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16:労働の喜び

 ノーマは今まで本来ならメイドが務めるような仕事――洗濯や料理、掃除など――なら子爵邸で普通にやっていたが、力のいる農作業は大変ではあった。

 しかしそれも数時間やっていれば徐々に慣れてくるもので、作業を終える頃には苦痛よりもやり終えたということに対する満足感の方が大きいくらいだった。


(これが労働の喜びというものなのですね)


 元は商家出身の母が、「働くということは辛いと思うかも知れないけど、意外と楽しいものよ」と言っていたのを思い出す。

 その言葉の意味がわかった気がした。


 後半の作業は農作物の収穫だったので、余計にやりがいがあったというのもあるだろう。

 今、彼女の手に下げられているカゴには、朱くて長細いキャロッツや紅色のトメイト、ゴツゴツしたガーヤなどの野菜が詰め込まれている。これを料理したら間違いなく美味しくなるだろうと思った。


 だからネリーの言葉には耳を疑ったものだ。


「じゃあ、収穫祝いにここで食べよっか」


「えっ、今ここで……ですか?」


「当然でしょ? とれたて野菜を生でガブっとね」


 ノーマは知らなかったが、このガイダー領では味見も兼ねて収穫した時に農民たちで生野菜をいただくという風習がある。農民に混じって農作業をよく手伝うネリーは何度も一緒に食べたことがあるそうだ。

 他の農民たちも「ぜひ食べていってくれ」と勧めるものだから、何か悪い病気がついていやしないだろうかと内心で心配しつつも一緒に食べさせてもらうことになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うん、美味しいですっ」


 キャロッツを一口齧ったノーマは、思わずそう声を上げていた。


「でしょでしょ? うちの領地の自慢の味なんだから」


 どこか自慢げなネリー。彼女は苦いと噂のガーヤをなんでもないような顔で食べている。

 そんな二人を固唾を飲んで見守っていた農民たちは、気に入られたと知って安堵したような笑みを浮かべた。


「ハンス様の奥様に喜んでいただけて良かったです」

「ほらほら、こっちも食べてください」

「オラの畑の野菜はうめぇだよ」

「こっちも」「これなんかおすすめさね」


 宝石のような野菜たちを次々と差し出され、最初こそ遠慮していたものの、あまりの味の良さについつい全ていただいてしまった。

 生野菜の心地の良い歯応えを味わいながら彼女は思った。ここに来て良かった――と。


(最初は無理矢理連れて来られたのもありましたしこんなど田舎でどんな人生を送るのかと悲観したりしましたが、これなら楽しく暮らせそうです。みんないい人ばかりですし)


 ガイダー領の人々は親切すぎるくらいに親切だと思う。

 まず、よそ者であるノーマに警戒心がない。皆すぐに気を許してくれるから接しやすいのだ。

 ……たった一人を除いては、の話だが。


(ハンス様、今頃どうしているのでしょうか……)


 戸籍上だけの夫、ハンス・ガイダーのことを考え、ノーマはほんの少しばかり不安になる。

 勝手にこうして領地観光をしていることを怒られやしないだろうか。仮ではあっても夫婦同士、できれば仲良くしたいというのに。


「何考え込んでるの?」


「あっ。いえ、別に。ただハンス様がご心配なさってるのではないかと思って」


 ノーマがそう言うと、隣でガーヤを食べ続けているネリーが顔を顰めた。


「お兄ちゃんが? あの様子だと絶対ないと思う。もしもお兄ちゃんがノーマちゃんを理不尽に怒るようなことがあったら逆にぶっ飛ばしてあげるから心配ないよ?」


「それでも。……あ、なら、お土産を持って帰っていいですか? ハンス様にも食べていただきたくて」


 ふと妙案を思いつき、ノーマは弾んだ声を上げた。贈り物をしたらハンスにも喜んでもらえるのではと思ったのだ。

 しかし重大なやらかしをしたことにすぐに気がつく。ノーマが食べ過ぎたおかげで、出荷用以外の野菜は手元に無くなってしまっていたのである。つまり持って帰る分がない。


(あ……私としたことが、なんてことを)


 ノーマは思わず頭を抱えたくなった。

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