2:その夜のこと
「……ということがあったんです」
――その夜のこと。
帰宅してからノーマが卒業パーティーの一部始終を話すと、彼女の母であるプレンディス子爵夫人は「まあ、そんなことが」とくすくす笑った。
きっと次のお茶会のネタにする気なのだろう。貴族のご婦人方、特に夫人はこういったスキャンダルが大好物だからだ。
「本当に辺境伯令息が不正入学したというなら、辺境伯家も終わりでしょうねぇ。でもまあノーマの話を聞く限り、ギャデッテ殿下がその公爵令息とくっつきたかったから適当に罪をでっち上げたように思えるけど」
「まあっ。母さん、そんなことを言うものじゃありません。不謹慎にもほどがありますよ」
「公言はしないわよ。わたくしだって馬鹿じゃないのだから」
現在ノーマと夫人が話しているのはプレンディス子爵家の食堂である。この話の内容を密告するような人物はおそらくいないと思うが、それでもノーマは母の物言いが心配でならなかった。
それはノーマの父であり夫人の夫である、プレンディス子爵も同じだったようだ。
「昔からお前は口が軽いところがあるからなあ。うっかり口を滑らしたりするなよ」
「二人して何よ。これほど美味しい話は珍しくってよ」
「それでもだ。プレンディスは貧乏子爵家でしかないのだから、王家の不興を買うようなことだけはやめてくれ」
しかしまあ、言っても無駄なのはノーマも子爵もわかりきっていることではあるのだが。
子爵は諦めたように首をすくめ、それからノーマの方に顔を向き直った。
「ノーマ。辺境伯家のご令息はどんな方だったんだ?」
「私は一度もお話しさせていただきませんでしたが、一見頭の良さそうな方に見受けられましたし、令嬢方からの人気が非常に高かったということは存じています。……今日の件で評判は地に落ちてしまったでしょうけど」
不正入学を疑われている上、王女から婚約破棄された、言ってしまえば傷物になったわけだ。
当然今まであれほどにまとわりついていた令嬢たちも逃げて行ってしまうに違いない。本気で想いを寄せている人物が仮にいたとしても、親が婚約を許さないだろう。
しかも学園の成績を取り替えさせていた犯罪者扱い。辺境伯は重要な地位にあるため公爵家よりも強く、事実がどうあれ信憑性は高い。
すなわちハンス・ガイダー辺境伯令息の未来は明るくない。田舎の領地を細々と運営し、そこらへんの田舎娘と結婚することになるのかも知れなかった。
しかしそんなことはノーマには無関係である。哀れという以上の感情は特に抱かない。
「ふぅむ。ガイダー辺境伯令息、ねぇ」
プレンディス子爵が意味深に呟いたが、ノーマの耳に届くことはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日をもって学園を卒業したからには、ノーマもこれからの進路を決める必要がある。
家が貧乏なのと、ごくありふれた茶髪茶目という見た目の地味さもあり、婚約の話が来たことは一度もない。領地は弟が継ぐことになっていた。
「働くしかないでしょうか……」
かといって頭がいいわけでもないから、文官などとして城に働きに出るような未来も見えず。
結局彼女にできることと言ったら侍女としてどこかの屋敷へ向かうか、はたまた適当な商家にでも嫁いで平民として生きていくかの二択だろうと思えた。
でも平民として生きていくのだとしたら学園で学んだことが無駄になるかも知れず、やはり選べる最も現実的な未来は侍女になることだろう。それだってこれ以上のマナー教育を受け、上級貴族の令嬢程度のレベルに達しない限りは就けない仕事だ。
とりあえず後日にでも父に相談しよう。今日はなんだか疲れてしまったし、卒業した日くらいはゆっくりしたい。
そう思ってノーマはとりあえず将来の不安は今だけは考えないことにした。
生徒会の委員である弟は卒業パーティー事件でしばらく居残りさせられていたらしいが、それもまもなく帰って来て、あの後にあったゴタゴタを話してくれた。
慌てて駆けつけた国王に、「このような公衆の面前で騒動を起こすとは何事か」とギャデッテ第二王女がお叱りを受けたこと。彼女とハンス・ガイダー辺境伯令息との婚約破棄を正式に国家が許可した――というより許可せざるを得なかったのだろうが――ということなどなど。
ハンス令息の今後についてはわからないらしいが、おそらくは領地に帰って謹慎でもしているに違いない。
「今日は大変だったよ」と肩をすくめる弟に同情してしまう。後処理は尋常じゃなく大変だっただろう。ただの野次馬の一人としてあの場を眺めているだけだったノーマはなんだか申し訳なくなった。
「姉様の気にすることじゃないよ。姉様も今日は疲れただろう、早く休んだら?」
「そうですね。では、おやすみなさい」
そう言って弟と別れ、ノーマは自室で何事もなく眠りにつく。
明日になればきっとこの事件についてさらに大きく騒がれることだろう。しかしそれは自分には関係ないことだと、この時はまだ思っていた――。
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