身が恋物語のヒロインである自覚を持っていらっしゃるのならば、それ相応の行動を求めます。
……これではまるで、殿下の方が悪役みたいでしょう?」
「なっ――」
これ以上、言葉は要らなかった。
顔を赤く染め、明らかに憤慨した様子のギャデッテ王女が胸から扇を抜き出してノーマへと投げつける。
だがそれをハンスが許さず、まるで何でもなかったかのように受け止めていた。
「暴力は感心しませんね、ギャデッテ殿下」
いくら王族といえど、抗議していただけの者に実力行使をしてしまえば、さすがに皆が納得しない。
先ほどまでと打って変わって、ギャデッテ王女が非難の目に晒される。彼女は「な、何よッ!」と怒鳴ったが、勝敗は火を見るより明らかだった。
(勝った。私、勝ちました……!)
それだけを確信したノーマは、安堵し――不意に体から力が抜け、地面にずるずると崩れ落ちてしまったのだった。
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